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知らないって、SUGOI

「こんにちはー」

ドアを押しあけ、一歩踏み入れました。

「カランカラン」

取っ手に吊るされた、細い金属の管がぶつかり合っていました。

「これが、鳴っているのか」

私が納得していると、

「こんにちはー」

男の人の太い声がしました。

電話の声の主です。

入り口と内側を仕切るラックの角から、キャップを被った顔がひょいと現れました。

私は急いで頭を下げかけました。

すると、持っていた運動靴の片方がボールのように、前に飛び出しました。

片方の脇に抱えていたのが、外れたのです。

「あー」

床にバウンドして転がり、真新しい靴底を見せて着地しました。

「お、お、おーっ」

男の人が、跳ねる靴にリアクションしてくれました。

私は、落ちた靴を慌てて拾い、その踵の内側を指先に引っ掛けて言いました。

「こんにちは、電話で予約の小島です」

緊張で、思うよりも深いお辞儀をしていました。

「あ、どうぞ。入ってください」

私は靴下のまま、ペタペタと床を歩きました。

道具が陳列してある、ラックの周りが、緑の人工芝になっています。

「えー、まず、この用紙に記入お願いします」

壁際に、簡易な机と椅子がありました。

私はそこで、妙にくつろいだ気分で座りました。

窓枠には、アニメのキャラクターのフィギュアがたくさん並んでいました。

色彩豊かなフィギュアを一体ずつ、崇めるように眺めます。

「あれ、いいなぁ」

白いマントにオレンジ色の炎が裾に見えます。

それが、心憎いことに、こちらからは、背中だけが斜めに見えるような立ち位置になっていました。


渡された用紙に、記入の項目は多くありませんでした。

心の中で、「好きだな」と呟きます。

必要最低限というのが、私に合っていました。

男の人が傍に来て、記入した用紙を回収しました。

黒い、カッコ良いジャージを着ています。

そして、私の椅子の横で膝をつき、私に質問しました。

私がお姫様のような構図にウキウキしました。

この滅多にない状況に「ふふふ」と笑みが出そうです。

「どんなふうにぃー、なりたいですか?」

この質問は、記入用紙の最後の一行と同じでした。

私は用紙に書いたとおりに言いました。


そうです。

私は「強くなりたい」と書きました。

気持ちは、「ゴリラのように!」と拳を振り上げて叫んでいました。

でも、記入すると、できるだけ目立たなく、ものすごく小さな文字になっていました。

男の人は、軽く「うん」と答えました。

それから、しばらくしてから、もう一度言います。

「小島さん、どんなふうになりたいですか?」

「はい、強くなりたいです。つよく」

私は、耳の遠い、お爺さんに言うように力を込めて言いました。

「はぁい、わかりました」と大きく首を縦に振りました。

「小島さんは、どんなふうに一日を過ごしていますか?何時に寝て、何時に起きていますか?」

私は頬が熱くなるのを感じました。

「えーと、笑われるんですけど」

「はい、いいですよぉ」

内心の私は、薬でハッピーです。

「あ、やっぱり、いいんだぁ」と両手の平を上に押し上げて、踊っています。

「八時に寝て、午前二時くらいに起きます」

一瞬、男の人が固まったような気がしましたが、大きく頷いていました。

「なるほど」

男の人が息を吸い込みます。

「じゃぁ、小島さん。ボクシングやりたいとのことでしたが、どういう時間配分にしますか?」

私の目が泳ぎ始めました。

それを察知したように、

「例えば、十分、ボクシング。四十五分トレーニングゥー」

そう言って、チラリと私を上目遣いで見ました。

私は唇を噛みました。

内心の私は、明らかに不服を申し立てていました。

「そんな、十分ポッチじゃ、いつまで経っても、強くなれない」

男の人は、続けて言いました。

「あー、二十分、ボクシングーぅ、四十分トレーニングもあります」

私は、横を向きました。

「ボクシング、たった、五分しか、増えていない」

内心の私は、つま先で小石を蹴っています。

「四十分、ボクシングー。二十分トレーニングもありますよぉ」

今度は、私も「んーっ」と考えています。

男の人は、もう、耳だけをこちらに向けていました。

「じゃ、それでお願いします」

「はぁい、わっかりましたぁ」

男の人は、すぐに立ち上がりました。

とりあえず、私の強くなる計画は、スタートしそうでした。

「はい、じゃ、始めますよぉ」

私は、椅子から電気ショックを受けたかのように立ち上がりました。

「そうだった。無料体験するんだった」

私は、これで「さようなら」のお辞儀をして、帰るつもりになっていました。

男の人は、反対側の壁を指差しました。

「あそこで着替えて来てください」と言いました。

私は言われた方向に歩き出し、また片方の靴を転がし、追いかけて拾い、着替えのブースに行きました。

私は、記入用紙の病気の欄に、パニック障害と書いていたことを思い出していました。


男の人は、「本田」という苗字でした。

私は,この方を「本田先生」と呼ぶことになります。





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