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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第3株:毒と棘
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容疑者1:五日市葛

 ここまでの情報を整理しよう。

 佐藤美香さんが倒れた原因は、何者かによって毒物を盛られたからだ。これは薔子さんの推理で、三千院警部も同意した。ちなみにあの後病院から連絡があった。曰く、具体的な成分こそ未確定なものの、吐瀉物から毒が発見されたそうだ。

 彼女を殺そうとした犯人は、今もここ『夏の名残のバラ』にいる。殺したいほど憎い相手が、ちゃんと死んだか確かめたいのは人の心理というものだし、佐藤さんが倒れて以降、店から出た人物はいない。薔子さんが全員を店内に留めたからだ。


「ここから先は頭を動かす時間だね。限られた情報を駆使して、犯人の候補を狭めていこう」


 園長の薔子さんと警察の三千院警部、オマケの僕が防犯カメラの映像をチェックしている間に、制服警官の皆さんは客全員の持ち物検査を行ってくれた。めぼしい物は見つからなかったんだけど、薔子さんや警部にとってはそれもまた貴重な情報だったらしい。毒を剥き出しのまま持ち運ぶとは考えにくい――故に、毒物の容器が出てこないのならば、店内のどこかに隠してあるか、処分された可能性が濃厚なんだそうだ。


「なにがしかの物品さえ見つけちゃえば、あとは技術に物を言わせれば良い。DNAだの指紋だの、調べればいくらでも出て来るもんね」


 最近の鑑識はスゴいから、というのは三千院警部の談である。

 北側のカメラは、料理をよそう場所も映していたけど、変なことをしてる奴はいなかった。

 何かを隠す、もしくは処分出来そうな所は限られている。厨房に客は入れない。東西の通路は物を隠す場所がなさ過ぎだ。最終的に、トイレが怪しいんじゃないかという結論になった。

 目撃証言には碌なのが無かったので(食事中に他の客なんて気にしないし当然だ)、カメラの映像をもとに理詰めで考えていくしかなくなった。

 佐藤さんの席があった東の通路に出入りした者、かつトイレに足を運んでいる者。以上の条件でひとまず絞った結果、三人の容疑者が浮かび上がってきた。

 制服警官たちが、トイレを含めた店内全域の捜索を進める間、僕たちは容疑者に話を聞くことになった。


「オレの名前は五日市(いつかいち)(かずら)っす。こんなチャラっとした格好でも一応医大生で、今の住所は福岡ってことになってます」


 一人目は、胸骨圧迫を手伝ってくれた金髪の青年、五日市さんだった。


「福岡の学生がどうして福山にいるんだ?」


 薔子さんが当たり前のように問い掛ける。三千院警部が眉をしかめた。


「レディは一般人だよね? 引っ込んでてもいいんだよ?」

「拒否する。私はここの園長だ。園内の事象に責任を負う身として、捜査の進展を座して待つわけにはいかない。加えて、お前に任せておくのは不安要素が多すぎる」

「相変わらず発言がジャックナイフだなぁ。もう少し口を慎もうって気は無いのかい?」

「言っている意味が分からない。私は事実を述べたまでだぞ?」

「ジーザス。これは重傷だ」


 苦笑いして五日市さんに向き直る。僕も薔子さんと出会った時は、彼女のざっくばらんな話し振りに随分と戸惑わされた――まあ、今もそうなんだけど。


「で……質問を繰り返すけど、五日市クンが福山に来たのは何故なのかな? 帰省? 旅行? 半端な嘘は『千里眼』が見抜いちゃうから、正直に話してくれたまえよ」

「嘘なんて吐かないっすよ……。実はオレ、自転車で日本一周してるんす。学業の方で行き詰まってることもあって、『自分探しの旅』みたいな? ここに来たのも、なんか目的があったんじゃなくて、単なる偶然と気紛れっすね」

「日本一周! いいねぇ、青春って感じがするじゃないか! 今は福岡に帰るところなのかい?」

「逆っすね。九州を一巡した後、山口、広島と来て福山なんで。旅は始まったばかりっす」

「そうかぁ、頑張れボーイ。ここらだと、しまなみ海道なんかサイクリング向けだと思うけど、もう行ってみた?」

「つい昨日行きましたっす。ああいう風景……地中海って言うんすかね? 福岡の海とは全然違ってて、メッチャ新鮮でした」

「分かる! 実はボクも趣味で自転車漕ぐんだけどさ、海沿い走るなら瀬戸内が一番かなって。晴れの日が多いのも嬉しいんだよねー」


 サイクリングの話題で盛り上がる二人。かくいう僕も自転車は好きなので、個人的には混ざりたいんけど、状況が状況なので我慢だ。ほら、薔子さんだって沈黙を保っている。


「そういや瀬戸内で思い出したんすけど、生口島で食ったアイスが美味しかったんすよ。レモンじゃなくて、なんだったかな……はれナントカみたいな名前の」

「君が食べたのは“はれひめ”。瀬戸内で栽培されているミカンの一品種だね。濃厚で豊かな香りに加え、酸味と甘みのバランスがとれたジューシーな果汁が実に味わい深い、比較的新しめの品種なのだ。生口島(いくちしま)には美味しいドルチェの店がある。五日市が訪れたのは、おそらくそこだろうね」


 ……うん、さすが薔子さんだ。即座に食いついてきた。食べ物だけに。


「貴女まで混ざってどうするんですか」

「潮風に吹かれながら食べるあそこのジェラートは絶品なんだ。よければ今度一緒に行こう」

「あ、はい! 喜んで!」


 即座に頷く僕。海を見ながらのアイスは間違いなく美味しい。しかも隣に薔子さんがいれば、なおさら忘れられない味になるだろう。……そういえば薔子さんの瞳も、見方によっては海の色だ。スラッとしてカッコいい彼女には、夏の海辺が似合うように思う。


「でもそれはそれ、これはこれですよ。本筋とズレてます。戻してください」

「仕方ないな」


 本心ではアイス談義を続けたそうな顔で、薔子さんがしぶしぶ頷いた。


「食事中に気になることは無かったか?」

「いえ、特には」

「カメラの映像によれば、佐藤美香が倒れる少し前、君は十五分程度トイレに(こも)っている。やけに長いじゃないか」

「……お腹の調子が悪かったんすよ。出過ぎる方じゃなくて出ない方です」

「便秘か」

「は、はい。表現が直接的っすね……」

「一応確認するが、佐藤美香と面識は?」

「ある訳ないっす」

「だろうな。話を聞く限り、この男は今回の件と無関係だ。自分が疑われないようにするため、あえて救命を手伝ったのかとも思ったが、日本一周の途中に殺人はしない。ただの善人だね」


 薔子さんの意見に警部も同意し、五日市さんが胸を撫で降ろす。

 僕も同じ思いだ。五日市さんは僕たちと一緒に、佐藤さんを助けようとしてくれた。計三人の容疑者の中で、この人だけは犯人であって欲しくなかった。

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