第一話 セクハラされたから看護師を退職したら、母親が異世界のお姫様でした
今日から三日間、六話までは一日中二話ずつ(20時と20時10分)にアップし、その後は20時に一話ずつアップします。
書き溜め文が終わった場合、毎日アップが難しくなる場合もありますのでご了承ください。
ニタニタ笑う医師と、冷めた目で睨む看護師、鷹野 羽澄が対峙している。
そこは確かに患者が使うはずの個室。
通常なら怪我や病気を治すための病院、最初は暗くつらそうな患者を笑顔にする――場所のはずだ
――だが今、この病室は、あってはならない使い方をされそうになっている。
「君の体はおかしい、だから俺が診察してあげる」
そう言いながら羽澄の体を舐め回すように見る。
羽澄は小柄で目つきの鋭い美人で、ロングの髪を一つに結んでいる。
そして不自然なほど目立つ胸元に視線が止まった、ナース服がピチピチで隠しようがない
「ここに来たのは、鷹野君も診察して欲しかったんだろ?」
「いえ、私はこのようなことはやめて欲しいと訴えにここに来ました…仕事は失いたくないですし」
「それなら、このまま俺の診察を受けるしかないよ、父さんに言えば何とでもなるんだから」
「っ、いやっ」
その脅しに嫌悪感を覚えた羽澄は逃げるが、医師はますます調子に乗る。
「そんな隅っこに逃げ込んでも、か弱い君は逃げられないよ」
「お、奥さんもいらっしゃるのに、こんなことっ、していいんですか!!」
「いいんだよ、俺は全て否定するから。
鷹野君の戯言なんて誰も信じないのは、君自身がよくわかっているんじゃないか?」
その言葉に思い当たる節がある羽澄、訴えたところでこの病院には、息子に甘い医院長と、おべっかばかりの従業員しかいない。
「はぁ、もう我慢できないよ」
そう言いながら近づいてくる医師は、白衣の下が着崩されており、最初からその気だったのがわかる。
羽澄は嫌悪感で目をそらした。
「はぁ、はぁ、恥ずかしがって、かわいい…たまらないっ」
「やっ、やめて……」
――ガッ
乱暴に羽澄の胸元に掴みかかる。
「キャッ」
体は壁に押しつけられた、その傷みに羽澄の表情が歪む。
「痛っ」
「ああ、かわいい声……大丈夫、おとなしくすれば優しくするから……」
そう言いながら近づく顔、唇をとがらせて羽澄の唇を奪おうとしている。
「はぁ? ちょっ」
いきなりの事に一番大きな声が羽澄の口から飛び出るが、気持ち悪い顔が接近したら声も出るだろう。
「はぁ、はぁ、君の×××を俺の×××で×××てあげるから……」
あまりにも気持ち悪いワードが出てきて、羽澄の脳内は自動的に規制音がかかる。
(気持ち悪いっ)
その嫌悪感に反射的に体が動いた。
「キャアァァ」
叫び声と一緒におちょぼ口の顔を左手で逸らす。
――パンッ
同時に右足で股間を蹴り上げる。
「はあっ」
――ドコォ
「ぐふぅぁ」
――ドサッ
見事に急所を捉えた、医師はあまりの痛さに床に倒れ、股間を抑えて悶えている。
「うぅ、あうぅう」
そのチャンスに羽澄はその場を抜け出した。
「コ、コワイヨー」
正当防衛を主張するように少しわざとらしい声でそう言うと、自分の荷物を二つ手に取り、羽澄は大慌てで部屋をあとにしたのだった。
数日後。家にて看護師の求人をにらみっこしていた羽澄の耳に、付けっぱなしにしていたテレビからニュースの音が聞こえる。
【○○病院にて、セクハラと脅迫による関係強要未遂・その隠蔽。家族ぐるみの資金流用、他にも家宅捜索にて余罪が…】
「あらぁ、ここって、羽澄ちゃんが勤めていた病院じゃない?」
テレビを見ていた母親、鷹野 ミロルが、羽澄に問いかける。
羽澄はつり目なところと性格、天然パーマと低い身長は父親似だ。
それ以外はミロルにそっくりで、日本人離れした美人だった。
そんなミロルに、羽澄はばつが悪そうに目をそらした。
(セクハラやいじめが酷かったからさ、現場をビデオに撮って、ついでに病院の不正書類も一緒に、警察に持ち込んだんだよねー)
実は医師に呼ばれる前から、退職を心に決めていた羽澄、だけど泣き寝入りをするなんて柄じゃない。
というか、別に弱くない。
(護身術のクラヴマガで何度も練習しているからね、もうそろそろインストラクターやってみようかな)
そこで羽澄を弱いと決めつけている医師の誘いにのり、先にカメラを二台仕込んでおいた。
それで撮れた決定的な証拠を、警察に提出したのだ。
(あのおちょぼ口はかなり気持ち悪かったけど、体張った甲斐があったわ)
あそこまで大胆なことをするとは思っていなかった……と羽澄は思う。
「まぁ、もうやめたところだから」
しかし母親に一連のことを説明すると絶対心配するため、羽澄はその一言だけに説明をとどめる。
「そうなの? ……このセクハラって、もしかして羽澄ちゃんの事じゃないでしょうね?
ここの前に勤めていたところなんて、謝罪されるはずが『お前のエロい体が悪いんだ!!』って、叫ばれていたじゃない」
「……あったね、そんな事」
羽澄が病院を辞めた回数はかなり多い、だいたいの理由は体型が原因のセクハラ・いじめ等だ。
今回も同じ……どころか、脅迫と体の関係を強要された事がばれれば、もうすでに制裁されているこの病院に乗り込みかねない。
(まあ、この病院は倒産らしいから、関係ないかな?)
ニュースでもその内容は流れているが、やはり余計な心配をさせる必要はないと、羽澄は余計なことを言わないことにしたのだった。
「まあ、今無職なのは分かったわ」
しつこく前職やめた理由を聞いていたミロルだったが、羽澄のごまかしになんとか納得した様子で、話し始めた。
「もうナースなんてやめなさい。ママは心配でならないのよぉ」
「いやでも、一番稼げるから、整骨院開業の近道になる」
「これだけ退職していれば、逆に遠回りでしょ」
そう言われればぐうの音も出ない。
羽澄が子供の頃、肩を脱臼した経験がある。
痛いし、全く動かずぷらぷらと揺れる自分の腕が、子供心に恐ろしくてしょうがなかった。
そんなとき連れて行かれた整骨院で、気のよさそうなおばさんが、魔法のように脱臼を治してくれた。
『完全に治るまで、うちに通ってね……もう大丈夫だから』
当然のように優しく頭をなで、優しい言葉をかけてくれる。
(自分も同じように魔法を使えるようになりたいっ)
そう、強く願うようになっていた。
だから早くお金を貯めるために看護師資格もとったわけだが。
「次の病院は大丈夫、っていう保証ある?」
「……ないです」
羽澄の経験上、次も何かしらのトラブルが生まれそうな気はしている。
「だからママは考えました」
えっへんと胸を張るミロル、自信満々に見えるがその発言に羽澄は耳を疑った。
「ママね、異世界のお姫様なのっ」
…………。
「んぁ? なんて?」
「パパと駆け落ちして、この世界にいるけど、本当は異世界にあるファルケ国の第二王女なの」
止まった思考回路から出てきた情けない声に、ミロルは普通に返してくる。
羽澄はその発言を理解するには、難しすぎた。
「え、ママはフランス人じゃなかったの?」
「それは嘘です……フランス語しゃべったところ見たことないでしょ?」
言われて見れば確かに、ミロルは『フランス語は忘れた』と言ってしゃべるのを避けていたのを羽澄は思い出す。
「ではお話ししましょう、ママとパパの大恋愛を」
突然始まった昔話、羽澄は何も言えず、ただその話を聞くしかなかった。




