訓練開始・鹿
微グロ注意(寄生虫、解体)
そんなわけで、予定を変更したわけだけど。
海沿いにあるらしいツァールの町ってのは放置として、逆方向に向かう事にした。
地図担当つまりアイリスいわく、80kmほども進むと道はなくなり、あとはポリット平原という200km四方ほどに広がる草原と湿原の連続する平らな土地になるという。
「ところどころ、小さな森がオアシスのように点在してるんだって。
だからポリット平原には草原、湿地帯、水辺、そして森に住める動物や魔物がものすごくたくさんいて、人間たちの間では死の平原って言われてるらしいの」
「死の平原?」
生き物の多い豊かな平原なのに、死の平原?
なんか違和感あるな。
ん、もしかして?
「アイリス」
「なあに?」
「その平原、もしかして猛毒もちのモンスターがいないか?人間に怖がられるような」
「猛毒持ち?どうだろ?」
「調べてくれ。もしかしたら、人間を待ち伏せして狙うようなやつがいるのかもしれない」
「ん、ちょっと待ってね」
アイリスはタブレットをあれこれやっていたけど、うわって感じで目を剥いた。
「いるいる。クロモリゴケグモっていう毒蜘蛛のコロニーがあるって。噛まれると人間もやばいって」
「やっぱりか」
「やっぱりって……猛毒持ちがいるってどうしてわかったの?」
「わかったんじゃなくて、そうじゃないかと思ったんだよ。つまり推測だな」
ほえ?と不思議そうな顔をしているアイリスに説明する。
「簡単な理屈だよ。
草原と湿原、小さな森まであるエリアなんだろ?だったら動物とかたくさん居そうじゃないか?
でも、こっちの人間たちはそれを死の平原と呼ぶわけだろ?
変じゃないか。
そんな豊かな土地なのに『死』って呼ぶ理由は何だ?」
「あー、そっか!」
「わかった?」
「うん、わかった!」
まぁ、戦場跡なんかに物騒な名前をつけているケースもあるかもしれない。だから絶対じゃないけどな。
一時間半後。俺達はポリット平原の入り口にいた。
海辺にそって走ってきた砂利道は野原に溶けるように消えていて、ここからはただの平原。
ま、どっちにしろキャリバン号は浮いてるし、信号も交差点もなかったから大差ないんだけどね。
「で、ここが問題の平原か」
不定期に起伏のある平らな土地が、ずーっと向こうまで続いているようだ。
「見晴らしのいい丘の上に止めたいな。魔物が近くにいない丘に誘導してくれる?」
「わかった。あっちに行ってくれる?」
「おう」
アイリスに誘導してもらい、丘のひとつの頂上にキャリバン号を止めた。
キャリバン号を降りて横に立ち、再び風景を見てみる。
「!」
おお、これはいい景色だ。
山じゃないので圧倒的な高低差がないけど、それでも立派に高台だ。全体に凹凸が少ないせいか遠くまでよく見える。
そういや昔、似たような景色をどこかで見た気がする……北関東、いや東北かな?
ずーっと広がる野原なんだけど、よく見ると起伏がちゃんとある。で、ところどころに小さな林があったり、遠くには森といってもいい規模の木々のかたまりも見える。小川や池もある?
ああ、これはいいね。
この雑然とした風景、いろいろな生き物が豊富に住んでいそうだ。
遠くには何か動物の群れも見える。森にはもっと大きなものもいるかもしれない。
「パパ、あっちみて」
「お」
アイリスが指差した方を見た。
「鹿?」
比較的近いけど、そこそこの距離。そこに小規模の鹿の群れ。
「パパ、あれを射殺できる?一頭でいいよ?」
「やってみよう」
革のホルスター(気がついたら腰についてた)から右手でマテバを抜き持ち、左手を台に構える。
「……」
本来、拳銃は狩猟や射撃の武器ではない。
拳の名にふさわしく対人用途、それも近距離戦闘用のものだろう。狩りをしたいなら猟銃を使うべきだ。
でも、これは狩りじゃない。それにマテバもモデルガンみたいなもの。
殺すという行為に慣れる、そして武器の扱いに慣れるためなんだから、合理性は気にするなってことだ。
パン、と一発。
「え、避けた?」
見えない弾丸を避けた?鹿が?まさか!
「じっと見てたからだよ」
「視線で気取られたってか!」
さすが野生。
そう言えば昔、見えてる魚は釣れないって言われたよなあ。生き物のカンってやつなのかね?
「別の鹿ねらってみて」
「おう」
今度はさっさと撃ってみよう。
再びパン、と一発。
「当たった!」
一頭がもんどり打って倒れた。まわりにいた鹿がパーっと逃げた。
ん?なんで全部一方向に逃げるんだ?
よし、と取りに行こうとしたら、アイリスに止められた。
「パパはだめ、アイリスがいく。ラウラいこ?」
「わんっ!」
なぜか行く気の幼女と子犬(ただし頭3つ)。
「まて、なんで俺が留守番?」
「これ見て」
「え?」
タブレットの画面見せられてギョッとした。
周辺の詳細図みたいだけど、ここと鹿のいるあたり?に赤マークがいくつもついてる。
検索項目は……猛毒もちの魔物!?
「近づくと危険ってことか?」
「そ。アイリスとラウラは平気だけど、パパは死ぬよ?待ってて」
「お、おう」
なるほど死の平原か。
さっき鹿が逃げた方向、あっちには敵がいないってことか……あぶねえなオイ。
しかし。
魔物はびこる平原に幼女と子犬(ただし頭3つ)。で、男は留守番。
なんというか……情けない図だよなあ。
そんなことを考えているうちにも、ひとりと一匹は鹿にたどりついた。
ん?何か魔法みたいなのをかけて……何やってるんだろ?
それからアイリスは、自分よりも大きな鹿の頭を抱えると、普通にてくてく歩いて戻り始めた。
おいおいすげえな。
でも、それだけでは終わらなかった。
「んな!?」
突然、そのアイリスにでっかい蜘蛛のばけものが襲いかかったんだ。
どこにいたんだ!?
でもそれにラウラが襲いかかって、あっという間に倒してしまった。
……あー。
で、ラウラはその、自分よりでかいバケモノ蜘蛛を引きずってもどってくると。
やれやれ、チートどもめ。
「ただいまー」
「おかえり」
戻ってきたアイリスとラウラ。それぞれ、鹿と蜘蛛のバケモノをつれてるんだけど。
これは……近くでみるとまた、でかいな鹿。
地面に置いてもらい、スマホで撮影してみた。
するとタブレットで検索が走り、鹿の情報が出た。
『ルルーン』
現地名で直訳するとツノシカ。ケラーナ大陸でよく見かけるタイプの鹿。
そのまんまだな。
ちなみに目の前の鹿は角が小さい。子供だから?それともメスだから?
そこまではわからない。
「詳しいデータはないんだな」
研究者はいないとしても、民族学的なもの……民話や伝承くらいはあるかと思ったんだけど。
「こっちの蜘蛛はどうかな?」
元来、蜘蛛はあまりすきじゃないけど、デカすぎるせいか家にでる大きい奴のイメージはないね。むしろ洋ゲーに出てきた牛ほどもありそうな化物蜘蛛のイメージに近い。
『クロモリゴケグモ』
中型の蜘蛛の魔物。地下に潜み、近づいた獲物に襲いかかる。人間も捕食対象になる。
「あ、魔物なんだ。もういいぞラウラ、悪かったな」
「わんっ!」
食べようとしていたのを止めて撮影したので、言葉とジェスチャーで「もういいよ」と教え、頭をなでてやる。
通じたようで、ラウラは蜘蛛の胴体に猛然と食いついて食べ始めた。
「食いつきがいいな。魔物のほうがいいってか」
「それもあるけど、この手の大きい蜘蛛やカニの魔物はケルベロスの好物らしいよ。毒も平気なんだって」
「そうなのか?」
「うん。陸上活動にたくさん魔力を使うから精霊分が豊富なんだって。そうなの?」
「俺に聞かれてもね……あ、もしかしてそういうことかな?」
「え?」
「いや、だから、蜘蛛とカニだろ?共通するのは、節足動物ってことだろ?」
「えっと?」
「わからないか?つまり、こいつらは外骨格……でかくて重い鎧があるわけだよね?」
「うん」
「水中ならともかく陸上では、重い鎧は不利になる。動きが鈍くなるし、無理もきかなくなるからね」
「あー、それで魔力で支えてるから、だから精霊分が豊富ってこと?」
「あくまで推測だよ?」
「うんうん!」
これは人間でもそうだ。
昔の地球で、重装歩兵って兵種のいる地域があったそうだけど、槍を使う騎馬兵に弱かったという。騎馬兵はその突進力を槍に集約させ、重装を打ち破る。そうなると重装歩兵は今までのメリットを失い、ただの的になってしまったんだ。
防御力に優れても遅いものは、紙装甲でも機動力が高くその防御を破れるものにやられる。戦車が爆撃機やヘリに倒されるように。一種の相克ってやつなのかもな。
「さ、鹿をさばくよ?準備はいい?パパ?」
「俺、足つきはやってことないんだけど」
「大丈夫、アイリスができるから」
え、そうなのか?
「パパ……アイリスはパパのガイドだよ?当然、狩りも獲物の処理も基本知識に入ってるよ?」
「なんでまた?」
なんで、そこまで必要なんだ?
そういうと、アイリスは俺を残念な子を見る目で見た。
な、なんだよう。
「パパ。パパの住んでたとこではコンビニ?お店でなんでも買えたのかもだけど、ここにはそんなお店ないよ?」
「!」
それは。
「それに、人間族が仮想敵な状況でしょ?すくなくとも中央大陸を出るまでは、自給自足でいかないとダメな可能性もあるわけだよね?」
「……そうか」
そりゃ、確かに狩猟の知識もいるわな。
「なるほどな、納得したよ」
そういうと、アイリスはにっこり笑った。
「じゃあ、鹿の解体始めよっか!」
「お、おう。俺は何をすればいい?」
「とりあえず見てて。時々触ってもらうから包丁は持っててね」
「?」
「今重要なのは、生き物の血肉に慣れてもらうためだもん。解体とか処理は後回しでいいよ」
あ。
「ああ、そうだったな……わるいな世話かける」
そう言うと、アイリスは一瞬、キョトンとして。そして
「気にしなくていいよ、これがアイリスのお仕事だもん!」
そういうと、得意げにふんぞり返るのだった。
え?鹿の解体は解説しないのかって?
いや、勘弁して……あのね、鹿ってむちゃくちゃ虫いるんだぜ、ノミだのダニだの……ひいっ!




