貴方のために
それは、まだ風属性の魔法すら扱えていない時のこと。
「……あれ?」
「ど、どうかしましたか?」
相変わらずの至近距離特訓に慣れることはなく、そっと手を離し距離をとった私が尋ねると、彼は首を傾げ、「そんなはずは」と今まで繋がれていた手のひらを見つめる。
そして、カイル様は少し熟考した後、口を開いた。
「バレッタ様は、“風属性”の魔法使いで間違いありませんよね?」
「そ、そうですが、急にどうしてそんな質問を?」
分かりきったことではないかと驚けば、彼は「いや、あり得るかも」と小さく呟き、意を決したように口を開いた。
「貴女ももしかしたら、気付かないだけで扱えるのかもしれません」
「何をですか?」
「貴女の妹様と同じ、“光属性”の魔法を」
「……ないないないない!」
私は手を横に振ると、笑って言った。
「それはありえませんよ! だって幼い頃、魔力判定では確かに“風属性”と判断されたのですから!」
「いえ、ありえますよ」
「え?」
カイル様は腕を組むと、「これはあくまで見解ですが」と前置きをして続けた。
「貴女方はただの姉妹ではなく、同じ時をお母様のお腹の中で過ごし、生まれてきた双子。
そして、貴女に“光属性”の判定が出なかったのは、その力が微々たるものだから、だとしたら?」
「え……?」
「僕は全属性です。ある程度の属性は扱えるつもりですが、貴女から感じたのは今までにない属性でした。
つまりそれは、妹様と同じ“光属性”であることが高い」
「……えーーー!?!?」
そんなことがあり、光属性の特訓も密かに行おうとしたけれど。
「カイル様から止められたのです。
“微々たる魔力しか感じられないということは、魔力は減る一方”……、つまり、何かあった時のために取っておくべきだと」
「「!」」
そう言うと、私は自身の手のひらに視線を落とした。
「もし本当に、私にも光属性の魔法が使えるのだとしたら、今がその時なのです」
未だに信じられなかった。
クララにしか扱えないと思っていた光属性が、私にも少しだけ宿っているなんて。
それでも。
(私は、カイル様の言葉を信じる)
それから、この力は。
「一度しか使えないこの力は、カイル様のために使いたいのです」
「「……!」」
私は彼を失いたくない。
最初は打算で選んだ、婚約者候補だった。
けれど、今は私にとって、彼はかけがえのない人。
だから。
「ここで死なせたりなんかしない!」
私は意を決すると、お医者様の横をすり抜けて横たわる彼の元へと駆け寄る。
そして、ベッド脇で膝をつくと、迷うことなくカイル様の黒く染まった手を握った。
(光属性の扱い方なんて分からない。けれど)
この気持ちは、誰にも負けない自信がある。
私は、ギュッと目を瞑って叫ぶように口を開いた。
「光よ!! 私にもし、光属性が扱えるのなら、その力は全て……、いえ、魔力は全て、カイル様に!!!」
そう口にした瞬間。
ぶわりと、髪が舞い上がる感覚を覚えた。
そして。
「っ、お姉様、髪が金色に……!」
クララの声が聞こえるけれど、それに対して応えることは出来なかった。
(力が、抜けていく……!)
魔力を全て持っていかれているのか、身体から力が抜けていく感覚に、歯を食いしばるので精一杯で。
そんな私の手の上から、誰かの手が重なった。
驚き見れば、クララの姿があって。
そして、更にその上から殿下の手も乗る。
私とクララは頷くと、再度目を閉じて強く祈った。
(お願い、カイル様、どうか目覚めて……!!!)
そう強く祈った刹那、瞼の裏が眩いばかりの金色の光に包まれた……―――
「……ん」
微睡みの中、目を覚ます。
(ここは、どこ?)
いつも見慣れた私の部屋とは違うような……、と思ったのも束の間。
「バレッタ様」
「……っ!!」
心臓が、飛び出るかと思うくらい鼓動が跳ねる。
その声は、私がよく知る……大切な人の声だと気付くのは、一瞬で。
パッと顔を上げた視線の先には、前髪で顔が隠れているいつも通りの彼が、そこにいて。
「……っ、……っ」
何か、言わなければ。
そう思うのに、言葉が出てこなくて。
そんな私を見て、彼は……カイル様は微笑むと、口を開いた。
「ご心配をおかけしました。……貴女が、助けて下さったのですよね?」
「っ……」
違う、私だけではないと言いたいのに、相変わらず言葉は出てこず、代わりに涙が込み上げる。
クララや殿下、お医者様はどこへ行ってしまったのだろうか。
歯痒い思いをしている間に、カイル様は言葉を続ける。
「泣かないでください。そんなに心配してくださるとは思ってもみなくて。
……ちなみに、僕はあれからどれくらい眠っていたのでしょう?
咄嗟に闇属性の魔法を使用してしまいましたが、魔物は倒せたようで何よりです。
ですが、何だか身体がだるいので、やはり非効率的ですね。対魔物には別の魔法を」
「……ル」
「え?」
瞳を見ずとも分かる、キョトンとしたような彼の言動に、私は耐えきれずあらん限りの声で叫んだ。
「バカイルーーーーーー!!!!!」
「は!?!?」
そう叫ぶと、彼の胸に飛び込むようにして抱きつく。
「っ!!」
カイル様は受け止めきれず、私を庇おうとして後頭部をベッドのヘッドボードに打ち付ける鈍い音がしたけれど、知ったことではない。
……私の痛みに比べれば、それくらい。
「どれほど……っ、どれほど心配したか分かりますか!? 分かってないでしょ!?」
「え、は……、ア、アリシア様、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるとでも!?
闇属性の魔法を使った貴方は、身体を呪いに蝕まれて十日間……以上は眠っていたんですよ!?」
「……十日!?」
カイル様の驚く声が聞こえるが、涙目の私は視界がぼやけてしまってそんな彼の顔(前髪)もよく見えない。
それを良いことに、そのまま本音をぶつける。
「貴方、自力で目覚めましたって顔しているけど、私達が助けなかったらどうなってたか……っ!」
「私達?」
そこでようやく、手伝ってくれたクララや殿下のためにも少し落ち着かなければと思った私は、深呼吸をしてから静かに口を開いた。
「……光属性の魔法を使ったんです。私も、それからクララも。殿下も多分、力を貸してくださいました」
「……光属性……、まさか」
そう息を呑んだ……かと思いきや、私の肩を掴んで声を上げた。
「まさか貴女、光属性の魔法を使ってしまわれたのですかっ!?」
「そのまさかですけど何か!?」
その言い草にキレる私に、カイル様はボソリと聞き捨てならない言葉を口にする。
「勿体無い……」
「何が勿体無いのですか!?」
「言ったではないですか! 使いどきは選べと」
「だから使いどきは選んだじゃないですか!!」
「え……」
まだ信じられないという顔をしているカイル様の手を掴むように握ると、溢れ頬を伝う涙をそのままに言った。
「……カイル様のために、使いたかったんです」
「!」
私はそこで言葉を切ると、彼を真っ直ぐと見つめてゆっくりとその先の言葉を紡いだ。
「貴方を、死なせたくなかったから」




