13.ヘタレはヘタレだった
数日前から宣言していましたが、この話のタイトルを変更しました。
旧『魔術師たちの黙示録』→新『夜明けを告げる魔法使い』です。
しばらくは旧タイトルも併記しておきます。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
あと、ルクレツィア視点に戻ります。
フェデーレとリベラートがフォンターナ侯爵の屋敷に入ったのを見て、ルクレツィアはかぶっていたフードを後ろに払いのけた。顔を隠すために必要なのだが、前が見にくいのである。ちなみに、今日は銀髪で認識変化の魔法も少し使用しているので、『第2王女ルクレツィア』の印象とは違うようになっているはずだ。
「見た感じ、何もないな。かすかに魔法の残滓を感じるが、それだけだ」
ルクレツィアに続き、ヴェロニカもかぶっていたフードを取った。彼女はおなじみの身の丈ほどの杖を持っている。ルクレツィアは今日は弓を持っている。
「相変わらずの知覚魔法ね。魔力の流れがはっきりしていれば、私でも終えるんだけど」
「ん。まあ普通はそうだろうな」
ヴェロニカの知覚が鋭敏すぎるだけだ。そう言われた気がして、ルクレツィアは肩をすくめた。妙な会話をしている魔女2人に、屋敷の警備兵が不審そうな視線を向けてくるが、2人とも気にしなかった。
そして、夜7時を過ぎたころ。
屋敷の外壁に寄りかかっていたルクレツィアはパッと顔を上げた。仁王立ちしていたヴェロニカも視線を空に向ける。
「来たな。にしても、これは……」
「『操ってる』と言うよりは、『同期している』と言った感じね」
ヴェロニカの言葉を引き継ぎ、ルクレツィアはそう言った。誰かが意図的に魔法で操っているのではなく、何かの思いが強く作用し、結果的に動いている状況だとヴェロニカとルクレツィアは判断したわけだ。
ルクレツィアは顎に指を当てて少し考えた。少ししてから決断し、ヴェロニカに向かって言った。
「私、ちょっとこの魔力の出所を探ってみるわ」
「ん? 僕が行こうか?」
おそらく、一応王女であるルクレツィアに気を使ったのだろう。ヴェロニカがそう尋ねたが、ルクレツィアは首を左右に振った。
「私の方が機動力があるもの。大丈夫よ。駄目そうだったら魔法の照明弾を上げるわ」
「……わかった。気をつけろよ」
むやみと縛らないところも、ルクレツィアがヴェロニカを慕う理由のひとつだ。ルクレツィアは「行ってくるわね」と言うと、足元に魔法陣を展開した。魔法陣が光りを発し、揺れる。強く地を蹴ると、ルクレツィアは侯爵邸の屋根に飛び乗った。そのまま魔力の発生源に向かって屋根の上を走る。もちろん、そのたびに足元に魔法陣が浮かぶ。
この魔法陣は走行を補助するための跳躍系の魔法陣だ。飛び上がる衝撃と着地の衝撃から考えて、相当体が丈夫でなければ使えないが、そのあたりは身体強化魔法でどうにでもなる。
やがて、ルクレツィアは空中で足を止めた。足の下では、身体浮遊の為の魔法陣が明滅している。ちなみに、身体浮遊の魔法は存在するが、飛行魔法は存在しない。ルクレツィアのように、空中に足場を作って走るしかないのだ。
そんな彼女の眼下には、闇夜にぼんやりと浮かび上がる建物があった。銀髪が風に揺れ、月の光を弾き返す。そんなどこか幻想的な様相の彼女は、ぽつりとつぶやいた。
「……オペラ座?」
さまざまな方角へと向かう魔力は、確かにこの国のオペラ座から発せられていた。
△
ルクレツィアが来た道を戻り、フォンターナ侯爵邸に戻ると、外に出てきていたフェデーレとリベラートが何やら深刻そうな顔をしていた。
「どうかしたの?」
そう尋ねながらヴェロニカとフェデーレの間に着地したら、フェデーレに驚かれた。今更上から降ってきたくらいで驚かなくてもいいと思うんだが。
「お前が心配だって話をしていただけだ。どうだった?」
ヴェロニカにはぐらかされた気がしたが、気にしないことにした。ルクレツィアはその問いに答える。
「オペラ座まで行って来たわ」
「オペラ座? オペラ座から来ているのか、この魔力は」
「そうみたいよ」
ルクレツィアのさらりとした答えに、ヴェロニカも「ふぅん」と単調にうなずいた。まあ、彼女が淡々としているのは今に始まったことではないけど。
ヴェロニカも、フェデーレとリベラートも、オペラ座から魔力が来ていることに驚く様子はなかった。音楽はもっとも古い魔法の一つと考えられており、人気の歌手などは知らずに魔力を発していることが多いのだ。魔術を習う時は、まず歌唱指導をされるくらいである。
そんなわけで、オペラ座と言う芸能の中心地から魔力が発せられても、何ら不思議ではないと言うことだ。
「それで、リベラートの見解は?」
話を変えてルクレツィアが尋ねると、リベラートは「ああ」と一つうなずいた。
「俺もヴェラと同じ意見だな。魔法で人形を操っていると言うよりは、同期しているという感じだった」
「動いていた人形の数は?」
「俺が確認できただけで10体かな」
「……そんなに人形があったの」
ルクレツィアは驚いてそう言った。2・3体持っている者は多いが、10体も持っている人間にははじめてお目にかかったかもしれない。
「ちなみに、オペラ座から魔力が放出されている方向も十方向あったわ」
こればかりは他の依頼者の屋敷を確認していないので、どういうことかわからない。一度、一斉調査をかけるべきかもしれない、とルクレツィアは思った。
「……まあ、一度、この時間にやっているのと同じオペラを見に行ってみましょうか」
何故かフェデーレがびくっとなった。さっきから行動が少々不審である彼に、ルクレツィアは尋ねた。
「ねえ。本当にどうしたの? 大丈夫?」
「何でもない。……お前に気を使われるとは、屈辱だ……」
「どういう意味よ!」
「いや、2人とも、今は喧嘩してる場合じゃないから」
ツッコミはリベラートが入れる。ヴェロニカは相変わらずスルー。
その時、魔力の放出が止まった。フォンターナ侯爵邸には外からの魔法を除去するための結界が張ってあったのだが、それがなくても、もう今日は人形たちが動き出すことはないだろう。
「時間的に、一幕分が終わったくらいかしら」
懐中時計で時間を見ながらルクレツィアは言った。いつまでも人の家の庭先で話しているわけにはいかないので、フェデーレとリベラートがフォンターナ侯爵にいとまを告げに行き、四人はラ・ルーナ城への帰路についた。行き来は相変わらずゴンドラだ。ラ・ルーナ城が湖の中に建っているので、ゴンドラが一番往来しやすいのだ。ちなみに今日のゴンドリエーレはフェデーレとリベラートである。
「それでお前。本当にオペラを見に行くつもりか?」
「ええ。当然でしょ」
ヴェロニカの問いに、ルクレツィアはあっさりとうなずいた。
「お忍びか?」
リベラートが尋ねた。彼の視線がちらりとフェデーレの方に向いたが、ルクレツィアは気づかなかった。お忍びで行くとなれば、目立つし知名度のあるフェデーレは高確率で置いていかれるからだ。そんな彼をリベラートはちょっと不憫に思ったのである。
だが、杞憂だったようだ。我らが姫君ルクレツィアは首を左右に振り、言い切った。
「いいえ。アルバ・ローザクローチェとして堂々と行くわよ」
「……それだと、相手は気づいて魔力を発するのをやめるんじゃないか?」
さまざまな衝撃から復活したフェデーレの言葉だ。ルクレツィアは暗い水面を眺めながらそれに答える。
「同期の場合、自分の意志によって魔力を発している事例は少ないわ。つまり、私が堂々と乗り込むことで魔力が発せられなかったら踊る人形は故意的。発せられていたら故意ではないと言うことになるわ」
「……なるほど」
フェデーレがうなずいた。納得いただけたようで何よりである。ルクレツィアはふふふ、と笑う。
「楽しみねぇ。アルバ・ローザクローチェの名前で個室を予約してやるわ」
少々浮かれているものの、ルクレツィアはやる気満々であった。リベラートが苦笑し、フェデーレが沈黙する。ヴェロニカはいつも通りだ。
「この4人で行ってきましょうか」
「!?」
舵を取っているフェデーレが動揺したので、ゴンドラが揺れた。魔女が二人も乗っているので転覆することはないが、かなり揺れた。
「ちょっと、ホントに何もないの? おかしいわよ、今日」
「そ、うか?」
「うん。そう」
ルクレツィアにはっきりうなずかれたフェデーレはため息をつく。ルクレツィアは心配そうにフェデーレを見上げた。腹の立つ相手ではあるが、一応仲間意識はあるので元気がないと心配になる。そんな2人の様子を、リベラートは面白そうに、ヴェロニカはどうでもよさそうに眺めていた。
「悩みでもあるの? 話くらいは聞くわよ?」
「……いや、なんでもないから大丈夫だ」
ここで『ルクレツィアとオペラに行くのが楽しみなだけ』と言えたら何かが変わるかもしれないが、彼は筋金入りのヘタレであった。そして、沈黙の末に言ったセリフがこれである。
「お前が親切だと、気持ち悪いな……」
このセリフに、さしものルクレツィアもカチンときた。
「よし、わかった。よほど水路に突き落とさたいようね」
ルクレツィアの低い声に、フェデーレが身を引く。そして、本当にゴンドラから落ちた。
言っておくが、これはルクレツィアのせいではない。完全にフェデーレの自爆であった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ここで言う『同期』は「スマホを『同期』する」とかと同じ意味になります。
絶対この時代に『同期』なんて言葉、ありませんね。




