今私に出来ることを
私が目を覚ましたのは、その日から三日後のことだった。
目立った外傷はなかったものの、魔力を限界まで使ったことで、疲労から眠ってしまっていたのだとお医者様から告げられた。
目を覚ました私に、教師達から生徒と共に逃げなかったことへの叱責と共に、皆を守ったことへの賛辞を受けたものの、私には全てがどうでも良かった。
それは、私を庇ってくれたカイル様がまだ目覚めていないことにある。
カイル様の髪は依然として真っ黒に染まったまま、そして何と言っても悲しかったのは、そんな彼の素顔を眠っている状態で初めて目にしたこと。
その顔はまるで人形のように生気がなく、息をしているのかすらも見た目では判別がつかない。
瞳も硬く閉じられたままだから、なおさら。
カイル様にも私と同様目立った外傷はなかった。
だけど、彼の髪が黒く染まってしまったのは、闇属性の魔法が原因であり、身体への負担は計り知れないとお医者様から告げられた。
そして、いつ目覚めるか分からない、とも。
「……っ」
私のせいだ。
私のせいで、カイル様がこんなことになってしまった。
いつだってカイル様は、私を助けてくれる。
それなのに、私はカイル様の足枷になってしまった……。
それきり私は、学校に行かず、寮に閉じ籠る日々を送っていた。
本当はカイル様のそばにいたいけれど、彼に会わせる顔がない。
だからといって、実家へ戻るという選択肢もなく、ただただ無意味な日々を過ごしていた。
そんな時、コンコンと扉をノックされた。
そして、声がかかる。
「お姉様、私よ。入っても良い?」
「…………」
毎日のように心配して来てくれるクララだけど、私はその扉を開けることはなかった。
(今は誰とも、話したくない)
そう思い、今日も無言を貫いていたけど。
ガチャッ。
鍵をかけておいたはずの扉が開いたことで、廊下の眩いばかりの光が私の部屋に差し込む。
驚きそちらを見る私に対し、クララと、それからその後ろにいる殿下と目が合って……。
「っ、お姉様!」
咄嗟に顔を背けた私を許さないとばかりに、クララは歩み寄ってくると、私の両頬を押さえて言った。
「一体どうしてこんなこと……っ、一週間も部屋から出てこないと思ったら、ご飯も食べないでこんな姿になって!!」
そう言って大粒の涙を流すクララの声も、何だか遠くに感じる。
それをぼんやりと聞いている私に、彼女はさらに続けた。
「お姉様、お願いだから少しでもご飯を食べて、元気になって!
マクレーン様が起きてこの姿を見たら、悲しんでしまうわ!!」
「……カイル様は、生きているの?」
「え?」
私はそう呟くと、クララの腕を掴んで言った。
「ねえ、教えて。どうしたらカイル様は目が覚めるの?
カイル様がもし、このまま目が覚めなかったら? 死んでしまったら?
私は……っ、私のせいで、カイル様が……っ!!!」
私の瞳から、枯れたはずの涙がとめどなく溢れ出す。
(私のせいだ、私の……)
「しっかりして、お姉様!」
「!」
クララにパチンと両頬を叩かれる。
まさかそんなことをされるとは思わず、反射的に涙が止まる。
そんな私に、クララは真剣な眼差しで言った。
「カイル様は死なない。……いや、死なせないわ。
だってカイル様は……、お姉様の、大切な方なのでしょう?」
「……クララ」
「それを言ったら、私達の方だわ。
殿下も私も、お姉様に助けられた。もちろん、カイル様にも。
他の生徒達が無傷だったことも、お姉様とカイル様のお陰よ。皆、二人に感謝しているの。
……だから今度は、私が助ける。絶対に」
「!」
そう言い切ったクララの瞳は、どこまでもまっすぐ凛としていて。
たとえ根拠がなくても、クララなら成し遂げてしまいそうな、そんな気がして。
私はまた泣きたくなる衝動をグッと堪え、代わりに笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、クララ」
「えぇ! ……だからまずはご飯を食べて、そうしたら一緒に、マクレーン様の元へ行きましょう?」
「!」
そう言って差し示されたのは、まだ出来立てなのだろうお粥だった。
それを見てクララを見ると、にこりと笑みを浮かべてくれて。
私はその笑みを見て頷くと、スプーンを手に取ったのだった。
そしてカイル様の元へ一週間ぶりに向かった私が目にしたのは、髪だけではなく服から出ている手まで真っ黒に変色してしまっているカイル様の姿だった。
「……っ、カイル様!」
私が慌てて駆け寄ろうとすると、それを制するようにお医者様が声を上げた。
「近寄らないでください」
「え……」
思いがけない言葉に瞬きをすれば、お医者様は告げる。
「闇属性の魔法がどんな作用を脅かすか分かりません。
この黒く変色している部分は、恐らく魔法の反動で術者に影響する“呪い”だと考えられます」
「呪い……」
そう呟いた私に対し、お医者様は頷くと言った。
「不用意に近付くと、貴方も呪いの影響を受ける可能性があります」
「では、彼を助ける方法は」
そう口にしたクララに向かって、お医者様は首を横に振る。
それを受け、部屋の空気は絶望に包まれた……が、それを私は一蹴する。
「いえ、あります」
「「「え……?」」」
私はゆっくりと、クララの方を振り返る。
驚き私を見つめるクララに向かって、言葉を発した。
「クララになら、出来るわ」
「「!?」」
その言葉に驚き、口を開いたのは殿下だった。
「無理だ! クララの魔法はまだ未完成だ!」
「でも、闇属性を打ち消すのは光属性の魔法しかない」
“たがため”の記憶では、闇属性を統べる魔法使いはいなかった。
それは回復職だったカイル様も同じ。
でも“たがため”ではなく授業で学んだ史実によれば、魔王は闇属性の魔法を使うと描かれていた。
(どうしてカイル様が魔王と同じ闇属性の魔法を使えるのかは分からない。
そもそも、人間が使える闇属性の魔法自体が存在していることも知らなかったくらいだ)
それでも。
「もしカイル様が扱った闇属性の魔法が魔王と同じ効力を発揮しているのだとしたら、それを浄化するには光属性しかない。そうでしょう?」
殿下は拳を握りしめる。
一方のクララは押し黙り、戸惑いの表情を浮かべたままだ。
(確かに、これはクララが聖女として覚醒するイベント……のはずだった)
エピソードとしては、火竜の攻撃を火剣で防ぎきれなかった殿下が、足に歩けなくなるほどの火傷の重傷を負う。
そして、逃げ惑っていた生徒達にも火竜が火を放つのだ。
そんな地獄絵図と化す光景を見たクララは、皆を庇うため火竜の前へと進み出る。
そして、自分の力を信じて皆を救いたいと願った瞬間、クララは光属性の魔法で魔物を追い払っただけでなく、殿下を含めた負傷者の傷も一瞬で治したのだ。
(それを私と……、これもなぜだかカイル様がエピソードを変えてしまった。
そして、結果的にクララの聖女としての覚醒の邪魔をしてしまったことになる)
後悔していないと言ったら嘘になる。
私が皆を救おうと出しゃばったのにも関わらず、私は無傷、そして多くの犠牲者を出さない代わりに、カイル様を苦しめることになったのだから。
(だから今私に出来ることは)
私は息を吸うと、クララに向かって頭を下げた。
「っ、お姉様!?」
「お願いします! 私も力を貸すのでどうかカイル様を救ってください……!」
それに対し、口を出したのは殿下だった。
「無茶だ! それでは、クララに限界がある。
もしそのせいで防ぎきれずに闇属性の魔法が暴発したら……、その前に力を貸すだなんてお前に何が出来るというんだ!」
殿下の言い分はごもっともだ。
未完成の光属性に対し、人間が使うことのなかった闇属性の魔法を浄化するなんて前代未聞だ。
けれど。
「私も、魔力を貸します」
「「……!」」
そう、私が魔法を必死に習得したのは、誰かのためになるように。
そして、それだけではない。
「私にも、使えるのです。……光属性の魔法が」
「……え!?」
殿下とクララの瞳がこれ以上ないほど見開かれる。
無理もない、光属性は誰にも扱えないはずだった。
けれど。
「クララとは比べ物にならないくらい微々たる力ですが、私にも宿っているとお聞きしたのです」
「誰から!?」
殿下の言葉に、横たわる彼を見遣って答える。
「カイル様からです」




