アーモ
着替えのブースには、カーテンがついていました。
でも「カーテンを閉めて、使ってくださいね」と言われていません。
パニック障害になって、変わったのは、指示に350%忠実になったことです。
普通から外れたくないために、その振り幅が大きくなってしまいます。
どのみち、パニックズレになってしまいます。
紺色のカーテンは、半ば閉じた状態でした。
ここで、荷物を置くのに、カーテンを「シャー」と閉めると、怪しい人に思われるような気がしました。
しかも、目を据えて、本田先生の位置を確認してから一気に閉めたりするなら、攻撃的防御です。
中には、荷物を置く籠がありました。
そして、右奥には、確実に隠れて着替える場所がありました。
新たに、薄いクリーム色のカーテンも付いています。
「運動する格好で来てください」
本田先生の電話での言葉を思い出しました。
「なるほど、だから、ここは、荷物を置く場所なのか。つまり、この奥の着替えのブースは、よっぽどお洒落な人が使うのかな」
それで、私は荷物置き場の方で、丈の短い、着古したジャージのウエストを下ろしました。
右脚を抜くと、よろめきました。
私は、その間、奥の着替えブースを見ていました。
タイル二枚分くらいのお洒落な人用スペースです。
トレーニングの後、きっと、お出掛けの洋服と下着に変えるのです。
そこに、その人は、真っ直ぐ立って、カーテンを閉めます。
そしたら、本田先生が部屋の中央で、マニュアル通りに声をかけます。
「よろしいですか?準備OKですかぁ?」
カーテンの内側から、「はい」と返事があります。
「はい、大丈夫ですねぇ。腕は体の横にしたままで。行きますよぉ」
「転送!」
青く光った後、ブースの中には誰もいません。
そんな空想をしてから、私は本田先生の前に立ちました。
薄手のブレーカーとジャージを脱いで、出て来た私は、口元だけ笑った顔をしていました。
本田先生は、私から3メートルほど離れて立っていました。
目を細めて、眉を寄せています。
そりゃ、ウエディングドレスの試着室から出て来たようには行きません。
「何かが違うんだ」と、私は気がつきました。
パニックの繊細アンテナで電波を拾います。
本田先生の目線は、上半身にありました。
私は、「もしかして」と検討をつけました。
「あのー、長袖Tシャツ、持ってなくて」
私は、細い枝のような腕を片方の手で触ります。
本田先生が、子どもに言い聞かせるように言いました。
「あー、寒いかも。羽織っていたほうがいい」
実際、私はいきなりの半袖で、すでに鼻を啜り始めていました。
私は荷物置き場に戻りました。
それは、ねずみがチョロチョロと動く様子に似ていました。
「よし、これで完了だ」
私はブレーカーのチャックを閉じて、本田先生の前に行きます。
「はい、では、鏡の前に真っ直ぐ立ってみてください」
私は、言われたとおりにしました。
「両足をそろえてぇー」
つい、仁王立ちしていました。
新品の運動靴をピッタリそろえます。
本田先生が、何か見つけたような声を出しました。
「あれっ?もしかして、アーモ?」
「へっ?」
両足はきちんと揃えたはずです。
「アーモ?って、なんだろう」
心の中で、膝の形か、それとも、脚の変形の種類かもしれないと予測しました。
本田先生は、顎に指を当てて、私の下半身に「あれれ?あれれぇ?」という視線を向けています。
私は、爆速で考えました。
ここは、「はい、そうなんです。アーモなんですよ」と笑顔を添えて返すところなのだろうか。
しかし、知ったかぶりは悪い結果を招きます。
賢い子ねずみは、素直に聞きました。
「アーモって、何ですか?」




