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山吹宅を後にして、谷原宅にも行ってみた二人だったが、有用な情報はそれほど得られなかった。
谷原の家は、極めて一般的な住宅で、夫人は大人しそうな人だった。被害届は出していないという。盗まれた花は、カサブランカ(百合の一種)や、クチナシなどの数品種で、こちらも外壁に沿って飾っていたものを持って行かれてしまったのだという。山吹宅と違って、それほど高価な花ではないが、一部の鉢は、焼き物が趣味である夫が作ったものだったから、残念であると嘆いていた。
「犯人は特に薔薇マニアというわけでもなさそうだね……」
二人は、県境となっている大きな川沿いの土手を歩いていた。谷原から、他にも何件か被害に遭った人を聞くことが出来たが、既に夕の日差しだ。今日はこのまま帰らざるを得ないといったところだった。
【例えば、転売目的で盗んだとか?】
そう書かれた小町の字を見て、鋭希は首をひねる。
「けれど、売りたくなるほど高価な花は、山吹さんのエンジェル・フェイスくらいだったしなあ。それに花の転売なんて、それなりに園芸に精通した人じゃないと面倒なんじゃないかな。今は、いくらネットオークションなんかで何でも簡単に売り出せるとはいえ……」
【盗みに使った道具があれば、私は必ず分かるのに】
小町の能力では、谷原宅でも存分に発揮されることはなかった。
「そうだね……。犯人が犯行に使ったもの……車とかかな。一度にかなりの量を盗むようだから、運送手段は必要なはずだし」
【近所の車を片っ端から読んでみる?】
「うーん、もう少し考えていこうか……」
もしも犯行に車を使用しているとすれば、犯罪の射程距離が大幅に広がり、犯人がこの近所の人間である可能性も低くなる。徒労になりかねない。
「あ、ろぼ子だ!」
突然、子供が叫ぶ声が聞こえてきた。見れば、河原に数人の少年がいた。遊んでいるようだったが、鋭希たちに気づいたのか、こちらを見ている。
「ろぼ子だー!」
少年たちがこちらを指さして口々に何かを叫んでいる。
「ロボコ? なんだろうね? お菓子の名前とか? 今は、夏休みが始まったばかりだからはしゃいでいるのかな?」
【私のこと】
小町が書いた。
「え?」
【ロボットみたいな女の子って意味でしょう。学校に通ってた頃によく云われた】
「そうだったんだ……」
小町は表情で態度を示すことを決してしなかったし、鋭希がやってくるまでは、あらゆるコミュニケーション手段を拒絶していたという。その理由は、鋭希には分からないが、小町には人よりも少し多くの「ルール」があるらしい。小町の心には、時に鋭希にも理解出来ない「制限事項」がある。けれど、小町が決して何も感じなかったり、何も思わない人間ではないことを鋭希は知っていた。
「ねえ、小町ちゃんは、嫌じゃないの」
【別にいい。云われ慣れてるから、気にならない】
だが、小町が少し早足になっていることに鋭希は気づく。
気にならないわけがないと鋭希は思った。
「そんなわけないよ」
鋭希は小町を置いて、土手を降り、少年たちが楽しそうに云い合っている河原へと向かう。
「君たちさあ、小町ちゃんにそうやって変なあだ名をつけるのはやめてくれないかな」
鋭希の声は、少し怒気を含んでいた。
「うわ、ろぼ子の姉ちゃんが来た!」
「ろぼ子に姉ちゃんとかいたんだ!」
「でも姉ちゃんはすげえ喋る! ろぼっぽくねえー!」
「姉ちゃん美人じゃねー?」
十歳の少年たちは、小町と比べて遥かに幼かった。こちらと話そうとせず何か口々に云うばかりだが、その内容がおかしい。
「いや、僕はお姉ちゃんじゃないから」
鋭希はしばしば女性と間違われる。別にガーリーな服装をしているわけではない。今着ているものも、半袖の白カットソーに七分丈の空色サマーガーディガン、スキニージーンズ、ハイカットスニーカーといったごく普通のファッションだ。それよりも女性的な顔立ちや艶のある長めな髪、白い肌、穏やかな喋り方などが大きな原因となっているらしい。
「どう見ても胸とかないでしょう。それよりも、君たち……」
「まじだー!」いきなり少年の一人が鋭希の胸を触ってきた。「胸ねー!」
「え! 姉ちゃん、男なの!」
「騙されんな!」眼鏡をかけた小賢しそうな少年が叫んだ。「姉ちゃんは、胸がないのをごまかそうとして男って嘘をついてる!」
「胸がない姉ちゃん! 貧乳姉ちゃん!」
まるで話が通じる気配がなかった。
鋭希は溜息を吐くより他にない。少年たちは好き勝手にはしゃぎ合いながら、土手に停めていた自転車に乗って逃げていった。
「なんなんだ、いったい……」
呆然としている鋭希の背が優しく叩かれる。
小町だった。
【だから伝えたのに。彼らは思った以上に幼いの】
「小町ちゃん、君は同年代よりずっと大人だったんだね……」
二人で河原から土手までの階段を上っていく。夕日が川の水面に反射してきらめいている。
そこで、鋭希の目につくものがあった。
「あれは――なんだろう」
土手の草むらの中に、茶色い割れた破片のようなものが落ちている。近づいて見てみれば――
「これは――植木鉢?」
バラバラになっていたが、破片を繋いでいくと、元は半球状であったことが分かる。底に穴が開いているのは、水抜き穴だろう。
「まさか、これ――」
鋭希は思考する。元の形からすると、土漆喰にタイルなどを張り合わせて作ったもののようだ。しかし、商品であったとは思えない粗忽さ、野暮ったさがある。
「――谷原さんの旦那さんが作った、植木鉢だったりして――」
横から、小町が飛び出てきた。破片の一つに触れて、柔らかく目を閉じた。
それからすぐに小町がメモ帳に書きつけたものを見せてきたとき、心なしか、鋭希には、小町の口元が緩んでいるように見えた。
【鋭希くんが、私の為に怒ってくれたお陰だね】




