# 68 大衆浴場オープンに向けて
『大衆浴場』オープンに向けての従業員教育が始まった。始まった……正確には違うのかな? まずは教育係を担当する事になる人にあれこれ覚えて貰う
入店時の受付業務から始まり入浴後の手続きを経て大衆浴場を出るまで……全てのアクションを事細かにマニュアルとしてまとめてみた
事細かく書き出したつもりだったが、いざ実践……となると抜けている項目も出てきた
全てが初めてづくしの人ばかりで正に『手取り足取り』でレクチャーしなければならなかったのだ
改めて『入浴』という文化がなく『石鹸』が当たり前に使われていなくて貴重な物なのかを実感した
更に現場でメインで働いてもらう従業員さん達の教育はなかなかスムーズには行かなかった
教育係……もしかしたら上司になるのかな? その方々はある程度の社会経験もあって飲み込みも早かったのだが……
まだまだ若くて経験の浅い人たちに同じレベルを求めるのは酷というもの……って感じかな〜
受付で説明をするのもしどろもどろな感じが見て取れた。もしかしたら自分自身が入浴方法をまだ完全に分かってないんじゃないかな? なんて思ったのだ
お客様も……多分ほとんどの人が同じ反応を示すんじゃないかと感じた。もちろん察しの良い人は1度説明を受けただけある程度理解するんだろうけど……そういう人の方が少ないんじゃないかな?
なので入店時の説明だけではなく、洗い場でも使い方を指導するのが最善なのではないかと至った
初めて入浴して石鹸で全身を洗うと言う行為は、その場で教えて貰らう事によって理解出来るのではないかと……
「初めての人を数人集めて、洗い場で石鹸の使い方や髪の毛・体の洗い方を説明するのってどうかな?」そう提案してみる
「そうですね。言葉だけでは理解出来ない人も多いでしょうし……実際にやり方を見てもらえば見よう見まねで覚えられるかもですね」ダイアナがすぐさま同意してくれて何だかホッとする
「ありがとう。ダイアナ」
「いえっ……私もサクラ様に教えて頂いて使い方を理解しましたから……」
私たちの会話を聞いていた従業員の方々から「そのお話、詳しく聞かせて頂いて宜しいですか?」と声が掛かった
みんなで意見を出し合い、当分の間は初めての人や入浴の仕方を確認したい人を集めて洗い場で指導する事になった
「まずはここで働く人達が入浴方法を教えられる様になる為にも沢山練習しましょう! 実際に入浴しながらお互いに指導し合って教え方も考えると良いんじゃないかと思うんだけど……」
「あっ……あの自分はまだ洗い方とか動作とか……頭の中だけで思い出せないんです……だから説明しようと思っても止まってしまって……」
「私もです……言葉にするのって難しいです……」
そんな正直な声が上がり、みんなで入浴の仕方を洗い場だけではなく脱衣所などでも洗い場を想定しながら確認し合う事にもなった
実際に洗ってみるのも良いけど何度も入浴するのはのぼせる危険もあるからって事で。イメージトーレニングは重要だよね
色々と問題も出てきそうでなんとなく不安にもなったが、皆さんやる気に満ちているので協力し合ってトラブルも解決してくれそうな気もした
☆☆☆☆☆
そして……
なんだかんだと工事も訓練? も終わり、いよいよ『大衆浴場』のオープンの日が決まった
オープン前に完成した『看板』を取り付けるので来て欲しいと連絡を貰い、私達もいそいそと出かけて来た
到着すると既に主だった関係者が集まっていて、看板を取り付ける作業の打ち合わせ中だった
「おはようございます」声を掛けると皆さんからも「おはようございます」と挨拶が返って来た
和やかに看板取り付け準備を見守る
「では早速、看板の取り付けを始めましょう」神官殿の言葉に取り付け担当の方々が頷き合い、看板を掲げていく……
看板をよく見ると……
『♨エル・ドラド♨』と書かれてあった
「えっ?!温泉マークに……エルドラド?!」
私はびっくりして神官殿を振り返った
「サクラ様に教えて頂いた温泉の印とサクラ様がお考えになっておられたお名前を頂きました」
神官殿がにこやかに言う
私はびっくりして口をパクパクさせながら回りを見ると、皆さん知っていたのか『サプライズ大成功!』って顔をしていた
私は嬉しいやら恥ずかしいやら……色んな感情が入り交じって「皆さん……」言葉に詰まってしまった
「『♨エル・ドラド♨』をこの国に広げて行きたいと考えております。サクラ様……これからもどうかご助言下さい」
「はい。この温泉がこの国にも……そしてこの国を訪れてくれる人達にとっても癒しの場所になる様に……私も微力ながらお手伝いさせて下さい。それから……看板! ありがとうございます」そう言って神官殿の手を取った
周りから拍手が起こり、看板設置が無事に終わった
そして……
いよいよオープン初日!
私も朝早くから『大衆浴場』……基、『♨エル・ドラド♨』へ入った
みんな不安と緊張で一杯一杯な顔をしている……
「みんな! 大丈夫だよ。今日の為にみんな頑張ってきた。みんながそれを1番分かってるでしょう? 私もずっとみんなの事見てきたから分かるよ。だからそんな風にガチガチに緊張する必要はないから。大丈夫! これまで練習してきた通りにすれば上手く行く。リラックス! リラックス」声を掛けると少し……ほんの少しだけど肩の力が抜けた様な空気が流れた
「みんなも今日が初日だけど、お客様は本当の初めてなんだよ?!みんなの緊張が伝染して不安にさせない様にしなくちゃね。大丈夫だよ、言ってみればみんなが先生なんだから!」
「……先生?」顔を見合わせている若者たち……
「そっ! みんなで正しい入浴の仕方を理解して貰えるように頑張りましょう!」
「はいっ!」気持ちの良い返事が返ってきた
「温泉を気持ち良く使って貰える様に、しっかりお客様の手助けして下さいね。そして……また来たいって思って貰える接客を心掛けて下さい」
「接客……」ありゃ……しくった? また空気が重くなったかも……
「気負う必要はないです。これまで練習して来た通りにすれば大丈夫です。みんなちゃんと出来るんだから。それから……もし何か分からなくなったり戸惑う事があったらすぐに助けを求めましょう。みんなで助け合えばどんな事にも対処出来るはずです。ねっ!」
頷きあっている若者たちに頼もしさを感じた。村だった頃の一体感は人が増えて町になっても変わっていない。この町……この国の人達は助け合って支え合ってこの国を繁栄させて行くんだろうな……と改めて感じた
「さぁ! 準備を整えましょう!」支配人の声が響く
「はいっ!」元気の良い声が重なり合い、それぞれが担当の場所へ散らばった
「すみません……なんか勝手にみんなにハッパかけちゃって……」
「いえっ、ありがとうございます。皆緊張でガチガチだったのでなんとかしないとと思っておりました。サクラ様のおかげで良い感じで力が抜けて……それだけではなく皆やる気に満ちた顔つきになっていました。感謝致します」支配人ににっこりとお礼を言われて胸をなで下ろした
準備を進めていると「支配人! 大変です!」外回りを整えていた青年が慌てた様子で駆け寄って来た
「どうしましたか?」落ち着いた態度で接する支配人はなんだか『高級ホテルの支配人』の風格を感じた
「あっ、あの……外に沢山の人が……」
外に人? オープンまではまだ時間があるはずだけど……そう思いながら外に目を向けた。確かに人影が見える。私は入口へ向かい、外の様子を見た
――つづく――




