『原初の銀獣』
「黒忍軍幹部からの洗脳、紅穂軍退役軍人の暗殺、紅穂軍との共謀、そして、『火柱』の形成への協働。他にも何か疚しいことをされましたかな?」
津雲は思わず氷織の身体を突き飛ばした。
津雲の心を蝕む暗黒が自然と彼にそうさせた。
しかし、氷織が続けた話は津雲の緊張を和らげた。
「ご安心ください、殿下。俺はそんな陳腐な話をしにきた訳ではありません。この話を拡散する気もありません。ただ、貴方の協力を仰ぎに参りました。」
氷織は津雲に押されたにも関わらず、滑らかな足運びで体勢を整えると、至極誠実な態度を示した。
悪意はなさそうだ。
「『原初の銀獣』という存在をご存じでしょうか?」
氷織は再び津雲に問い掛ける。
今度は硝華や詩草、氷織の妹である氷柱にも聞こえる声で疑問を呈した。
「先程俺が殿下に問い掛けた『銀狐』という存在も『原初の銀獣』に含まれるそうなんですが……。俺はその『原初の銀獣』について詳しく調べているところです。実際に『銀狐』と接触したことがある白裂皇太子殿下であれば、何かご存じかと思い、誠に勝手ながら伺った次第です。」
氷織は両手を広げた。
知っていることがあれば何でも言ってくれ、と言わんばかりである。
「確かに『原初の銀狐』とは…。」
津雲は氷織の態度を見て自身の経験した『銀狐』に関する情報を提示しようとした。
信頼に値すると判断したのだ。
しかし、彼の発言に被さるように、氷柱が答えた。
「兄上、『原初の銀獣』のうちの一柱である『原初の銀狼』は……。」
すると、突然、今まで気が付いていなかったかのように氷織が驚いた。
「妹よ!いつからこんなところにいたんだね?嗚呼、愛しい妹よ!こんな寒いところにいたら風邪をひいてしまうよ……。」
氷柱の言葉を遮り、身体全体を使って身振り手振り、大袈裟に反応している。
津雲と氷柱はその勢いに圧倒され、言葉を失った。
「さぁ、学舎へ帰ろう。体調を崩しては良くない。さぁ戻ろう!さぁさぁ!」
氷織は皇太子の御前の貴族たる態度を忘れ、一人の兄として妹とともに校舎へ歩み始めている。
氷織が何を求めていたのか、津雲には理解できなかったが、彼ら五人はともに校舎への移動を始めた。
氷織と彼ら四人の雑談は思いの外弾んだ。
それは氷織が誠実かつ諧謔的な性格をしていたからに違いない。
氷織と別れる時、彼は勢いよく振り返ると津雲に微笑みかけた。
「殿下、俺には敬語を使わなくて良い。俺のことも氷織と呼んでくれれば良い。その代わり、俺も“妹の友達”には敬語を控えたいものだな。」
そっちの方が気が楽だろう?と彼は付け足した。
それはつまり、貴族としてではなく一人の友人として扱ってくれという宣言でもあった。
「皇太子という立場で年上の貴族に敬語を使わないというのは気が引けるのですが……。分かった。氷織君、これからそう呼ばせてもらうよ。」
津雲と氷織は再び握手をしてその場を後にした。
氷織君の言っていた『原初の銀獣』とは何なのか?
なぜ、氷柱の発言を遮ったのか?
津雲は何となくその答えが分かる気がした。




