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「あら、あなた達も花泥棒に遭ったの? あらあらまあまあ、それは災難でしたわね」
山吹夫人は突然の来訪者を煙たがる素振りもせずに、話に応じてくれた。
山吹の家は、骨董荘から徒歩で十五分ほどの坂道の途中にあった。白いフェンスに囲まれた欧風な邸宅だった。レンガ壁に蔓が這っているが、意図されたお洒落なのだろう。ガレージには外車が二台停められている。鋭希は、骨董荘の近辺にこんな高級住宅街が存在していることを初めて知った。山の手を切り崩して建てられた新興住宅地のようである。もしかしたらここにも、剛太郎が関わっているのかもしれないと鋭希は思った。
「そう、そちらのお嬢さんのプレゼントが盗まれて……まったくひどい話ね。犯人は花くらいならと軽く考えているのかしら。そこにどれだけの思いが込められているかも知らないで」
山吹夫人は、有閑マダムの権化のような三十代半ばの女性だった。垢抜けているし、気さくでもあった。
「ええ、何か手がかりになりそうなことがあれば、是非お話を伺いたいと思いまして……」
鋭希が訊ねる。小町は鋭希の影に隠れるようにして、彼のサマーカーディガンの裾を握っている。
「山吹さんが盗まれたのはどのような花でしたか」
「うちも、そちらと同じ薔薇ですわ。エンジェル・フェイスという名前の……。ただ、外壁に並べていたものを根こそぎ持って行かれてしまって……ショックでした」
エンジェル・フェイス。
鋭希は、母の日の前日を思い出す。その日、小町と共に郊外の大型ホームセンターへ行き、そこで早苗のプレゼントを購入したのだが、そこで全く同じ名前の高級薔薇を見た。一苗で五千円もするような品種だった。淡い藤紫の花弁を持つ強香種で、辺りには少しつんとする位の薔薇の香りが漂っていた。それを外壁にずらりと並べているとは、山吹はやはり相当なお金持ちのようだ。
「犯人は、薔薇マニアなのかしらねえ……」
山吹が呟いた。
「盗まれた際に、他に気づいたことはありましたか」
「いえ……特には。他に盗まれたものもなかったですわ。もしかしたら、お庭の方にも入ってきた可能性があると思いましたが、荒らされてもいなかったし」
「他の方で、同じような被害を受けた方を聞いたことがありますか」
「そうねえ……今、あなたたちのお話を知ったこと以外だと、谷原さんのところくらいかしら。あそこのお宅も、奥様がガーデニングに凝っていらして……」
谷原さん。それは先日、早苗から聞いたもう一件の被害者だった。
「もし犯人が見つかるというのならば、私も協力したいですわ。警察の方に被害届は出しているのですけれど、あの人たち、全然やる気になってくれないの。何の進展もありませんわ。お花を侮っているのね」
山吹は子供っぽく頬を膨らませた。
鋭希は他に訊きたいことあるかと、小町に視線を向けた。すると小町は庭の方を指でこっそりと示した。
「宜しければ、一度お庭を拝見させていただいてもいいですか」
「ああ――」山吹は、気づかなかったという風に「もちろん、構いませんわよ。というより、是非お見せしたいわ。美しい花は他人に見ていただいてこそ価値があるもの」
山吹に案内され、二人は表門の裏に回って、庭に入った。かなり凝ったヨーロピアン・ガーデンだった。入ってすぐに気づいたのはハーブの香りだ。ラベンダーやミント、ローズマリー。整列したレンガタイル、階段に規則的に配置されたコンテナ、目も眩むようなローズアーチ、虹の七色を全て備えたカラフルなボーダーガーデン……。
山吹は、手ずから創り上げた花の王国を解説したくてたまらないようだ。鋭希は散歩しつつ、彼女の王国建設秘話を存分に聞かされることになった。その間に、小町が二人から離れた。小町は庭に配置されたレンガやフェンス、タイルに触れると、すぐにメモ帳に何かを書き始めた。役割分担だ、と鋭希は思った。ここは安心して彼女に任せよう。
「そうだ、良かったら、あそこのお茶でも飲んでいきませんこと?」山吹が、庭の中心にあるアルミ製のガーデンテーブルを指さした。誘いっぽく云っているが、実際には有無を云わせぬ感じだ。「私、家からティーセットを持って参りますわ」
山吹は家へと戻っていく。二人は席につく。小町がすぐにメモ帳を鋭希に見せた。
【ここにも泥棒が入っている】
「なんだって」
鋭希が驚く間もなく、小町は次々と書きつけていく。
【レンガから見えた過去の風景と現在の風景が違う。ハーブ類も盗まれたみたい】
「山吹さんの云っていることと違うね。けど、彼女は相当この庭に力を入れているみたいじゃない。泥棒に気づかないなんてことあるかな」
【あれは嘘。ここは庭師が設計したもの。彼女は何も作っていない】
「そんな。びっくりだな」
しかし、山吹にそんな見栄を張るところがありそうだと云われれば、そんな気もした。
「何か手がかりは分かったかい」
【うっすらと犯人の記憶が見えた】
「本当か。すごいじゃない」
小町は首を横に振る。
【古くて、曖昧過ぎる。詳しくは分からなかった】
「確か生物からは読めないんだよね」
【無理。物体だけ】
「そうすると、ここにある植物は駄目だから……タイルとかフェンスから読んだってことかな」
小町は頷き、更に書きつけて、
【犯人は怯えていた】
「怯える?」
【恐怖している。恐ろしく思っている。少なくとも、盗んだとき、そう思っていた。ハーブが植えられた花壇のレンガに、その記憶が付着していた】
「うーん……恐怖ね。犯行がばれることに対する恐怖かな?」
【分からない。切迫感。何かに追われるような感覚。精神の昂ぶり】
「罪を犯す際には、多かれ少なかれそういう心の動きはありそうだけどな……」
「さっきから何の独り言をお話されているの?」
背後からいきなり声をかけられて、鋭希は飛び上がりそうになった。山吹がティーセットを持って戻ってきていたのだ。
山吹は怪訝そうに小町を見ている。
鋭希は愛想返しににっこりと笑う。小町は無表情のままだ。
鋭希が適当にごまかすと、山吹もようやく席に着いた。絢爛豪華でほんの少しだけ退屈なティータイムが始まった。
話の中で山吹は、不思議そうにこう云った。
「ところで、あなた達お二人はご姉妹なの? あまり似ていないけれど」




