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-4.〔門衛の葛藤、逆さ壺の真実を忘れて〕

 石畳が、これほどまでに愛おしい存在だっただろうか。

 ――王都セレスティアの正門前。

 私は一歩踏みしめるごとに、揺れない地面の素晴らしさを感じている。

 そして往来する馬車と、活気に満ちた市場の音。

 風に運ばれ、少しだけど香る食べ物の匂い。

 逃げるように去ったあの時とは違う、けれども、どこか浮足立ったような――暮らしの喧騒が、息苦しい今の私にも、確かに感じる事ができている。


「ほっほ。やはり都は人が多いのゥ、ワシのロマンを披露するには絶好の舞台じゃわィ」

「――馬鹿、絶対にヤメてよ」


 ただでさえ目立っているのに、これ以上は逆に、完全な死活問題となる。

 というか、むこう千年以上無い。と断言していたその口に、泥を詰め込んでやりたい。

 あと、なんて土臭い霊獣だ。――ま、当たり前だけど。も。


「止まれ! ……貴様ら、何者、だ……?」


 正門を抜ける前、予定通り、門衛が立ち塞がる。

 前回の門衛よりは若く、融通の利かなそうな目が、緑の阿呆と、頭から壺を被った私を、やや戸惑った感じで、しかしあからさまに不審者として捉えている。

 至極、当然に。


「あ、あのっ……。お騒がせしてすみません……」


 ツボの表面にあいた二つの丸い穴から門衛の方を見、必死に情けない声を絞り出し、言う。今の私に元聖女の威厳など微塵もない、今の私は、ただの“壺を被った女”だ。

 門衛が僅かに手の槍を向けようとした。が、あまりのシュールさに毒気を抜かれたのか呆れた様子で、下げるのを止め。立てたままに――。


「――どういう状況なんだ……? それは、何故……被って、いる……?」


 門衛の戸惑いは完全に理解ができる。

 何故なら、今私の頭部をスッポリと覆っているこの壺は、本来であれば絶対に被る事ができない、口の窄んだ容器、だからだ。


「じつは……家にあった骨董品を街で売ろうと思い、物を動かしていたら、頭に壺が……抜けなくなってしまい……」

「ツボが、抜けなくなっただと……? そんなバカな」

「嘘じゃありません! 本当なんです、信じてください……!」


 壺の中で、必死に声をこもらせる。

 すると視界の端で、門衛が半信半疑――おそるおそるに手を伸ばしてくるのが見えた。

 金属製の篭手が、鈍い光を放ち迫ってくる。


「どれ、少し貸してみろ。力任せに引けば、いや壊せば……」


 ――マズい。

 直接触れられれば一貫の終わりだ。


「そんなコトをしても、無駄じゃぞ」


 門衛の手がピタリと止まる。

 そして見る、頼り甲斐だけは無さそうな、パウロンの方を。


「なに、どういうコトだ?」

「ワシが作ったツチノコは、そう簡単には壊れん。素が土じゃからの」


 おい、ヤメれ。

 事前に余計な口は出さない、と約束したはずだ。


「土の、……これは君が作った壺なのか?」

「然様じゃ」

「……――では何故、この方の頭に入ったんだ……?」

「日頃の行いじゃろ」


 うおい、それなら相当イイ方だわ。自分では言えませんがねッ。


「日頃の行い……? 何を言いたいのか分からないな……」


 ハイっ先生!


「――これ、たぶん呪われているんです……」

「な、呪い……だと?」


 門衛の眉が跳ね上がる。

 ツボの中で、即座に自分の想像力をフル回転させ――。


「――兄は以前から呪いの道具を集めるのが趣味で……、この様に、自分は偉大な賢者だと。思い込んでしまっているんです……」

「なるほど」


 門衛が若干引きつった顔で、されども納得の様子で頷く。


「誰がハむっツ?」


 いいから黙れ。と不服そうに唇を尖らせ反論を試みようとした阿呆の口を、神速で塞ぐ。

 次いで、二つの覗き穴から、ご覧の通り“殺気”でパウロンを抑圧する。


「……おい?」

「ぁ。あはは、すみません。時間だったので、兄に薬を飲ませました。いつも、こんな感じで……。――それで、この呪物を取り除くためにも、街で、家にあった物を換金させていただきたくて……」


 結果門衛が、まだ手元でモゴモゴと動くパウロンと、微動だにしない壺頭を交互に見やり、ようやく、深く重いため息を吐く。


「……事情はおおよそ理解した。呪いの道具に、精神を病んだ兄、その妹、という訳か。――災難だったな」


 同情の混じった眼差しを向けながら、門衛が告げる。

 よしキタ、私Good job.


「本来ならその壺の内部も検めるべきだが……。まあ、物理的に不可能なようだし、その様子では危険物も隠しようがないだろう。――だが、決まりだ。可能な検査と、手形の提示もしくは臨時発行の料金は、必要になるぞ?」


 そう、それだ。

 勿論事前に知ってはいた。――が。


「……そのコトなのですが、換金する前で手持ちが無くて、帰る時には必ず……」


 そうして門衛が天を仰ぐ。


「はぁ。……わかった、もういい。だが、必ず街を出る前に支払うんだぞ。いいな?」

「あ、ありがとうございますー!」

「それとそこの台に持ち物を並べてくれ、不審な物がなければ、それで行っていいぞ」


 門衛が指し示した検分台。自称兄をか細い腕が、半ば引きずるようにして連れて行く。


「んん――ッ! んぐ、んー!」


  …


「……通したのか」


 自分の担当分が終わり、戻ってきた先輩門衛の声は、どこか低かった。


「はい、申し訳ありません」


 後輩が二人の消えた人混みを見据えているのを見、先輩もまた同じく街の方を向く。


「リーゼ様、何があったかは知らんが、俺の目には楽しそうにも見えたな」

「そうですね……」

「何だ? まだ迷っているのか?」

「いえ。街が救われたのは事実です、自分も家族も本当に感謝しています」

「でもそうと決まった事ではないだろ?」

「……いえ。娘が見たと、言っていたので」

「――そうか。なら、信じるしかないな」

「はい。――ところで、ヴィクティム様には何と報告しましょう……?」

「フム。ま、本日も異常なし。だな」

「ハッ、ありがとうございます!」

「よせよせ。それより、神儀監様が置いていった女神像、お前、持って帰るか……?」

「……自分は要りません」

「うーん、どうしたモノかねぇ。神様の造形ってだけでも扱いが難しいのに。――ま、しばらく飾っておくか、な」

「……そうですね」

「さて、次の御一行様だ。お天道が見えている内に俺らがヘマする訳にはいかないからな、切り替えてやれよ」

「ハッ」


 ――かつて広場で祈りを捧げていた聖女は、清廉な香りが漂っていたという。

 けれども、先ほど鼻をかすめたのは、どこか懐かしい、土と草原の匂いだった。

 門衛は先輩の背中を見送ってから、一つ、息を吸う。

 次いで吐き出したのは表情を引き締めるためと、日常を守る番人の覚悟――。


「――止まれ!」


  …


 石灰岩の様な白色の、建築群が多く見られる王都セレスティアの街並み。

 午後からの陽光も受けて白い景観が一層際立つ。

 巨大な円を描く城壁の中に、幾筋もの通りが伸び、さながら魔法陣にも見えるが其処で暮らす人々の生活はまじないどおりにはいかない。

 一週間前の雲行きが信じられないほどに、街は平穏を取り戻しつつある。しかし安定した日常とは絶え間ない努力あってこそ。

 市場の活気などはまさにソレ。

 色とりどりの天幕が並ぶ目抜き通りには人の熱気と、ニオイ、そして街に潜り込んだ者達の達成感もが――混ざり合う。

 馬車の車輪が石畳を叩く硬質な音。

 値切り交渉を楽しむ主婦たちの笑い声。

 それらの喧騒を横目に、一本、また一本と、光の届きにくい脇道へ逸れていく。

 華やかな表通りから一転して、湿った石と埃っぽい生活の臭いが充満する路地裏。

 両側に在る建物の外壁が、頭上の青空を線で切り取る路の――最奥。

 その暗がりの一角にて。

 緑のマントを羽織った魔法使い、と。首から上が逆さの壺という異様な姿をした女、が。


「……ふぅ、とりあえず、第一関門は突破ね」


 壺の中からこもった声で、ホッとして、リーゼは述べる。


「なんでワシが……あんな若造の指示に、従わねばならんのだ……」


 よほど不服だったのだろう。ここまでの道々含め、まだグチグチと言っている。


「……べつにいいでしょ、大した物も持ってなかったんだし」


 本当、どうやって生きてきたのか。――不老不死か。

 なまじ接していると普段の屈託から、つい本人の尊厳を見落としてしまう。

 ――でなくとも。


「バカもの、ワシにとって宝であれば、ソレは価値の有る物という事じゃ。そんなコトも分からんのか?」


 何度でも言う――。いや確信を深めて思う、私はとにかくこの若見え爺とソリが合わず。


「――ボケん者、アンタこそ、今の状況分かってるの? 素性を明かさずに門を潜る事がどれだけ奇跡的な成果か。そのためにマント一枚脱ぐくらいの努力は、一時の恥よ」


 ま、不死にとっては一時どころか、一瞬にも満たない。

 なんなら既に過去の出来事になりつつある、のではないか、と予測すら立てれる。


「……奇跡じゃと。まァ、悪くない響きじゃな」


 そっち、――なら。


「寡黙なのも、偉大な賢者って感じしてたわよ」

「ほっほっ、そうじゃろうなァー」


 ……チョロい。

 逆さ壺の中で、半ば白け。

 密かに、魔法使いの“取り扱い説明書”を――更新する。

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