◆第十二章:春日原 誠 その二
「三奈木さん?」
「なんだ春日原?」
「なんっすかその荷物は?」
三奈木さんは身の丈ほどのリュックを背負いながら満面の笑みで答えてくれる。
「決まっている!」
「実験だ!!」
それは八月の暑い日のことだ。
僕達の住む街から電車で四十分、そこからバスで三十分、待ち時間を合わせて二時間ほどかかる山奥の宿泊施設に来ていた。
「いいかお前ら!!今日のロッジは貸し切りだー!!」
「万歳やでー!!」
「…お前らテンション高いな。」
「…あはは。」
僕達は青春を謳歌する高校生のお約束、キャンプに来ている。
言い出しっぺは当然三奈木さんだ。
「俺達は今までカードの謎を解明すべくそれぞれが様々な方法でカードの使い方を思案してきた。」
「固形物は勿論液体や気体、プラズマにあたる炎、さらには文字やイラスト、あまつほか生物まで生きたまま入れることが出来た。」
「これからカードの謎を追うに当たっていずれカードを持つものと戦闘を行う可能性がある。」
「これだけ使用方法が多彩な魔法の道具だ、相手がどんな手段で襲ってくるともわからない!」
「ならばするべきことは一つ!!」
「特訓だ!!」
話がまとまると三奈木さんの行動力は留まることを知らない。
その日のうちにキャンプ場の予約を済ませ合宿のしおりまで作成した。
「春日原!私の荷物はその辺に置いてくれ!!」
きびきびと指示をだす三奈木さんに一切の迷いはない。
「三奈木さん、この荷物まとめてカードに入れられなかったんっすか?」
僕は質問する。すると三奈木さんはこう答える。
「夢や希望を詰めるのにこのカードは窮屈過ぎる!!」
わかってはいたけど三奈木さんは遊ぶ気満々だ。
かくして実験兼特訓兼キャンプが幕をあける。
まずは復習だ。机の上に水入りのコップとリンゴをおいて三奈木さんは語りだす。
「その①:カードは対象の質量、形状を問わずカードの中に保存できる。まるでパソコンの切り取り機能のように。」
そうゆうと三奈木さんはカードをとりだしカードでリンゴに触れる。気がつくとそこにリンゴの姿はなくカードの余白にリンゴが浮かび上がる。
僕達は固唾をのんでそれを見守る。
「その②:保存した対象を取り込んだ時と同じ状態で取り出すことが出来る。まるでパソコンの貼り付け機能のように。」
再びカードを構えると先程消えたリンゴが現れカードは白に戻る。
「その③:カードは一度に一つのものしか保存できない。一度保存したら再度取り出すまでは保存する機能を失う。」
「さらにその④:物体が保存される瞬間、取り出す瞬間はほぼ一瞬でありどのようにして出たり入ったりしているか我々には認知できない。」
「ここまではお前たちもみてきただろう?」
三奈木先生はご機嫌だ。
「ここから先は俺達の研究の成果だ。」
「まずこのカードが対象にとれるものだが最初にカードをくれた謎の男がヒントをくれている。」
みんなの顔が強張る。
僕は会ったことないからわからないけど余程奇っ怪な人だったんだろう。
「皆の話をまとめるとあの男は最初に例外なく水の入ったグラスを取り出している。俺はここで疑問を感じた。」
「ん、なんやなんや?」
「…おかしいとは思わなかったのか小林?」
「まったく考えんかったわ。」
「仕方ないなぁ、小林。」
何故か三奈木さんは嬉しそうだ。
「いいか、水入りのコップは本来物理学的にいえば液体の水と個体のコップで別々のものだ。」
「ほうほう。」
「それをこのカードは一纏めに水入りのコップとして保存する。」
「ほうほう。」
「このことからその⑤:カードに保存できる対象は使用者が一つのものと認識したものであると解釈出来る。」
「なるほどわからん。」
これには三奈木先生も困り顔。
「ちッ…、つまりだ小林!この〈水の入ったコップ〉を〈ただのコップ〉として認識しカードに保存すると…。」
そういって三奈木さんはカードをコップに近付ける。
するとコップは消え、中にあった水がその場に溢れる。
「この様に中身は溢れてしまう。」
三奈木さんは満面のどや顔である。
「おおー!!」
小林君もいい反応である。
「私机拭いとくね。」
それを気にせず静海さんが溢れた水をタオルで拭く。
拭き終わって神谷君が口を開く。
「…この方法を応用すれば簡単に人が殺せるよな?」
「なに言い出すんや神谷!?」
静海さんは黙って聞いている。
「…さっしがいいな、神谷。」
三奈木さんが喋りだす。
「簡単にいえば人を保存する際にそいつの心臓だけ取り残せば再びカードから出された人は心臓がなくなって死ぬわ。」
「…なんやて!?」
小林君は相変わらずいい驚きかたをする。
「…そんなこと本当に出来るんか?」
「俺がカエルや鳩でやった分には上手くいったわ。」
「…!?」
これには小林君もついに黙ってしまう。
「これは確かに危険だけど対策法があるの。」
場が静まっても三奈木先生の授業は続く。
「その⑥:カードが保存できるのはカードの所有者がカードに触れていてかつカードが対象に触れている時のみ。」
「つまり当たらなければどうと言うことはないってことよ。」
三奈木さんははっきりと言い切る。
「…んなむちゃくちゃな。」
「拳銃や刀よりリーチが短いんだ。まだましだと思うんだな。」
神谷君は冷静だなぁ。
「その分やられたときは即死だから不意討ちには注意することね。」
こほんと息をつき三奈木さんは喋り始める。
「勿論お前らを初めて部室に招いた時に俺がしようとしていたように、炎を出したり気体を出したりしての範囲攻撃もあり得るからそれにも気を付けなさい。」
三奈木さんほどの想像力と行動力をもった人にカードが渡らないことを祈るばかりだ。
三奈木さんはここで改めて一度深呼吸した。
みんなもそれに気付いてか姿勢を改める。
空気がはりつめる。
「それよりも一番に気を付けるべきはその⑦よ…。」
「春日原君?」
三奈木先生の授業と特訓を経て僕達はキャンプファイヤーをしている。
主催者は当然三奈木さんだ。
静海さんに声をかけられて僕は振り向く。
「なんっすか静海さん?」
「…みんな委員長って呼んでくるのに春日原君だけ名前で呼ぶなんてなんかおかしいね。」
そういって彼女は笑う。
炎に照らされた彼女はひらひらした私服姿と相まって、おとぎ話の住人のようだ。
こうしてみると小林君が惚れるのも頷ける。
「お前とは決着をつけないとな、神谷!!部室での雪辱を今晴らす!!」
「…助けてくれ小林。」
「なんでこないときだけ頼んねん!?」
向こうでは戦争が始まっている。
今回三奈木さんは火のついた棒を振り回し神谷君と小林君を追いかけ回っているようだ。
どうやら静海さんだけ逃げおおせたらしい。
「まぁ僕だけクラスは別っすから。」
適当にはぐらかす。
改めて考えてみればこの中で僕は異質だ。
ここに集まっているみんなはカードを持っている。
本来はカードを持っている人の方が稀なのにこの中では僕だけが持っていない。
でももしかしたら僕が気付いてないだけで学校中のみんなが持っているのかもしれない。
そんなことを考えていると静海さんがまた話し掛けてくる。
「…前から聞きたかったんだけどさ。」
静海さんはもじもじしながら続ける。
「…春日原君と三奈木さんはとっても仲がいいけど…いつから一緒にいるの?」
…そう言えば静海さんも三奈木さんと同じ中学でしたっけ。
「そうっすね、…三奈木さんとは高校で初めて出会ったんす。」
キャンプファイヤーの炎がメラメラと燃えている。
今も昔もその炎のように三奈木さんは燃えていた。
物静かで本ばかり眺めていて感情を表向きにしない僕は敵もいなければ味方もいない、いつもみんなが遊んでいるのを外から眺めているような感じだった。
特別嫌われることはなく、親友と呼べる友達もなく静かに生きていた。
高校に入るときもずっとそうやって静かに過ごすのだろうと思っていた。
でもそうはいかなかった。
最初に火の粉がかかったのは静かな筈の図書室だった。
入学そうそう図書室に入り浸る僕と同じ様に図書室の常連客がいた。
それが三奈木さんだった。
彼女はいつもぶつぶついいながら分厚い本を読み漁っていた。
最初僕は気にも止めなかったがある日三奈木さんから声をかけられる。
「なぁお前、クトゥルフ神話って知っているか?」
可憐な見た目に反して男勝りな口調、これが第一印象だった。
「…はぁ?」
「お前はいつも図書室にいるから知っているかと思ってな。」
「そうゆうのは図書委員にでも聞けばいいんじゃないですか?」
「それがないらしくてな。」
「…ならなんで聞いたんですか?」
「やっぱり現地民に聞き込みしないとなぁと思ってな。」
「…はぁ。」
「神話って言うから宗教関連の本も全部漁ったけどちっともわかんなくてよ。」
後に聞いた話ではこの時点で聖書も読破していたらしい。
「…なんで調べているんですか?」
「なんかな、ゲームがあるらしいんだ!!面白そうだろう!!」
そうゆうと彼女はスマホで動画サイトを見せてくる。
確かにそうゆうゲームがあるらしい。
これはTRPGというもののようだ。
どんなものかは詳しくは知らないけどそんなもの図書館にはおかないだろう。
「私が調べた限りだとなルールブック?があるらしくてな、町中探したんだが売ってなくてな。図書館も隣町まで見に行ったがなくてよ。神話っていうからには学校にもあるんじゃないかと思ってな…。」
熱く熱弁してくる彼女の話を聞いて一つの疑問が浮かぶ。
「…通販で買えばよくないですか?」
「…。」
「その手があったか!!」
この人はどこか抜けている。
「ところで通販ってどうやって買えばいいんだ?」
正直言って馬鹿だと思った。
「このサイトに登録するんですよ。」
実際誰かれ構わず声をかけていて正に傍若無人、当時からクラスでも浮いていたらしい。
「おおー!!これで念願のルールブックが手にはいるぞ!!ありがとう!!」
「…どういたしまして。」
「折角だから今から一緒にやろうぜ!!」
「へっ?ルールブックないのに?」
「安心しろ!動画やサイトを見てルールは概ね覚えているのだ!!」
ただ異常なまでの行動力がある。
「まずキャラクターを作るんだ!シナリオはもう自作したのがある!自信作だ!!」
それと異常なまでの想像力がある。
「…あぁ昨日夜なべして書いていて家にノート忘れちまってたわ。」
でもどこか抜けている。
「…ぷふっ。」
おまけに中身は男らしい、後で知ったけど。
「わ、笑うな!!」
そしてうるさい。
その後結局ノートなしの手探りでゲームをすることになった。
内容的に言えば独創的で常人の理解を越えていた。
それでも僕は面白いと思えた。
ゲームがじゃなくてこの人が面白いと思えた。
「まぁそんなこんなあってゲームをするために学芸部を占拠して今に至るって訳っす、いつかみんなでもやってみたいっすね!」
「へ、へぇ…そうなんだ、面白そうだね。」
静海さんは少々困惑顔だった。
まぁ僕も三奈木さんの中学時代の武勇伝は散々聞かされているしそうなるのも仕方ないと思う。
僕ら以外の人からしたら三奈木さんは大体迷惑なやつなのだ。
普通は距離を置く。
静海さんもカードの件がなければ関わることはなかっただろう。
「でもよかった。春日原君から話聞けて。」
そうゆうと彼女は笑顔になる。
「今まで私、三奈木さんのことよくわかってなかったけどなんとなくわかった気がする。」
「それは光栄っす。」
「勿論春日原君のこともね。」
「これまた光栄っす。」
話が一段落すると三奈木さんの声が聞こえる。
「春日原!!加勢してくれ!!数的不利な上にタイプ相性も悪い!!」
「仕掛けてきたのはお前だろうが。」
「せやせや!!」
気付いたら彼等の戦いは水鉄砲での銃撃戦へと変わっていた。
水鉄砲を構える彼らに対して三奈木さんは火のついた棒を振り回して応戦している。
勿論彼らの水鉄砲は全部三奈木さんが用意したものだ。
相変わらず面白いなぁ三奈木さんは。
「今いくっす!」
そういって僕は立ち上がる。
「春日原君!」
立ち上がった僕に静海さんが声をかける。
「後で私のこともお話しさせてね!」
僕は何て言うべきか少し悩んで、
「…そうだね、是非聞かせてね!」
そう言って我らが三奈木さんの元に馳せ参じるのであった。




