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◆第十一章:静海 望 その二

挿絵(By みてみん)


「にゃーん。」


 …アミュレットの声が聞こえた気がした。


 急いで目を覚まし眼鏡をかける。

 一ヶ月前までは朝起きるといつも布団の上にアミュレットが乗っていた。


 今はなにも乗ってない。


 慌てて起き上がり机の引き出しをあける。そこには猫が描かれた白いカードがある。


「…なんだ…夢か。」


 まだちょっと怖い。


 一息つくと目覚まし時計がなりだす。それを止めながら私は独り言を呟く。


「…今日はみんなに会うんだった。」






 私達が学芸部に入って二週間、六月も下旬に差し掛かるこの頃、みんなで近くにある図書館に訪れていた。テスト勉強の為に皆で集まろうと三奈木さんが言い出したからだ。

 図書館の裏手にあるゾウの銅像の前に私達は集合していた。


「小林!!遅いわよ!!」


 三奈木さんが激しい口調で叫ぶ。

 彼女の私服は独特なセンスのTシャツにジーパンととてもボーイッシュだ。

 見た目は女の子なのに男の子らしいの。


「堪忍やで~。」


 ばつの悪そうに小林君がやってくる。

 彼の派手な黄色の服が目についてしまう。



 …正直小林君の事はまだ信用出来てない。



 確かに小林君にカードに入れられたから今みんなと出会えて、それはきっといいことなのに心のどこかで引っ掛かる。


「まぁまぁ三奈木さん、時間通りには来ているっすよ。」


 いつものように春日原君が制止に入る。

 背の高い彼は青いパーカー姿がよく似合う。

 …まだあんまり彼のこともよくわかってないけど。



 …あのままカードに入れられていたらどうなったのだろう、私はそう考えてしまう。



 カードの中にいた時の記憶はない。カードに入ってから出てくるまで一日が経ったはずなのに何も感じなかった。

 その事実が私の胸を埋める。




 カードの中では時間が経過しない。




 これが私達の出した答えだった。

 私は直感的にアミュレットをカードにいれたけどある意味では正解だった。

 骨が無くなってしまったアミュレットは血液が作れないしそもそも食事も出来ない。

 いずれ内臓が押しつぶれてしまうかもしれない。

 なんにしても外に出していたらすぐに衰弱して死んでしまう。


 でもカードの中の時が止まっているのならそれってアミュレットは生きてることになるのかなぁ…って最近考えてしまう。



「…大丈夫か、委員長?」

「…ひゃうっ!」


 …びっくりした。突然声をかけてきたのは神谷君。

 服装は落ち着いた色合いで他の三人と比べてほっとする。


「…驚かせて悪い。」

「…いいよ神谷君。ぼーとしてたのは私だし。」




 神谷君の事は中学生の頃から知っている。あの頃は話したことはなかったけど私は神谷君を知っている。



 中学二年の時、クラスが一緒だった。

 クラスにもなれて夏の兆しが見えてきたあの日、神谷君のお母さんは死んじゃった。丁度今と同じようにテスト前だったかな。

 原因は交通事故、詳しくはわからないけど葬儀を終えるといつも通り神谷君は学校にやって来た。


 いつも通りの神谷君だった。


 いつも通り授業を受けて、いつも通り友達と笑って、いつも通りの神谷君だった。


 私がそれを見たのは偶然だった。

 アミュレットに餌をあげるため神社に向かう途中、偶然帰宅中の神谷君を見かけた。



 神谷君は泣いていた。


 泣きながら彼は帰っていた。


 学校でみていた彼はいつもと変わらなかった。

 なのに彼は泣いていた。


 私はその時本当の神谷君は泣いている方の神谷君なんだなって思った。

 その後でチュウスケが死んだ時のことを思い出して私も泣いたのを覚えている。



 結果的に私をカードから助けてくれたのは神谷君で、神谷君がいなかったら私はずっとカードの中だったかもしれない。

 それを考えるとやっぱり怖い。


 つまり神谷君は私の命の恩人で、今の私にとってアミュレットと同じくらい大切な人なんだ…。

 そう考えるとあの雨の日に部室でみんなと話したことを思い出す。




「…石田先輩が行方不明になった?」

「…どうゆうことや三奈木ちゃん!?」

 三奈木さんは静かに答える。

「言葉通りの意味よ、小林。昨日から突然消えたの…。」

「…っ。」


 沈黙が部屋を埋める。


「私達は落書きが消される事件の噂を聞いてすぐ調査を行ったわ。それで石田先輩を突き止めたの。」

「突然誰にも気付かれず町中の落書きを消すなんてそうそう出来ることではないわ、でもカードを使って絵や文字だけを吸収し吐き出すことでこの様に塵のように消すことが出来る。」


 そう言いながら三奈木さんは手に持っていた雑誌に白いカードを近付ける。

 するとそこに書いてあった文字は消え、かわりにカードに文章が移る。

 その後三奈木さんはカードを掲げる。何もない空中に先程の雑誌の文章が浮かび上がったかと思うと一瞬で塵となって消えていく。

 カードからは文字が消えて再び白色になる。


「本当によくできたものね。」


「石田先輩がカードを持っていることに気付いた僕達は先に協力関係を結べそうな君達に声をかけたっす。」

「前から気になってたんやけど、そもそも三奈木ちゃんはなんでワイらと協力出来ると思ったんや?」

「…一番のヒントは委員長の家出かしらね。私の推測では小林辺りが委員長にカード絡みで何かして神谷君が解決したってところかしら?」

 三奈木さんは自信ありげにそう語る。

「…うぐ!?」

 小林君は少し俯いてしまった。

「まぁそこから考えるとあなたたちはカードを持っているけど奪い合ってないと考えられた訳、素性のわからない先輩よりそうゆう団体との方が交渉しやすいと踏んだのよ。」

 それを聞いた神谷君も納得した様子で三奈木さんを見る。


「それで話を戻すけどあなた達がこの部屋に始めて来た次の日に石田先輩は消息を絶っているわ…、私はカード保有者同士の奪い合いが起きたと考えているわ。」


「…奪い合いやて。」

 息をのむ小林君に私は初めて同感出来た。


「痕跡が残っていないことが逆に証拠よ、このカードを使えば死体でもなんでも隠せるもの。」

「まだ仮説に過ぎないっすけど恐らく今回の落書き事件で僕達が気付いたように別のカードの所有者が石田先輩の存在に気付いたんだと思われるっす。」

「待ってくれや、犯人はカード保有者とは限らないやろ。ワイらにカードを渡してきたあのおっさんも十分怪しいやろ!」


「確かにそれは間違いないけどまだ私達はあいつのことを知らなすぎるわ。なんにしてもカード保有者を狙う存在、仮にそいつをハンターと呼ぶわ。」

「ハンターが見境なくカード保有者を狙うなら私達四人が未だ襲撃を受けていないのはおかしいわ。少なくとも目立った行動をとったものが標的にされていると考えるべきね。」

「あとこれは楽観的観測だけどハンターの情報網はそこまで広くないと思うの。」


「なんでやねん?」

「委員長の家出は明らかに不自然だったのにあなたたちは今のところ襲撃されてないんでしょ。」

「…それはそうやな。」


 三奈木さんは淡々と喋る。


「少なくとも今カードのことを誰かに知られるのはとても危険なことよ、命に関わるわ。」





「いい?源義経はね、八艘飛びで有名だけどそれは天狗に育てられたからの!この天狗って言うのはね。平家から逃げ延びた源氏軍の武士達が…。」

「…どこまでがテスト範囲なんや?」

「三奈木さんの話は程々で聞いとけばいいっす。」


 …私は早くアミュレットを自由にさせてあげたいのに。

 …下手に動いたら誰かに命を狙われるかもしれない。


 今私は新しく出来た友達に囲まれて楽しく過ごしている。


 …でもアミュレットはどうなの?


 カードの中で生きているの?

 それとも時間が止まっているから死んでいるの?


 …どうしてこうなっちゃったんだろう。


 とめどない不安が頭を過る。



「…大丈夫だ、なんとかなる。」



 …声が聞こえた気がする。


 神谷君の声だ。





「…なら当面の目標はハンターの捜索ってことになるよな。」


 部屋の中の沈黙を裂くように神谷君が口を開く。


「…はぁ?神谷、あんた本気でいってんの?」

「命懸けかも知れないっすよ?」


 二人の問いに神谷君は答える。


「…正直俺も怖いさ、…でも俺は単純に知りたいんだ、このカードの秘密を。」


 神谷君に答えるように小林君も立ち上がる。


「…せやな、委員長の安全のためにも敵がおるんならやっつけなあかんよな!」


「お前ら…。」

 三奈木さんは下を向いて震えている。



「上等じゃねぇか!!」



 こちらを向いた三奈木さんは満面の笑みだった。

「あちゃー。」

 横で春日原君が頭を抱えてる。



「いい心構えだぜお前ら!!サイコーだぜ!!俺は今新たに志を同じくする友に出会えた!!嬉しくてたまらねぇ!!」



 三奈木さんが絶叫してる。

 やれやれと首を降りながら春日原君は私をみて言う。


「ならあとは静海さんの意見を聞かないとですね。」


 みんなの視線が私に集まる。


 私は…。





「なんで連立方程式もわかってないのよ小林!!」

「…駄目なんや…数字は駄目なんや。」

「…仕方ないなぁ小林は。」

「この問題集とかわかりやすいっすよ、小林君。」


 みんなといると楽しい。


 でも私達が探し求めるものはここにはない。

 どこか遠い場所を目指している…、そんな気がするの。

 そこへ続く道は一歩踏み入れる毎に暗く深く私達を飲み込もうとしてくる。



「にゃーん。」



 …大丈夫よ、アミュレット。

 みんなとなら私は歩いていける。


「委員長助けてくれやー!」

「待ちなさい小林!!」


 小林君が私のもとにやってくる。


「はいはい。」


 私は持っていた本をおいて席をたつ。



「一緒に解きましょう!」

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