容疑者1:五日市葛
ここまでの情報を整理しよう。
佐藤美香さんが倒れた原因は、何者かによって毒物を盛られたからだ。これは薔子さんの推理で、三千院警部も同意した。ちなみにあの後病院から連絡があった。曰く、具体的な成分こそ未確定なものの、吐瀉物から毒が発見されたそうだ。
彼女を殺そうとした犯人は、今もここ『夏の名残のバラ』にいる。殺したいほど憎い相手が、ちゃんと死んだか確かめたいのは人の心理というものだし、佐藤さんが倒れて以降、店から出た人物はいない。薔子さんが全員を店内に留めたからだ。
「ここから先は頭を動かす時間だね。限られた情報を駆使して、犯人の候補を狭めていこう」
園長の薔子さんと警察の三千院警部、オマケの僕が防犯カメラの映像をチェックしている間に、制服警官の皆さんは客全員の持ち物検査を行ってくれた。めぼしい物は見つからなかったんだけど、薔子さんや警部にとってはそれもまた貴重な情報だったらしい。毒を剥き出しのまま持ち運ぶとは考えにくい――故に、毒物の容器が出てこないのならば、店内のどこかに隠してあるか、処分された可能性が濃厚なんだそうだ。
「なにがしかの物品さえ見つけちゃえば、あとは技術に物を言わせれば良い。DNAだの指紋だの、調べればいくらでも出て来るもんね」
最近の鑑識はスゴいから、というのは三千院警部の談である。
北側のカメラは、料理をよそう場所も映していたけど、変なことをしてる奴はいなかった。
何かを隠す、もしくは処分出来そうな所は限られている。厨房に客は入れない。東西の通路は物を隠す場所がなさ過ぎだ。最終的に、トイレが怪しいんじゃないかという結論になった。
目撃証言には碌なのが無かったので(食事中に他の客なんて気にしないし当然だ)、カメラの映像をもとに理詰めで考えていくしかなくなった。
佐藤さんの席があった東の通路に出入りした者、かつトイレに足を運んでいる者。以上の条件でひとまず絞った結果、三人の容疑者が浮かび上がってきた。
制服警官たちが、トイレを含めた店内全域の捜索を進める間、僕たちは容疑者に話を聞くことになった。
「オレの名前は五日市葛っす。こんなチャラっとした格好でも一応医大生で、今の住所は福岡ってことになってます」
一人目は、胸骨圧迫を手伝ってくれた金髪の青年、五日市さんだった。
「福岡の学生がどうして福山にいるんだ?」
薔子さんが当たり前のように問い掛ける。三千院警部が眉をしかめた。
「レディは一般人だよね? 引っ込んでてもいいんだよ?」
「拒否する。私はここの園長だ。園内の事象に責任を負う身として、捜査の進展を座して待つわけにはいかない。加えて、お前に任せておくのは不安要素が多すぎる」
「相変わらず発言がジャックナイフだなぁ。もう少し口を慎もうって気は無いのかい?」
「言っている意味が分からない。私は事実を述べたまでだぞ?」
「ジーザス。これは重傷だ」
苦笑いして五日市さんに向き直る。僕も薔子さんと出会った時は、彼女のざっくばらんな話し振りに随分と戸惑わされた――まあ、今もそうなんだけど。
「で……質問を繰り返すけど、五日市クンが福山に来たのは何故なのかな? 帰省? 旅行? 半端な嘘は『千里眼』が見抜いちゃうから、正直に話してくれたまえよ」
「嘘なんて吐かないっすよ……。実はオレ、自転車で日本一周してるんす。学業の方で行き詰まってることもあって、『自分探しの旅』みたいな? ここに来たのも、なんか目的があったんじゃなくて、単なる偶然と気紛れっすね」
「日本一周! いいねぇ、青春って感じがするじゃないか! 今は福岡に帰るところなのかい?」
「逆っすね。九州を一巡した後、山口、広島と来て福山なんで。旅は始まったばかりっす」
「そうかぁ、頑張れボーイ。ここらだと、しまなみ海道なんかサイクリング向けだと思うけど、もう行ってみた?」
「つい昨日行きましたっす。ああいう風景……地中海って言うんすかね? 福岡の海とは全然違ってて、メッチャ新鮮でした」
「分かる! 実はボクも趣味で自転車漕ぐんだけどさ、海沿い走るなら瀬戸内が一番かなって。晴れの日が多いのも嬉しいんだよねー」
サイクリングの話題で盛り上がる二人。かくいう僕も自転車は好きなので、個人的には混ざりたいんけど、状況が状況なので我慢だ。ほら、薔子さんだって沈黙を保っている。
「そういや瀬戸内で思い出したんすけど、生口島で食ったアイスが美味しかったんすよ。レモンじゃなくて、なんだったかな……はれナントカみたいな名前の」
「君が食べたのは“はれひめ”。瀬戸内で栽培されているミカンの一品種だね。濃厚で豊かな香りに加え、酸味と甘みのバランスがとれたジューシーな果汁が実に味わい深い、比較的新しめの品種なのだ。生口島には美味しいドルチェの店がある。五日市が訪れたのは、おそらくそこだろうね」
……うん、さすが薔子さんだ。即座に食いついてきた。食べ物だけに。
「貴女まで混ざってどうするんですか」
「潮風に吹かれながら食べるあそこのジェラートは絶品なんだ。よければ今度一緒に行こう」
「あ、はい! 喜んで!」
即座に頷く僕。海を見ながらのアイスは間違いなく美味しい。しかも隣に薔子さんがいれば、なおさら忘れられない味になるだろう。……そういえば薔子さんの瞳も、見方によっては海の色だ。スラッとしてカッコいい彼女には、夏の海辺が似合うように思う。
「でもそれはそれ、これはこれですよ。本筋とズレてます。戻してください」
「仕方ないな」
本心ではアイス談義を続けたそうな顔で、薔子さんがしぶしぶ頷いた。
「食事中に気になることは無かったか?」
「いえ、特には」
「カメラの映像によれば、佐藤美香が倒れる少し前、君は十五分程度トイレに隠っている。やけに長いじゃないか」
「……お腹の調子が悪かったんすよ。出過ぎる方じゃなくて出ない方です」
「便秘か」
「は、はい。表現が直接的っすね……」
「一応確認するが、佐藤美香と面識は?」
「ある訳ないっす」
「だろうな。話を聞く限り、この男は今回の件と無関係だ。自分が疑われないようにするため、あえて救命を手伝ったのかとも思ったが、日本一周の途中に殺人はしない。ただの善人だね」
薔子さんの意見に警部も同意し、五日市さんが胸を撫で降ろす。
僕も同じ思いだ。五日市さんは僕たちと一緒に、佐藤さんを助けようとしてくれた。計三人の容疑者の中で、この人だけは犯人であって欲しくなかった。




