第八話 元騎士たちの未来へ、新たな一歩
「いやあ、今日はいい体験をさせてもらった、怪我も治ったし、忘れられない一日になったよ」
「いえいえ、もし何かあれば立ち寄っていただければ、いつでも診察しますので」
聖骨院閉店後、トキアスに一人呼ばれ、フォルンも含めて三人で教会の周りを散歩する。
「こんなに歩けるようになるとは思わなかったよ……」
「はい、とても喜ばしいことです」
フォルンも嬉しそうに答えて、羽澄ににこりと笑いかける。
(なんか、目が笑ってない? いや、考えすぎかな……)
「後は帰ったら強めの回復魔法と、明後日の診察、必ず来てくださいね」
「わかった……」
「回復魔法はお任せください」
トキアスの声に被って、フォルンが強い口調で宣言する。
「お、おぉ、フォルン、よろしく頼む」
トキアスも羽澄もその勢いに驚いたが、フォルンはその笑顔を崩していない。
「……それでトキアス様、心配事とは?」
気を取り直してトキアスに問いかけ、呼び出された理由を問う。
「ああ、それはコルヴァンの事なのだが……」
頭の片隅で、フォルンの笑顔が気になる羽澄だったが、トキアスの話に息を呑み、その表情が、ゆっくりと曇っていった。
開業初日を終え、コルヴァンは見学も含めてお客さんのお見送り。
ミロルと羽澄は、奥の小部屋を事務所がわりにして売り上げをまとめる。
「だいぶ整体の良さを伝えられたわねー、親方とトキアス様の改善具合を見たら、納得よ」
「うん……だけど、やっぱり受ける人が偏っているね」
「そうねえ、貴族や商人ばかり……元騎士の人たちから依頼もなかったし」
「まあ大怪我の人が多いと思うから、後払いとか検討したほうがいいかも」
そう言いながら、うんうん唸っていたところに、コルヴァンが顔を出す。
「二人とも、ちょっとあって欲しい人たちがいるんだが」
コルヴァンに促されて教会へ入ると、そこには四人の男性が待っていた。
「この四人は元騎士で、同じ班で戦っていたんだ」
コルヴァンの言葉どおり、みんな逞しい体をしているが……どこかに必ず傷を抱えていた。
彼らは羽澄を見た瞬間、一斉に視線が胸に集中する。
そして一人は苦い顔で、一人は顔を赤くして……と、それぞれ複雑な表情で視線を逸らした。
(まあ、エロい目で胸を見る人がいないから、まだマシかも)
羽澄はそう納得し苦笑する。
やがて一人の男が迷いなく一歩前に進む。
姿勢が良く、コルヴァンを含めても、一番最年長に見えた。
「私は班長をしていた元剣士のサーン・テリクスだ。
左足を負傷し前線から退いたが、比較的軽症だと思っている」
彼の自己紹介が終わると、隣の背が高く、伏せ目がちな男性も一歩前に進む。
「俺はホージ・ロガモ、元槍騎士。
右腕を折って、魔法で治したが、槍を振ることが出来ない」
そしてまた隣の男が前に出て、ニコニコと微笑みながら口を開く。
「俺はカグー・シュバ、元魔法剣士、よろしく。
左手が全く動かなくなって、今は酒場で働いてるよー」
最後の一人は誰よりも若く少し控えめで、片方の肩が下がっている男が、羽澄に対して丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、僕の名前はチョウ・シコウです。
元弓兵だったんですが、背中を負傷し弓が引けなくなりました」
自己紹介と怪我の内容、羽澄は彼らを真剣に見つめて挨拶をする。
「私は皆さんの怪我を治す、羽澄です、よろしくお願いします」
その挨拶に四人の表情が、緊張から解けた気がした。
「羽澄さん、前にも言いましたが、我々は元騎士たちを全員治療したい。
そして今後怪我をした騎士たちにも治療の手を広げたい」
「しかしそれには資金が足りない……この素晴らしい先生の技術に、ふさわしい対価となる資金がないのだ」
(先生……そっか、私のことが、ちょっと照れる)
テリクスの先生という呼び方にむず痒さを感じつつ、話に耳を傾けた。
「我々は怪我が治ったら騎士に戻るつもりです、そして他の元騎士たちに、治療代を援助したいと思っている」
「テリクスの言う通り、騎士と一般職ではかなり給与が違うし、人によっては怪我がひどく、ろくな仕事に就けない者もいる」
そう言うとコルヴァンは一呼吸おいて。
「俺はもう騎士じゃない。でも、あいつらは違うんだ」
と呟き、羽澄とミロルに頭を下げた。
「今日、俺の取り分を、この四人の治療費にしてくれ」
「え、はあ?」
「いくらなんでも、それはダメですよー」
「先輩! それは、なしだって言ったじゃないですか!!」
コルヴァンの声に他のメンバーも一斉に声が上がる。
「一人で背負うのは無しだと、昔から言ってるだろ! ただでさえ俺たちへの回復魔法を安くしてくれているのに、俺たちはお前へ恩返しもしたいんだ!!」
テリクスは説教するが、コルヴァンの覚悟を決めた表情は変わらない。
「残念ながら、その提案は却下です」
「!! 俺の取り分なら俺がどう使ってもいいだろ?」
「これは治療師としての意見です」
「何?」
「正直、疑問に思っていたんです、ご飯切り詰めていますよね?
それに元騎士は酒場で癒されると言っていましたけど、コルヴァンさんはお酒飲んでないですよね?」
「は? い、いや、そんなことは……ないぞ?」
「にしては、コルヴァンさんは筋肉の割に細すぎますし、それにお酒を日常的に飲んでいる人はそんなに肌が綺麗じゃないですよ」
羽澄が指摘すると、全員コルヴァンの肌に注目する。確かに四人の中では肌が一番綺麗だ。
「しかも触診の時に、質問しましたよね?」
「……あ」
「お酒は好きだが最近飲んでないって……お酒や食べ物を削っていますね?」
「確かに先輩、教会で食べてきたと言って、食事をとっていません」
「やっぱり無理してたんじゃん、いつも水ばっか頼むから、大丈夫か聞いていたのに」
シコウとシュバの密告により、コルヴァンは気まずそうに縮こまる。と、突然テリクスがショックそうな声を上げた。
「なんて事だ、全く気づかなかった……なのに俺は呑気に、いつの日か恩返しなんて、俺のばかやろー」
「馬鹿野郎は俺たち全員でしょ、コルヴァンさんも含めて」
冷静なロガモの言葉に、みんな黙って落ち込んでいる。
(言い過ぎたかな――でも、コルヴァンさんの体が心配だし……)
一人冷静な羽澄は話を続ける。
「皆さんにご提案します、今日トキアス様から、元騎士たちに使って欲しいと、銀貨二枚融資していただきました。
これで一人の治療と、余った分は次の人に回すのはどうでしょう。
先に治療して、お金が溜まってからの後払いでもいいですし」
この提案に四人の表情が一気に変わり、思ったことは同じようで、四人の視線が一斉に揃った。
「なるほど! それはありがたい。
後払いに関しては、後日お願いするかもしれない。
トキアス様の援助は、シコウを最初に治してくれ!! 一番若くてこれから有望なんだ。
私は一番軽症だから一番最後でいい」
「いやいやいや、僕は一番最後でいいです!
それより班長は家族がいらっしゃいます。
奥様とお子さんのために一番最初にしてください」
「確かに〜、班長はいっつも自分を後にしたがるんだから。
班長だけの体じゃないんすよ」
「最後になりたがるのはシコウやシュバも同じだろ」
誰もが自分より他のメンバーの治療を望む、その光景に羽澄はこのメンバーが確かな絆で結ばれていることを認識する。
「俺も一つ提案していいか」
そこにコルヴァンも口を開く。
「羽澄さんが診察して、順番を決めてもらうのはどうだ。容体によっては緊急性もあるだろうし」
「なるほど、それは平等だ。
それでは先生、お願いします」
「責任重大ですね……わかりました、それでは確認します」
こうして一人一人診察をすることとなった。
「まず一番重症なのは、シコウ君です……かなり無理されていますね」
羽澄が全員調べたところ、左手が動かないシュバより重症だと結果が出た。
「右手の痺れ、呼吸の度に軽い痛み……人より多く魔法に頼っていますよね」
「すごい……先生、そんなことまでわかるんですね!」
と感心するシコウだったが。
「……すごい、じゃなくて、そんなに辛いなら言えよ」
ロガモが静かに指摘する。
「あ、いや、バレ、ましたね」
「バレましたね、じゃねーよ、お前もコルヴァンさんも、無理しすぎなんだよ!」
シュバのツッコミが終わると、羽澄は付け加えた。
「一番最初に治療するのは、シコウ君がいいでしょう」
「治るんですか、先生」
「治りますよ」
「……本当は僕、弓、まだ引きたいんです」
「大丈夫、また、弓を持てるようになりますよ」
「……はい」
泣きそうな声で返事をするシコウに、仲間たちは優しい眼差しで見つめている。
そして今度はミロルが口を開いた。
「私からも提案するわ、私実はコルヴァンさんに銅貨三十枚借りがあるのよ、ねぇ」
借りがある、と言う割には威圧的なミロルの態度。
どうやら怒っているらしい、と言う事はなんとなく分かる。
「心当たり、ありますよ、ねっ」
「は、はい、あります、ね」
ミロルの圧に羽澄は苦笑しつつ、コルヴァンに伝えた。
「ちなみにこれが、四人の料金です」
そう言いながら金額を書いた紙を出した。
・サーン テリクス・・・銀貨一枚
・ホージ ロガモ・・・銀貨一枚と銅貨十枚
・カグー シュバ・・・銀貨一枚と銅貨二十枚
・チョウ シコウ・・・銀貨一枚と銅貨三十枚
書かれた金額を見てコルヴァンは真っ先に口を開いた。
「その銅貨三十枚は、テリクス班長に使ってくれ!」
「はっ、なっ、コルヴァンっ」
「わかりました、それではシコウ君とテリクスさんを施術します」
「いや、それは…」
「コルヴァン先輩は、頑なですから、諦めて治療を受けましょう」
「……わかった、よろしくお願いします」
こうして翌日、シコウとテリクスの施術が決まったのだった。
「先ほどトキアス様から聞いたんです、このベッド、銅貨三十枚で購入したんですね」
「っ」
「私も知らなかったわー、無償って言ってたから、信じちゃったわ」
ミロルは明るく言っているものの、トントンと机を鳴らし、怒気を含んでいるのがよく分かる。
「これは聖骨院で使うものですから、今日の売り上げから銅貨を返します……今後も聖骨院の物は売り上げから出しましょう」
「…わかったよ」
ミロルの視線と羽澄の提案に、コルヴァンは視線を逸らしながら答えた。
「心配、かけて……すまない」
「本当ですよ……トキアス様も、すごく心配してましたよ、コルヴァンさんが日に日に痩せていくことも、回復魔法の費用のことも」
「トキアス様が……」
呟くコルヴァンを見ながら、羽澄はトキアスが言っていた言葉を思い出す。
『私も本人から聞いた以上のことは知らないんだが、両親を突然亡くしたらしく、それから困っている人がいれば、自分の身を削っても、助けてあげたいと思うようになったそうだ』
(私はコルヴァンさんのことをよく知らない……けど)
「私は、コルヴァンさんと対等な関係になりたい」
「え」
「一緒に聖骨院をやっていく仲間として、対等になりたい」
「羽澄さん」
「それ、やめよ」
一歩、踏み込むように言った。
「それ?」
羽澄は少しだけ間を置いて、続けた。
「私のことは羽澄、私もコルヴァンと呼ぶ。
そして敬語はなしで」
「っ」
「あと、分前も半分で……その代わり、回復魔法の値段は安くても高くても、コルヴァンの、好きにしたらいいと思う」
「……羽澄」
コルヴァンは目を逸らして呟くと、耳まで赤くしている。
「照れすぎですよ、コルヴァン」
そう言う羽澄も、照れくさそうに微笑み、その空気が、少しだけやわらいだ。




