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# 48 初めての涙

《サクラよ……ユグドラシルの実の事をあやつらに話す前に聞いておきたいのじゃが……》

「はい。なんでしょう?」


《サクラがこれからも人間と関わって行くのなら……

不老不死は……良い事だけではないぞぉ?

人は……人以外も……生きとし生けるもの……

全てはいつか終わりが来るからのぉ。

お主はそれを受け入れる事が出来るじゃろうか?

耐えられるのかのぉ? 儂は……それが心配じゃて……》

ノーム様は苦しそうな表情でそう私に尋ねた……

ノーム様はお優しい……私を心配して気遣って下さる想いが伝わって来る……


「ノーム様……私、すっごいおじいちゃん子だったんです。私が高一……15才の時に亡くなったんですけど……」

私は大好きだったおじいちゃんの事を思い出しながら話を続けた

「98才でした……大往生だって……入院した時は「覚悟しておいて下さい」って言われました。おじいちゃんとお別れしなきゃならない時が来るんだって……

おじいちゃんは……とても穏やかな顔をして……

眠る様に息を引き取りました……」

今でも覚えている……

おじいちゃんちゃんの最後は本当に優しい顔のままだった


「覚悟はしていたつもりでした……でも……

頭で分かっていても気持ちが付いて行かなかった……

悲しくて悲しく……喉の奥に何かが詰まっているみたいに苦しくて苦しくて……息が出来なくなりそうだった……おじいちゃんはもう居ない……そんなのイヤだ……耐えられない……って私はおじいちゃんの死を受け入れられなかったんです……」

今でも思い出すと胸が苦しくなる……


「お葬式が終わった後、私は部屋に引きこもって泣きました。

身体中の水分が全部涙になって流れてしまうんじゃないかって思う位に勝手涙が溢れて止まらなかった……

お通夜もお葬式も自分がどんなだったか正直覚えていないんです……

気付いた時には部屋で蹲ってて……

涙ってこんな勝手に出てくるんだ……なんて事をぼんやり考えてたんです……」


「パパが私の部屋に来て……私の前に座って言ったんです。「じいちゃんは幸せ者だなぁ」って。私はびっくりしてパパの顔を見ました。「こんなに美咲に愛して貰えたんだ……きっと喜んでるよ……ただ……美咲を泣かせたから困った顔もしてるかもだけどな……」

そう言って私の頭を撫でてくれたんです。

私、思わず「いつまでも泣いてたらおじいちゃんは安心して天国に行けない。って言われると思ってた」ってパパに言ったんです。

そうしたらパパは「じゃあ、天国に行かないでずっと側に居てよ。なんて事を美咲は言いそうだけど?」って言って少し笑ったんです……

私、初めてパパの目が赤い事に気づきました。

悲しいのは私だけじゃないんだって……

私はパパにしがみついて「ごめんなさい」を繰り返しながら泣きました……

パパは優しく私の頭と背中を撫でてくれました」


「私が少し落ち着いたらパパが「なぁ美咲? 美咲の知らないじいちゃんの事知りたくないか?」って言われたんです

キョトンとする私に「通夜や葬式に来て下さったじいちゃんの知り合いに話を聞いたんだ。じいちゃんが若かった頃の話……四十九日の法要にも来て下さると思うぞ。

じいちゃんは結構顔が広かったから……人にも自分にも厳しい人だったなぁ。でも慕われていた……。

美咲しか知らないじいちゃんの話を聞いたら皆んな驚くぞ?」って……」

私の知ってるおじいちゃんは穏やかで優しくって……

幼い頃の私はおじいちゃんの膝の上がお気に入りだった

私の取り留めのない話を静かに聞いてくれて……

『厳しい』なんて欠片も感じた事なかったから……


「私は四十九日の法要で私の知らないおじいちゃんの事を沢山知る事が出来ました……おじいちゃんがもういなって事はまだ完全には受け入れられてなかったけど……人は死んでもこうやって皆んなの思い出の中で……心の中で生き続ける事が出来るんだって……その時少し分かったんです。

そして思ったんです……頭で理解してるつもりでいても、実際に経験すると思ってたのと全然違うんだなぁ〜って」

実際にその立場に立ってみないと本当に理解する事は出来ないんだなって、少しだけ分かった気がした


「だから……私は大丈夫です……

私は大切な人を失った時の悲しさや苦しさを知ってるつもりですから……

だから大丈夫……ううん、大丈夫じゃないけど……

ちゃんと受け止めます……」


パパ……ママ……お兄ちゃんたち……

考えない様にしていた……思い出したら止まらなくなりそうだったから……うっ……


《サクラよ……ここには儂だけじゃ……我慢せずとも……》

顔を上げるとノーム様の優しいお顔が滲んでぼやけた……

私は声を上げて泣いた……もう会えない家族を想って……

そして私がいなくなった事でどれだけ家族に悲しい思いをさせてしまったかを考えて……


ひとしきり泣いて、少しだけ胸のつっかえが取れた気がした……

「ノーム様、ありがとうございました。

ずっと苦しかった胸が少しだけ軽くなりました」


《そうか? 頑張り過ぎては行かんぞぉ。》

「はい……」


あぁ〜でもこの酷い顔で帰ったら心配掛けるよね……

目だって腫れてそうだし……んっ? なんか腫れぼったい感じががなくなってる?

《ふぉっふぉっ、ここはまぁ……聖地の様な場所だからのぉ。なんでもありじゃ……》

「??」不思議に思いながらも私はノーム様のお住いを後にした


「ただいま〜」やっぱり玄関で靴を脱いで……って動作があるだけで家に帰って来たって感じがするな〜なんて思いながらリビングへ向かう

「お帰りなさいませ。何かお忘れものですか?」シェリーに聞かれる

「忘れもの? なんで?」

「何故って……お出掛けになられてすぐに戻ってらっしゃったので……」シェリーが不思議そうに言う

「すぐ? えっ?」

《なんでもありじゃ……ふぉっふぉっふぉっ》

ノーム様の声が頭の中で響いた……


「あ〜なるほど……どうやらノーム様のお住いでは時間経過が無いみたい……ん〜それとも今回だけ時間を止めてくれてたのかな? どっちにしても! ノーム様とのお話は終わって帰って来たの。ただいま!」

「……そう……なのですか……お帰りなさいませ」

《サクラさま、お帰り〜。もうお出掛けしないの?》

天ちゃんも側に来てくれた

「うん。もうご用事は済んだからね」そう言って天ちゃんを撫でる


「シェリー……」私はシェリーに真剣な眼差しを向ける

「はい。なんでございましょう?」

「ごめんなさいっ!」深々と頭を下げる

「サクラ様? 一体どうなさったのですか?」

「私……シェリーに心配掛けたくなくて……でも逆に心配掛けちゃったよね……ごめん……」

「…………」

「私ね、温泉に……大衆浴場に石鹸を出したかったの。それと牛乳とかコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳とかも……

でもね……ずっと……永遠に提供出来る訳じゃないって気付いたの……それで……どうすれば良いのか堂々巡りになっちゃって……」

「サクラ様……」

「ノーム様に話したらみんなに相談したら良いって……私は1人じゃない。って言われて……私にはシェリーが居るのに……1人で勝手に悩んで出来ないって決め付けて……落ち込んで……ホント勝手だよね……ごめんね、相談もしないで心配だけ掛けて……」

「ありがとうございます……そして……申し訳ございませんでした……」

「えっ? なんで? シェリーが謝る事なんて」

「ワタクシも……サクラ様が話して下さるのを待つだけでなく、お訪ねすれば良かったのです……」

「……そっか……ありがとう……シェリー……」

シェリーの優しい気遣いが嬉しかった

「一緒に考えましょう……きっと良い考えが……解決法が見つかります」

「私ね、よく分かった……もうシェリーに隠し事はしない……悩みももちろんだけど思いついた事も出来るだけシェリーに話す」

「出来るだけ……ですか?」

「ほらっ、私って思いついたら後先考えないで行動しちゃう所もあるから……さっ」そう言って頭を搔く

「本当に……慎重なのか大胆なのか分からなくなる時がございます」そんな風に言うシェリーの声は優しかった


「それでね……ノーム様には私のモヤモヤを聞いて頂いただけじゃなくって……」

私はノーム様からのお話……『ユグドラシルの実』についてと、ノーム様と話した内容を全てシェリーと天ちゃんに話した


黙って聞いていたシェリーは話終わると

「サクラ様は……もうお心は決まっておられるのですよね?」

「ううん、私はシェリーと天ちゃんの気持ちを聞いてから決めたいって思ってる。

私たちは……『一蓮托生』? 『運命共同体』? まぁ『一心同体』な所があるし! だから私はシェリーや天ちゃんが不安に感じる事はしたくないの。だから聞かせて?

シェリーの気持ち……」


「……サクラ様……ワタクシはサクラ様のお傍で……サクラ様の為に在りたいと思っております。サクラ様と共に在る事が出来るのなら何処までもお供致します。永遠の時間が与えられるのでしたらそれは喜ばしい事以外ございません」

「シェリー……ありがとう……ん〜……でも、シェリーには私だけじゃなくてシェリー自身の倖せも考えて欲しいんだけど……」

「何を仰いますか! ワタクシの倖せはサクラ様の倖せの他にはございません」

「……ありがとう……」

まぁ、時間を掛けて行けばこの……なんて言うのかな? 『主君が全て』みたいに考えも改まる……って言うか考え方が変わる様に頑張ろう……私は密かに誓った


「天ちゃんは……天ちゃんにはまだ難しかったかな?」

「ううん。ボクわかったよ。これからもずーっとサクラさまとシェリーと一緒にいられるんでしょ? ボク嬉しいよ」

「そうですよ。ずーっと一緒です」シェリーが愛しい我が子に語る様な声で答える

「うん、これからもずーっとずーっと一緒に居て倖せで居ようね」

そう言って私は天ちゃんを抱きしめた


――つづく――


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