VOL 13.パイロットの間で噂になった(I機長のケース)
以前、相撲の千秋楽で優勝力士にJALカップを授与する時に登場した長身で押し出しのいいI機長とのトラブルです。
当時、彼はジャンボ機のグレイド・キャプテインで運航部の室長でした。
キャプテイン・ブリーフィング(我々との飛行前の打ち合わせ)で、細かな質問をすることで有名でした。
言動が傲慢で偉そうなことは以前のT機長と同じですが、操縦の技術は卓越していることでも有名でした。
その彼とホノルル便の帰りで初めて顔を合わせたのです。
我々はホノルルに着いた日本将棋連盟のチャーター便の機材に、お客様を乗せないでフェリー・フライトとして日本に乗務するだけの極めて気楽な勤務だったのです。
一応制服は着用してるのですが、気分は”お気楽!”そのもの。
めったに、こんな幸運なフライトはないのです。
通常のキャプテイン・ブリーフィングでI機長から、
「お客はいないが、離着陸時は通常と同じで、緊張感を持って乗務するように!」
というコメントがありました。
お客様はいませんが、飛行機に搭載される免税品や機内備品、食事や飲み物もあるので、漏れのないようにチエックするのです。
予定通りにホノルル空港の駐機場から動き出した機体は、滑走路に通じる誘導路を通常より早い時速60km前後で移動していました。
いつものフライトとは違い、お客様がいないので、緊急時には半分の脱出口しか使用しないので半数の乗務員はそれぞれが客席に座っていました。
まだ、滑走路に出ていないし、座席ベルト着用のサインも点灯していないので、ほとんどの乗務員は着席しても座席ベルトを締めていませんでした。
そんな状況の中、誘導路の途中で突然機体に急ブレーキがかかったのです。
こんなことは初めてだったので、急に何かが起こって管制塔からの急停止の指示があったのだろうと思ったのです。
私は後部客室の統括パーサーだったので、機体の進行方向とは逆の乗務員席に着席していたので問題なかったのですが、私と対面する客席に座っていたスチュワーデスは座席ベルトを締めていなかったので、私のほうにつんのめるように倒れ掛かってきました。
時速60kmの機体が急停止すれば、かなりの衝撃があるのです。
結果的に、スチュワーデスの1人は腰を打撲し、もう1人が小指に裂傷を負ったのでした。
いずれも軽微だったので良かったのですが、私はチーフ・パーサーのAさんに、この旨を報告したのです。
やがて離陸の合図のベルト・サインが点灯し、チャイムが2回鳴り、機体は軽やかに離陸しました。
通常の乗務ではめったに観ることが出来ない、眼下に広がるワイキキの浜辺、特徴のあるダイヤモンド・ヘッドを眺めながら太平洋上を一路日本への7時間のフライトがスタートしたのでした。
運航乗務員全員の食事も終わり、前方客室に行き、チーフ・パーサーに
「今日の急ブレーキは何だったのですか?」と聞いたのです。
彼はわからないし、機長からも何も言ってこないということだったので、
「軽微ではあるが、後部客室の2名が負傷したので、急ブレーキの理由は聞かないとマズイでしょう」ということを進言したのです。
「だったら、君が後部客室の統括責任者なんだから、君が機長に直接聞いたら?」
ということになったので、私が操縦室に出向いて、直接I機長に聞くことにしたのです。
私は高名な機長でもあり、彼らは通常の操縦業務に従事していて、我々は楽をしていることもあり、丁寧な言葉を選んで、誘導路での急停止の理由を尋ねたのです。
ところが、I機長の口から出た言葉は私の予想とは100%違っていたのです。
「何、軽い怪我をした? 2人も? 緊張感が足りない証拠だ!」
私は、確かにそれは言えるが、知りたいのは急ブレーキをかけた理由だったのです。
そこで、重ねてその理由を尋ねたのです。
「出発前に、私が緊張感を持てと指示したことが守れてるかどうかをテストしたのだ」
なんと、それが急ブレーキの理由だったのです。
管制塔からの指示ではなく、単なるI機長の個人的な思いつきだったのです。
「冗談じゃない!」と叫びたい気持ちを抑えるのが精一杯でした。
「機長、あの時点では座席ベルト着用のサインは点灯していなかったし、その連絡もありませんでした」
「君、緊急事態の発生は必ずしも事前連絡があるとは限らないのだ。そのことを常に想定して、対応できるようにしておくのが君達の仕事だろ」
傍で2人のやり取りを聞いている副操縦士も航空機関士も機長の説明に対し、その通り、
ご説ごもっともという感じでうなずいていました。
その彼等の態度にも、絶対にオカシイと感じました。
I機長の説明はマニュアル的には正解だが、肝心なもの、それを使う人間の心が欠落していると感じたのです。
パイロットは仕事柄、我々接客業とは違い、操縦機器、デジタルの世界で、出来るだけ人的ミスを排除する傾向にあることは理解しています。
しかし、そこに人間らしい優しさ、思いやりといった柔軟な心がなかったら、単なる機械を操作するロボットと同じになってしまうと思いました。
このまま、彼と話しては仕事の邪魔にもなるし、お互いに感情的になる恐れもあったので
「ありがとうございました。しかし、納得できかねるので、仕事が終わって、少し時間を戴いて、話の続きをしたいのですが」
「ああ、私は構わんよ」ということで、改めて到着後に話をすることになったのでした。
成田空港到着後、I機長と私は運航本部の会議室で話し合いを持ったのです。
「運航に関わる緊急事態に即応可能な態勢を保持するのが客室乗務員の務めである」
「機長の個人的な判断でテストと称して、乗務員を危険な状況に陥らせたことは看過できない」
この主張は平行線になり、感情論も加わり、最終的に
「機長の指揮下にある君が従わないことは、勤務違反であり、私はキャプテン・レポートを書いて、君をクビにする!」
とI機長は宣言したのでした。
「アナタは権威主義に偏っており、乗員乗客と機体の安全を最優先する責務にある機長職を任ずるには適正を欠くので、私もキャビン・レポートを書く」
と私もこれに応じたのでした。
半月後、私は担当部長から呼び出しを受けて、
「双方の報告書を見たが、相手のI機長にケンカを売ってるようなものだ、彼は運航部の室長であり、かたや君は一介のパーサーだぞ、君の言いたいことはわかるが、少しは分をわきまえて、ここは彼に謝罪すれば、丸く収まるから。運航部の事務方とはそれで話がついている」
私は、「納得できません!」とその申し出を固辞したのでした。
彼は、「同じ飛行機の中で命を共にしている運命共同体じゃないか、いわば兄弟みたいなものだ。今回の件は兄弟げんかだから、弟の君が年長者の兄の機長に謝るのが筋だ」
私は、「兄弟なら、年長者の兄が弟の面倒を見るのが当然で、俺の言ううことを聞かなければ殴るぞ、クビにするぞというのは筋違いじゃないですか」
そして1ヵ月後、ついに客室担当役員のA常務と運航担当役員のS常務とI機長と私、それに両本部の業務部担当課長が一同に会して、会議が開かれたのでした。
A常務は実父が著名な外交官で良家の出身で柔和な人物だという噂でした。
一方のS常務は機長出身でした。
いずれの役員も私は初対面で、まさかこんなに大事になるとは予想もしていなかったので、これは下手すればクビになるかもしれないと覚悟をしていたのです。
ところが、そんな突き詰めた話にはならず、
「お互いが安全運航を保っていくには、相互の情報交換と人間関係の信頼関係が必要で、それぞれの立場を超えて、今回のケースをキッカケに運航と客室が定期的な意見交換の場を持つようにしてはどうか?」
というA常務からの提案がなされたのです。
S常務もそれに賛成し、何となく和やかな雰囲気の中で、I機長が私に「機長として配慮が
足りなかったことを認め、君に謝る。これからも忌憚のない意見を言って欲しい」と私に握手を求めてきたのです。
「いえ、こちらこそ・・・よろしくお願い致します」
何とも妙な具合で握手したのでした。
その後の乗務生活で、このI機長(後に運航副本部長)とは3度一緒になったことがありますが、お互いにいい関係でした。
実は、その後I機長の娘さんがスチュワーデスになり、私も1度同乗したことがあったのですが、この娘さんは人間が練れていて、「いつも父がお世話になっています。クセがあり皆さんにご迷惑をお掛けしていますが・・・」と挨拶をしていました。
尚、I機長とのケースはジャンボのパイロットの間で噂になり、加えて、他にも私は幾つか変な(威張りくさった)パイロットとトラブルを起こしていたので、いつしか私は彼らから「要注意のパーサー」として認知されたのでした。




