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-5.〔泥臭い変装と嘘と真実が混ざり合う悩み〕

 不愉快から一変し、ご機嫌なパウロン。

 だらしなく笑むその表情は、外見と中身、どちらを主役にしてもムカつく。

 ただ今は、そんな馬鹿々々しい事で、言い争いに発展したくもない。

 と先々を見据えている私に、愉快な魔法使いの緊張感が足りない薄銀の瞳が向けられる。


「して小娘リーゼよ、よもやそのまま人の目が多い場所へと行くつもりではないか?」

「……、――さすがに壺は無くすわよ……」


 とは言っても、既に結構な人数に見られたとは思っている。


「頭部を覆う案は悪くないが、なにも全体を隠す必要はなかろう。前面だけで、十分ではないか?」


 ――嘘でしょ。

 初めて、まともな意見を聞いた。気ではなく、聞いた。


「そうね。壺じゃなく、仮面にできればいいけどね」


 その場合、門衛に顔を見られていたとは思うが。これから先は、さすがに壺女のままでは居られない……。

 直ぐ傍の壁に背を預けるつもりが、先にコォンと壺の内部で音が響く。


「……でも駄目よ」

「何でじゃ?」

「私、髪が目立ちすぎるもの。このままの色じゃ、仮面をつけても意味ないわ」


 今は壺の中に収納されているプラチナブロンドの髪。

 現状の服装なら元聖女である事はバレないにしても、髪の色で――リーゼだと分かってしまう。


「ならば剃ってしまえばよかろう」


 モチロン言うと思った。


「じゃあパウロン、貴方の見た目は魔法使いってバレバレだから、杖を捨てろって言われたら、どう?」

「ロマンの分からぬ輩に明日は無い」

「……――ま、そういうコトよ」

「どういうコトじゃ……?」


 ――なんで。――イヤ。


「とにかく、髪を切らずに色をなんとかできれば、問題はないはずよ」


 たぶんね。

 しかし、美容所へ行くこともできない現状において、ソレは……。

 ……てか本当に土臭い、この中。


「ふむ。では再び土の子の出番というワケじゃな」

「ぇ?」

「土の子、いや土の粉、かのゥー」


 ――ェェ。


  …


 王都セレスティアのメインストリート。

 通りは買い物客や荷馬車で溢れ、活気に満ちている。

 その人混みを、パウロンの半歩後ろをついて私は歩く。

 ……さっきから生きた心地がしない。

 すれ違う人々、道端で声を張り上げる商人。

 それら全ての視線が、自分に向けられているような気がして。――思わず下を向いてしまう。

 ふと、路面店に置かれていた卓上ミラーに映る――自分を発見。

 私は改めて言葉を失った。

 ……誰よ、これ。

 勿論自分、自身なのは明白で。

 鏡の中に居る、土色の髪をした野暮ったい村娘を睨む……。

 清潔な聖女だった面影は微塵もない。

 プラチナブロンドの輝きは、ツチノコの粒子によって完全に塗りつぶされ。

 肌の色も、まるで数ヶ月間休まず畑を耕し続けたような、見事な褐色に染まっている。

 最たるはニオイ。

 ツチノコだった物の粒子同士が繋がっているので、歩くたびに剥がれ落ちる心配はない。が、動くと鼻先を通り過ぎる雨上がりのグラウンドのようなニオイ。

 ……田舎者丸出しね。


「ちょっと兄ちゃんっ、食べた分の代金は払ってもらわないと!」


 ぇ――。ちょっと……?

 嫌な予感、が、時既に遅し。


「代金? ナゼじゃ? オマエがワシに一つどうだ、と申したから。貰ってやったのではないか?」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃――。

 目立ちたくないという願いが、音を立てて崩れていく。


「はぁ? 兄ちゃん、なに言ってんだ……? まさか最初から食い逃げのつもりで」

「――すみません!」


 自身の姿を見ていた事で、少しひらいた距離を猛烈な勢いで詰め――二人の間に突入し口を挟む……!

 当然驚き、顔をしかめる店主。困惑する相手の様子を、ただ大人しく、じっと見つめる。


「お、お嬢ちゃんは、この兄ちゃんの連れかい……?」

「はい、そうです、ごめんなさいっ」

「謝られてもね……」

「私達、田舎から出てきたばかりの世間知らずでっ。骨董品を売りに、街まで来たんです。代金は必ずあとで支払います……! だから、どうか今はお許しくださいっ」

「……お許しって。――……田舎ねぇ。いったい何処の村から来たんだ?」


 マズい。その設定は、固めてなかった。

 頭の中で適当な村の名前が、浮かんでは消える。

 しかしどれも、現状を打開する程の思考にはまとまらない。


「――どうした」


 泥臭い頭皮で汗がかゆい。


「……村。そういえば、エリジオンという名の村が在ったのゥ」


 エリジオン……? 聞いた事すらない名前だ。

 ただ商人は目を丸くし、次いで納得したように膝を打った。


「エリジオン、爺さんから聞いたことがあるぜ。……実在したのか」


 これは思わぬ展開と、期待し相手の出方を見る。


「まぁ、ちゃんと代金を支払うって約束してくれるのなら。今回だけ、だぞ?」

「モチロンちゃんと、支払います……っ!」

「よし、じゃあ誓約書を渡すから少し待て。――ところでお嬢ちゃん、肌や髪の色は全くだが、リーゼ様と似てるな? まさか血縁とか……?」

「――血縁? なにを言っておる、リーゼは小んん――っッツ?」

「全く存じあげません。誰の事ですか?」

「……いや、知らないのならいいんだ。待っててくれ」

「はい。ごゆっくりと――」


 ――ギロリン。


「んんっ?」


  …


 カラン、とドアベルが鳴り、木の扉が閉まる。

 滞りなく店から解放された私は、腰のポーチに入った不確かな重みを思い出しながら一つ、大きなため息を吐いた。

 ……売れた。

 財産と言うには程遠いが。結果として、当面の生活費。門での料金、先ほどの食い逃げ未遂の代金を支払っても、余裕のある通貨を手に入れることができた。

 正直、ただのゴミとして追い返されることも覚悟していたけれど……。

 本当にあの古くさい見た目の汚れた燭台が“金”だったとは。

 純粋な金属としての価値だけで、私が見繕った売れそうな物品をないがしろにされた。

 まぁ、だからといって、文句はないのだけど。

 そもそもが私の勝手都合な理屈で、はじめた。新しい日常“理想”をやり直す為の第一歩。現実的に言って、巻き込んでしまっているのは……。

 ――いや、止そう。

 アレに心を許そうものなら、その分だけ、屈託するに違いない。

 付かず離れずの利害関係。利用する以外の事は――。

 で、その出資者は何処?

 店の軒先で、面倒を避けるために待たせていたはずのパウロンをさがす。

 そして居た。

 ……嘘でしょ。

 往来の邪魔にはならない程度の、けれど確実に行き交う人々の視線を集める絶妙なポジション。で、……寝ている?

 背を壁に預けるでもなく、地べたにどっかと座り――あろうことか、舟を漕いでいる。

 深く被ったとんがり帽子の先が、呼吸に合わせて上へ下へ、規則正しく揺れて。

 若い外見も相まって、道行く人々は不思議さと同情の混じった視線を投げかけていく。

 ……恥ずかしさをこらえ。

 足先で――。パウロンの脛を、小突き。


「ちょっと、起きてよ……」


 公然の場所で少年の様な男性に足蹴をくらわせる。

 はたから見れば良くない構図だろうが、今の私は、お構いなし。

 もう一度、今度は少し強めに踏みつける。

 すると帽子の庇がぴょこんと跳ね、その下から眠たげな薄銀の瞳が――私を、捉えた。

 数回の瞬き。数秒の空白、の後。


「……おお。誰じゃ?」


 そんな、バカな。


「――、……パウロン?」

「冗談じゃ。ワシのロマンが終わらぬ内に、小娘を忘れるワケなかろう」

「……なら、さっさと立ちなさいよ。見せ物じゃないんだから」


 その言葉が本気なのか、それとも本気だったのか。

 今はそっと蓋をしておこう。

 何故なら、一刻も早くこの場を立ち去りたいからだ。


「よっこいしょ」


 愛用の杖を支えにし、十代の美少年には不釣り合いな言葉と共にゆっくりと、パウロンの腰が上がる。


「行くわよ。これ以上、変な騒ぎを起こさないでよね」

「……ワシがいつ、問題を起こしたと?」

「少なくとも食い逃げ犯には、なりかかってたでしょ……」

「そんなもんは知らん。だいたいワシは食わずとも死ぬような体ではない」


 まったく。


「はいはい、分かったわ。じゃ、無法論者の賢者様が待ち兼ねているロマンの為にも、早く次に行きましょ」

「ま、まだあるのか……」

「あたりまえでしょ。本番は、ここからじゃない」

「……ぬぅ」

「ほら、行くわよ」


 そうして半歩後ろから付いてくるパウロンの気配を感じながら、とうとう街へと繰り出す。久しぶりに雑踏へ溶ける、私の第一歩は、土のニオイと、どうしようもない魔法使いの足音を伴い、――始まった。

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