15 たんぱく質確保への道
続けて私たちは港町に戻ってきた。
目指すのは、漁業組合の建物だ。
地図には、港から歩いて5分くらいのところにあると書いてあったので、軽トラに乗ったままそちらに向かう。
建物の入り口に、崩れて霞んだ漁業組合の看板があった。
2階建てのコンクリートの建物は市庁舎に比べて少し古いように見えた。
入口が壊れていたので中に入ると無残なくらいの荒れようで、獣っぽい足跡も無数に残っていた。
「山に食べられそうな肉があればいいんだけどねー」
「肉って言うな。とりあえず本屋で山に仕掛ける罠とかの本がないか探しましょ」
「さんせーい」
なんて話しながら、私たちが見つけたのは職員の私物らしいいくつかの釣竿だった。
どれも割と使い込んでいる印象で、持ち主は釣りが好きだったんだろうなぁとよくわかった。
「うん、これは使えそうね」
迦楼羅が手に持って釣竿を軽く振る。
「たんぱく質の確保はまず海からにしましょ」
「うん、それは迦楼羅に任せた」
「餌は、畑にミミズがいたからそれを取ってきましょう」
「それも任せた」
「何よ、ミミズ嫌い?」
「嫌いっていうか、足のない生き物苦手なの。ミミズとか蛇とか」
私の宣言に迦楼羅がため息をつく。
「仕方ないわね、釣りも教えてあげる」
「え、いいよいいよ」
「何言ってんの。自給自足がここでは基本になるのよ。ここを作ろうって言うアンタが釣りくらいできないとまずいでしょ」
う、そう言われちゃ……。
「大丈夫よ。最初は誰だって初心者なんだから」
そう言って、迦楼羅は棚を漁り始めた。
「竿だけじゃダメよ。仕掛けがないと」
引き出しを開けると、ぐしゃぐしゃに絡まった釣り糸や、小さなケースがいくつも出てきた。
「……これ、使えるの?」
「選別すればね。ほら、針はまだいける。錆びてないし」
慣れた手つきで、小さな針を指先で弾く。
「こういう細かいこともできるんだ……」
「失礼ね。手先は器用なのよ、アタシ」
くすっと笑いながら、迦楼羅は使えそうなものだけを脇にまとめていく。
針、糸、浮き、重り、ルアー。
それっぽいものが少しずつ集まっていく。
「クーラーボックスも欲しいわね」
「魚入れるやつ?」
「そう。あと氷は無理でも、日陰に置くだけで全然違うから」
「氷かぁ。あったら嬉しいけど」
「保存方法についてはまた考えましょ」
私は頷きながら、別の棚を見て回る。
奥のほうにあった倉庫スペースは、シャッターが半分だけ開いたまま止まっていた。
「これ……開くかな」
両手で持ち上げると、ぎぎ、と鈍い音を立てて少しだけ上がる。
「貸しなさい」
後ろから迦楼羅が手を添えて、ぐっと力を込める。
――ガタンッ。
勢いよくシャッターが上がって、埃が舞った。
「っ、げほっ……」
思わず顔を背ける。マスクしてくればよかった。
「……当たりね」
中には、整然と並べられた棚と、大きな網がいくつも吊るされていた。
「網……!」
「ええ。これがあれば釣りだけじゃなくて、もっと効率よく取れるわよ」
迦楼羅が一つ手に取って、重さを確かめる。
「ちょっと重いけど、二人なら運べるわね」
さらに奥には、長靴やカッパ、ロープなんかも置かれていた。
古くはなってるけど、使えそうなものもあるからこれは選別かな。
「装備も一通り揃うじゃない……」
「最高だね、ここ」
思わず声が弾む。
ここに来る前までは、“ただの廃墟”にしか見えなかった場所が、今は“資源の山”に見えている。
「とりあえず今日はここで使えるものの選別しちゃいましょうか」
「うん」
そう言いながらも、私は少しだけ外に目を向けた。
雨上がりの港。
濡れた地面が光っていて、その向こうに静かな海が広がっている。
「……ねえ、迦楼羅」
「何?」
「ちょっとだけ、やってみる?」
自分でも驚くくらい、自然に口から出た言葉だった。
「釣り?」
「うん。せっかく竿あるし」
ほんの少しだけ、挑戦してみたくなった。
新しいこと。
今までやったことがないことが目の前にある。
迦楼羅は一瞬だけ目を丸くして、それからにやりと笑う。
「いいじゃない。そういうの、大事よ」
そう言って、さっき選んだ仕掛けを手際よく組み始めた。
「まずは投げ方からね」
「……はい、先生」
さっきと同じやり取りに、少しだけ笑ってしまう。
海のほうへ歩きながら、私は思う。
畑もある。
道具も揃い始めてる。
そして――
こうやって、できることが一つずつ増えていく。
ううん、増やしていくんだ。
そして、私の初めての釣りは、テトラポット近くから垂らした釣り糸に小さな小さなアジがかかってくれたのだった。
私の横で迦楼羅は私のより二回りほど大きなアジを釣って見せて、ドヤ顔で大きさを比べて来た。
ちくしょう、そのうちリベンジしてやる。




