第一幕 1
第一幕
その一
キャプチャ作業をおこないつつも、今朝のぼくは私物のほうのパソコンで大人向けの動画を観ていた。これはきょう一日、誠実でいるためである。一種の荒療治である。きのう恩師から、
「花隠が一人訪ねてくるので、話をよくきいてあげるように」
というメールが送信されてきたのだ。花隠とは女性の弟子のことである。ちなみに男子のほうは普通に「隠者」と呼ばれている。
三年ほどまえ、兄嫁のつぐみさんは、おとうとのぼくに職業訓練の講習を受けさせた。わたくし義弟があまりにものらくらしていたからであろう。しかし受講後もぼくはあいかわらずのらくらしていた。その程度のことでは、びくともしなかったのである。マンモス堅固だったのである。
つぐみさんはそんなぼくを先天的な真のニートと断定する。そして「隠者道場」なるものをいよいよみつけてきたのだった。恩師はこの「隠者道場」の創始者である。
「三千世くんみたいな本物は、まずニート体質をきっちり改善させてから、いろいろスキルを身につけたほうがいいんだって」
「なるほど、そうなんですね――でもあそこ、スキルを身につけるといっても、逆にニート力をよりアップさせるための課題しか出してこないけどな……」
さて、首をかわいくかしげて思いだしてみると、つぐみさんが兄貴と結婚するまえから、ぼくはこの動画を崇めるように観ている。いまとなってはかなりソフトだけれど、それでもぼくのなにかを強く捉えるようなのだ。今朝も花隠さんがしびれを切らして家のなかに入ってきても気が付かないほどつい見入ってしまっていたのである。
「お取り込み中に申し訳ありません」
花隠さんはぼくが付けていたイヤホンを片方はずして、だから耳もとにこうささやいてきた。
「ああああああああああ、すすす、すみません。おおお、お待ちお待ちしていました。いまいまいまいま、いまお茶淹れますね」
「お茶はわたしが淹れますけど――でもわたし、じつをいうと鑑賞の補佐の仕方はよくわからないんです」
「ん? 補佐?」
こちらの花隠さんは三永さんとおっしゃる小柄な子である。本人いわく、
「身長が一四五センチなんで、子どもっぽくみえますけど、歳はぼちぼちいってるんです」
とのことであった。実年齢をおききすると、なるほどぼくと同年代である。
三永さんは先の道場の修行を受けたのちにパン屋さんをはじめたらしく、手土産に食パンのやたらでかいやつを持参してくれていた。
「どのあたりで、お店をやってるんですか? ぼくも義姉もパンはかなり好きで、よく食べてるんですよ」
とぼくはとりあえずおききしてみる。
「それが……お店は閉店してしまったんです」
三永さんはハンカチで目もとを大げさにぬぐっていた。それでもやがて笑顔をつくって、
「でも恩師に、チーフに指導してもらいながら、裸一貫がんばれって、励ましていただいたんです」
とお手手をグーにしてポーズを決める。首もかわいくかしげていた。
「うんうん、そうそう。落ち込むことないよ。ぼくの母方の実家だって、何度も商売つぶしてるんだから」
「ありがとうございます、チーフ!」
「ん? チーフ? チーフって、おれのこと? 三永さん」
「ええ――環三千世さんですよね?」
「そうです」
「恩師は『環三千世さんが現在はチーフだから、全面的に従うように』って、おっしゃってました」
そういえば、いつだったか恩師は、電話でそんなことをいっていたかもしれない。
「このお屋敷、住み込みで管理されてるんですよね」
「うん。一年くらい、ずっと一人でやってるんですよ」
「キャプチャ作業を毎日されてるんでしょ」
「そうなんですよ。よく知ってるね、三永さん」
「恩師からききました。あと、わたしのことは恩師みたいに『モモヨくん』って、呼んでください」
モモヨくん――かわいい呼び方である。ぼくはそれを了承した。
「でもビデオデッキって、いまでも売ってるのかな? キャプチャするの、ぜんぶVHSテープなんでしょ?」
「デッキはぜんぶ中古。いまパソコン十台くらいフル稼働でやってるんだけどね。まだ半分も終わってないんです。なにげにたいへんですよ」
「わたし恩師に、まずはここでの家事を担当して、チーフの負担を軽くしてやってくれって、指示されたんです」
といってもこちらの洗濯までやらせてはわるいだろう。ぼくはそう返答する。
「朝からあんなにエッチなもの観てても、まだ夢とかみて、いろいろあれしちゃうんですか」
「あんなのこんにちでは、だいぶソフトだよ」
モモヨくんは戸惑いながらも、あの程度ではぜんぜんソフトだと思えるようにこれからがんばります、という趣旨のことをいっていた。
「家事のほかに、なにかたいへんな作業はありますか?」
「うーん、そうだな――」
恩師邸には大きなユリノキが植わっている。ちょっと変わった品種で、ピンク色のチューリップみたいな花を咲かせるのである。この花に興味をもったのか、ちかごろ界隈の野良猫たちが、ときどき木のまわりをうろついている。恩師にユリノキを大切にするよういわれているぼくは、それがたしょう気にはなっている。
「じゃあ、わたし、猫対策も受け持ちますね」
モモヨくんは首をかわいくかしげてそういうと、例のソフト動画を独断で再生させていた。




