-11.〔再訪の王都、理想への小さな懸念〕
※ ※ ※
パウロンの家が在る異空間と、扉を隔てて存在する外界の建物。いつ崩れてもおかしくない、廃墟に等しいその外見の家――が在る、鬱蒼とした森で数日前。
私は悪夢を見た。
これは眠りの中で、という意味だけでなく。現実として起きた比喩表現を含む、である。
しかし、事実は小説より奇なり。と、何かのことわざを知っていようといまいと。
私は、朝早くから努力した甲斐あって、出掛ける支度を済ませた状態で果てない草原の扉を背に、立っている。
目の前には何の関心も無さそうにしている、緑色の魔法使いことアホウ・マギのパウロン。が、面倒くさそうに美少年の顔で鼻の穴をほじっている……。
……最低ね。
ま、今に始まったことではない。ので。
「いい? 絶対に勝手なことはしないでよ。私が帰ってくるまで、おとなしく。くれぐれも、変身して外へ行ったり、羽目を外した事をしないで、待っていてよ」
「――なんで、ワシが小娘の指示に従わねば」
「ドラゴンのパンを買ってきてあげるから」
「ワシは幼子かっ」
――じーっと、目を細め、不満げな相手を見つめる。
「……心配せんでも約束事くらい、まもってやるわィ。そのかわり、先の取り決めをきちんと果たさねば、容赦せんぞ」
容赦って……。
「仰々しいわね。要は、街で噂が広まっているかを、確かめてくればいいんでしょ? 大した事じゃないわよ」
「軽んじるでないっ、重要な事なんじゃぞ!」
ハイハイ。――と。
「分かったわよ。じゃ、そろそろ行かないと間に合わなくなるから、行くわ。お留守番、いい子にしててね」
「っば!」
さて、と。
背後でゴチャゴチャと言っているパウロンは放置し。――出発する、としますか。
「――ワシは偉大なッ!」
▽
数日前、深い森の中で未曾有の衝撃を受けた後。
現実で起きた出来事は私の想像していた不安と恐怖、次いで不快な感情を引き起こす、――正夢となった。
ただそれ等の事態は、自分の想像していた絶望とは少し違い。
むしろ一長一短のある、優れた事柄をも招く、結果となった。
というよりも、最初から、ソレを目的としていた私にとっては幸先良くすら思える。
世間を渡るには“とにかく”金がつきまとう。
彼にとってはしばらくの間、肩身の狭い思いを強いる事にはなる。が。
言わば自業自得。本人に自覚は無いとしても、これからの目的に準じた成り行きには従う必要がある。
故に私は、独り。いや……身に纏った伝説の霊獣と、一体になり。再び、王都を目指して外界へと――、木々の生い茂る森を進むのだ。
△
ひづめが街道を叩くパカパカという音と、わだちをなぞる車輪の発する響きが小気味よく耳に入ってくる。
親切な行商人の厚意で乗せてもらった馬車の荷台。
といっても、今の時代はよくある話。
「ついでのお願いとはいえ、本当に助かります」
「いんや、最近はカルタ・ゴで商品を渡したあとの同乗願いは、よくあるからね」
御者台に座る行商人が前を向いたまま、特に恩着せがましい様子も見せずに述べる。
その上で、私が今、手に持っているのはモバカのアプカ――“カルタ・ゴ”で注文した商品で。さっそくと、一ついただいている。
物は俗にいう、飲むヨーグルトだ。
それを更にもう一つ、ポーチから取り出して。
「差し支えがなければ、お礼に一つ、受け取ってください」
「ん、――あぁ。いやオレはいいよ……」
拒否された。しかし、その目は取り立てて迷惑そうには見えなかった、ので。
「……お嫌いでしたか?」
「――いんや。毎朝飲んでるんだ……、それオレの村で作ってるからね」
なるほど。
「気持ちだけ。受け取っておくよ、お嬢ちゃん」
「わかりました」
そんな、気まずさを誤魔化すように、ストローから口の中に広がるヨーグルトをコクンと喉に流し込む。
「ところでお嬢ちゃん。リーゼ様に似てるって、言われたりしないかい?」
「……まさか。そんな、……畏れおおいです」
「そうかい? まぁ、本物の聖女様はこんな泥臭い行商人の馬車になんて、乗らないだろうけどね、ははは」
「そう、ですね、……ハハ」
共に笑い。続いて、親切な行商人が馬の尻に軽く鞭をあてる。
私はというと、空に目を遣る。
雲の一つない晴天。
理想の日常とは、いったい如何なモノなのだろうか?
――パカパカ、ゴトゴト。
私は、ゆっくりと目を閉じ、荷台の端で――頭を預けることにした。
※
期待していた予想をいい意味で裏切り、未曾有の勢いで稼がれる動画の視聴者数。
そんな尋常じゃない数字をたたき出した。私の心に灯ったのは、危機感、と将来を見越す欲望だ……。
――聖女であった頃の財産、私物すらも、すべて失い。
先行きが不透明な現状の天秤はいとも簡単に――カネという生活の重みへと傾く。
投稿した動画の利益を得るためには、銀行口座との紐付けが必須で。
異世界でも前世でも、やるべき事は同じ。
最終、理想を現実化するには、自ら足を運ぶより他は――ないのだ。
※
単調な揺れと乾いた風で。
街道を進む意識は、――引き戻された。
慌てて荷台の上で上体を起こし、まだ寝ぼけている頭を軽く振る。
「――目覚めたかい、お嬢ちゃん」
御者台から、行商人が振り返り、言う。
「す、すみません……」
「いいさ。ほら、ちょうどセレスティアだ」
と行商人が鞭の柄で前方を指し示す。
見ると、なだらかな道の向こうに王都の石壁が。
――その時だった。
前方から、複数の馬がこちらへ接近してくる蹄の音が聞こえた。
統制の取れた硬い鉄蹄の音、とカチャカチャ擦れ合う金属の音色……。
反射的に荷台で身を潜める。
「なんだ?」
不思議がって行商人が呟き。馬車は少し街道の端へと、速度を落とす。
そうして間近を通り過ぎていく金属音、と、馬の鼻息。
祈るような静寂の内に。馬のいななきが鎧の擦れる音と……ゆっくり、遠ざかっていく。
次いでようやく浅い呼吸を再開する。
「国境の方にでも向かうのかな」
御者台から行商人が呑気な声を出し、再び馬を走らせる。
私は静かに身を起こして、恐る恐る尋ねてみた。
「……あの、今のは……?」
「ん――さぁ? でも、見たところヴィクティム様の衛兵だと思うね。十人ばかりの少数だったが、以前あの紋章と服装を見たことがあるんだ」
「ェ?」
「ヴィクティム様は、オレ達みたいな行商人にもお優しい方だからね。ほら、そこに女神像があるだろ。以前旅のお守りとして、いただいたんだよ」
そう促されるまま、反対側の荷台の隅に――視線を落とす。
雑多な荷物や木箱の在る荷台でひっそりと安置されていた、手のひらほどの小さな木彫りの、……女神像だ。
「しかしさっきの隊にヴィクティム様の姿はなかったな。ほろ馬車にでも乗っていたかもしれないが、要人警護にしてはものものしい雰囲気もなかったし……、なんだろうな?」
――ヴィクティム。
もし、すれ違った馬車の中に、彼が乗っていたとしたら……。
……おちつけ、私。
肺の奥で震える息を深く、深くして、吐き出す。
よし。――大丈夫。問題なんて何も起きてはいない。
「お嬢ちゃん。セレスティアの正門が見えてきた、もうすぐ着くぞ」
その言葉どおり、顔を上げると陽光を浴びる都の巨大な石の城壁が、視界いっぱいに広がっていた。
何はともあれ、まずはやるべきことをやろう。
…
巨大な城壁が生む、ひんやりとした日陰に入り。
正門を無事に通り抜け。私たちは停車する馬車の傍らで、別れを告げる。
「……検問まで、ご一緒させてもらい。本当にありがとうございました」
「なぁにお嬢ちゃんはうちの村のお得意さんだからね。年寄り連中も喜ぶ、また頼むよ」
「はい。また必ず注文します」
そして行商人の男が停車中の馬車へ、御者台にあがり手綱を握り直す。
「じゃ、今後ともごひいきに」
最後に一度だけ、ひらひらと行商人が手を振る。と、馬を促し――人混みのある方へと遠ざかる荷台の、旅の終わりを――、見送る。
さ、感傷に浸っている暇はない。
小さく、けれども確実な理想への音を王都の賑わいに、私は刻む。




