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お代官様になろう!  作者: 元ガス屋
OJT編
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第8話 地獄耳のハルフ!

退屈しのぎに始めた巡察だったが、そこで相沢は意外な人物に出会う


 横峰がサイラスと軍改革に着手し始めると、俺の仕事はおのずとヒマになる。


 ある日、天気がいいのでお忍びで出かけることにした。いつもの、というか一張羅のスーツでそのままフラッと出かけようとした俺をクーリエが止めるので、クーメを連れて行くことにした。彼がついていれば、ということで筆頭執事もしぶしぶOKを出してくれた。


 ということでクーメと目的もなく世間話をしながらフラフラと商業地区を歩いているわけだ。冒険者地区に近いこの界隈は上野あたりを髣髴とさせてなんとなく懐かしい。


 「旦那様のおられた世界にもこのような市があったのでございますか?」

 ドワーフ族の男が興味深げに俺の話を聞いて質問してくる。

「ああ、そりゃあここ以上に胡散臭い連中が山ほどな……って?」

 不意にクーメが俺を路地裏に引っ張り込んだ。そのまま表通りの様子をうかがっている。


 「お気を付けください、旦那様。地獄耳のハルフです」

 その名前に聞き覚えがあった。大森林での戦利品を大商人が原価以下で独占しようとして露店商は苦労している。そんな状況と戦うのが元締めである地獄耳のハルフとかなんとか……。


 俺たちは路地から顔を出して通りの様子をうかがった。人ごみが掻き分けられて人間族の屈強な男たちの一団が進み出てきた。その中に、すらっとしたローブを身にまとった男が混じっている。白っぽいひげを蓄えているがどうも耳長族のようだ。取り巻きは人間族ばっかりみたいだ。


 「あれが地獄耳のハルフです」

「へえ、まんまヤクザだな……」


 取り巻きの外側から露店商やら通りすがりの冒険者などから「元締!」と声をかけられているが、ローブの下でにやっと笑い、片手を挙げて応じている。人望はそれなりにあるようだと見て取れる。


 と、俺たちの隠れている路地を通り過ぎようとしたところで、元締が足を止めた。そして俺たちの方に向き直るとローブのフードを自らはずした。

出てきた素顔に俺は若干の驚きを隠せない。白髪の、老け込んだ耳長族を見るのは初めてだ。たいていの耳長族ってのは寿命が長いせいか、見た目がかなり若い。クーリエだってああ見えて実際いくつなのかわからないんだからな。


 「新任のお代官様がこのようなところで何をしておられるので?」

ほお、こいつ俺を代官とわかった上で、しかもここに隠れていることを知った上でやって来たってか。

「この地獄耳のハルフ、お代官様のご就任以来のお働き、逐一存じ上げております。よい機会です、この先にうまいノルド料理を出す店がございます。ご一緒にいかがですかな?」

 別に俺も後ろ暗いとこはないし、こいつらも俺をいきなり亡き者にしようとは思わないだろう。先日の巡察でもチャンスはいくらでもあったのだから。



 地獄耳のハルフお勧めのノルド料理屋は「ノルド庵」という屋号の店で、冒険者地区に位置していた。一階は冒険者や行商人向けの大衆食堂っぽい感じ。二階は個室を備えている。この世界では料亭とか割烹の位置づけになるんだろうか?


 「まずはお近づきのしるしに……」

 四人掛けのテーブル席に座るのは俺、クーメ、ハルフだけ。ハルフの取り巻きも別室で待機しているようだ。

「やはり酒はノルド産に限ります」


 この言葉に俺は内心うんざりした。こういうカマ掛け型の接待はイヤってくらい味わってるし、一応俺もこの世界のことは勉強しているつもりだ。

「酒は南部のミストライド地方が有名だ。ハルフさん、俺も一応営業マンだ。こういうのは慣れてるよ」

「ははは、さすがは異世界から来てお代官になっただけはあられる。お見それいたしました」


 カマ掛けに対して悪びれもせずに元締は笑うと、クーメに向き直る。

「クーメ、最近はもっぱらお代官様の仕事を手伝いしていると聞くが、間違いないかえ?」

「は、はい。おっしゃるとおりで」

 クーメは地獄耳のハルフに一目置いているようで、答える言葉も選んでいるようだ。正直言ってこういうのも俺は大嫌いだ。


 パワハラじみた詰問を聞きながら、ぐいっと注がれた酒を飲み干すとグラスを少々乱暴に置いた。

「地獄耳だかなんだか知らないが、俺の行動も予定も把握してんだろ? 用件は何だ?」

 別にこいつを怒らせたからと言って会社、もとい代官をクビになるわけじゃない、俺は至って強気だ。

 ハルフも俺の目を覗き込むように見つめてくるが、決してそらすことはない。そしてその瞳に敵意がないこともわかっている。


 「ふふふ、そう怖いお顔をされなくても。わたしどもはあなたのようなお代官様を待っていたのでございますよ」


 そう言って地獄耳のハルフはテーブル席から立ち上がると床に突っ伏した。

「お代官様! この街の冒険者をどうか救ってくださいまし! 大商人に利益を牛耳られ行き着く先は盗賊か夜盗です。噂が噂を呼び、街の郊外は国中から集まってきた無頼の連中で夜は歩けない有様。わたしもこの年齢。いつまで一部とはいえ露店商たちを守っていけるか……」


 こいつの言うことは半分本心だろう。後の半分はわからない。俺は腹をくくって土下座する男に言った。

「あんたのお勧めのノルド料理でも食いながら話そうか」

 俺の言葉に土下座した元締が顔を上げた。誰が見てもわかる。安堵の表情だった。



 こうして地獄耳のハルフと協定が結ばれた。

 代官所は地獄耳一派による露店商の把握に異議はない。一定の所得税と各種情報の提供が条件だが。その代わり代官所は大商人から過度な圧迫があった場合、地獄耳一派をサポートする。


 俺は王国中にあるという地獄耳一派の情報網を試すため、宿題を出してみた。

「見た目は普通の豆だが、あらゆる滋養を持ち、さまざまに加工できる豆があれば探してくること。存在するかしないか、報告できた暁には特権を与える」


 宿題は「大豆」だ。コメはすでにクーメ一派に試験栽培を始めさせている。これに大豆が加われば飢饉に見舞われた時の非常食にもなるし、なにより、味噌と醤油ができる!


 「はっ! 地獄耳一派の情報力にかけて、探してまいります!」

 耳長族の頭目は部下たちに素早く情報を伝え、国内はおろか、交流がある各国に伝令を放ったようだ。



 一連の流れを見届けて、俺は酒をハルフに注いでやった。気になることを聞きたかったのもあるしな。

「ところでさ、なんであんたは地獄耳のハルフって呼ばれてるんだい?」

 俺の問いかけに、横に座るクーメがはっとした顔をした。あまり聞いちゃいけない話だったのかな?

 だが、ハルフは俺の注いだ酒をちびっと飲むと大きく嘆息して話してくれた。なんかさっきまでの肩肘張った感じから一気に老け込んだようにすら思える。


 「こんなわたしにも娘がいましてね。わたしに似たのか女房に似たのか、とんだ跳ねっ返りでした。わたしのこんな仕事に嫌気が差したのか、ある日何も言わずに大森林へ。娘の消息知りたさにいろんな情報に手を出しているうちに人々が地獄耳って呼び出したんですよ。いつか娘に会いたい。その一心で集めていたいろんな情報がわたしの元にいろんな人を集めました。だが、その中に娘はいなかったんでございますよ……」


 「そっか……」

 地図を見て思い出す。大森林は、街道沿い以外はほぼ未知の領域だ。だからこそミートナ郡みたいに人も資源も富も集まるんだ。その犠牲になっている冒険者は数知れないわけだ。その一人がハルフの娘かもしれないのか……。

「俺には子供はいないけど、元の世界の人たちは気になるからな。変なこと聞いて悪かったな」


 俺にはこの男が露店商や冒険者が恐れる元締とはあまり思えない。別に俺に対しての芝居でもいい。俺に敵対しないならな。

「いえいえ。相沢様、わたしの話を聞いてくれたお代官様はあなたが初めてです」

 ハルフの顔が本当に安堵した父親の顔に見えてしまい、変な勘繰りができなくなってしまう。これが芝居ならこいつ相当な役者だな。



 代官屋敷に帰り、クーリエを呼ぶ。もちろん用件は地獄耳のハルフについてだ。

 ダイニングルームで俺とクーメが待っているところへ、筆頭執事が見慣れない酒瓶を持ってやって来た。

「旦那様、本日はまことにお疲れ様でございました。クーメ殿もご苦労様でした」


 そう言っていつものように優雅な動きで俺とクーメに見慣れない酒を注いでくれた。

「どうぞ」

 言われるままに口にする俺とクーメ。飲んだ瞬間、お互いに目を見合わせる。

「だ、旦那様、これは……」

 クーメが言う前にクーリエが恭しく答える。

「王国南部、ミストライド地方特産の酒でございます。我が父からくれぐれもお二人にご賞味いただくように、と申し付かっております」

 絶句する俺とクーメ。するってえと……


 「あ、あのクーリエさん。あなたのお父さんは地獄耳のハルフってことでいいのかな?」

 上から目線なのか下から目線なのか自分でもよくわからな言い回しで聞いた俺にクーリエはいつも通り答えてくれる。

「はい、地獄耳のハルフはわたくしの父でございます」

 こいつはやられた!



 混乱するクーメを飲ませて酔わせてとりあえず帰らせた俺は、執務室に再度クーリエを呼んだ。

「お呼びでしょうか?」

 俺は応接セットに彼を促す。普段は絶対座らない彼だが、俺の言いたい内容を悟ったのか座ってくれた。先ほどのミストライド産の酒を彼にも注いであげる。

「別に怒ってないから話してくれないか?」

 俺は静かに言う。実際怒ってないからな。


 「はい。旦那様もご存知の通り、ミートナ郡の歴代代官はそれはそれは、率直に申し上げてよくないお方ばかりでした。ミーツ殿下の時代になりお忍びの視察が始まってもあまり状況は変わらず、そんな中、あなた様が代官になられました」

 筆頭執事は淡々と話を続けた。

「最初はわたくしも、旦那様が異世界の方と聞いて、ろくでもない代官ばかりだったこの地でミーツ殿下がお戯れをされるのか程度に考えておりました。しかし旦那様は違った」

 こんな感じで言われると照れくさいな。

「父も旦那様に興味を持ち、それで本日、クーメ殿を連れてあのような形で会えるように計らいました。勝手なことを致しまして申し訳ございません」

「別にいいよ、クーリエがいいと思ってやったんならね。でさ、お父さん、俺のことなんて言ってた?」


 今まで散々世話になったクーリエが考えたことだ。俺が怒るよりはよっぽどこの世界では役に立つことなのはわかる。

「はい、旦那様は今までの代官とは違う、わたくしにもそのつもりで心してお仕えするように、そして父の集めたあらゆる情報はすべて旦那様にお伝えするゆえ、クーメ殿とその配下にも申し使えておくように、とのことです」

 なるほど、そこで彼が言っていた冒険者と露店商を大商人の圧力から助けろって話につながる。彼が把握できる冒険者と露店商が増えれば、その分俺へダイレクトに情報が入ってくる。ということは日本人の遭難者情報も入ってくる確率が高くなるってことだ。


 「クーリエ、お父上に伝えておいてくれ。これは長期的課題だが、お互いのためになる。今後の俺の動きは直接的、間接的どちらにしろ地獄耳のハルフと同じ目的で動くと思えとな」

「はっ!」

 かしこまった返事をした割には、クーリエはイスから立ち上がろうとしない。俺から顔をそむけ肩を震わせている。

 きっとハルフ、クーリエ親子が味わったこの街でのさまざまな思いがこみ上げてきているのだろう。俺もそれに水をさすほど野暮じゃない。


 「クーリエ、なんかちょっと散歩したくなったんで、執務室の留守番しててくれない? 残った酒は全部飲んでいいから。もしかしたらその場のノリで兵士の詰め所で飲み会するかもなんで、明日は休んでいいから朝まで留守番頼むわ」

 俺は壁の棚にあった酒瓶もクーリエが座るテーブルに置いて執務室のドアを開けた。

 忠実な執事は俺に決して顔を向けないようにして、それでも声を震わせながら答えた。

「かしこまりました、旦那様……」



 地獄耳のハルフ。そしてクーリエ。寿命が長いといろいろ酸いも甘いも経験するんだろうな。その上で俺たちを助けてくれるなら、俺も横峰もその想いを裏切るわけにはいかないだろう。


閑話的な人情編になります

今後の複線で登場してくる人物の導入部になります

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