第9話 小さな生存者!
エストライド公国を見据えた軍制改革が始まった頃、
相変わらず相沢の市内放浪は続いていた・・・
急ピッチで進むミートナ郡の軍制改革の第一人者、サイラスだがここのところ働きづめだということを横峰から聞いた。
だからってわけじゃないが、最近ヒマつぶしに始めた散策に付き合ってもらうことにした。クーメも頼りになるんだが、鎧をまとったサイラスがついていると冒険者地区の連中もいつも以上に俺に対して威厳を感じてくれる。
「旦那様、そろそろ食事時のようでございますが、いかがなさいますか?」
歩きながら声をかけてくれるサイラスに俺は周囲を見回して考える。ここいらは地獄耳のハルフが縄張りにしている。比較的ちゃんとしたものを食わせてくれ、それなりの値段で済むところが大半だ。
「そうだな、商業地区に行こうぜ!」
俺はいつもよりは強そうな用心棒がいることもあり、敷居の高そうな店が多い商業地区に行くことへした。相手を見て態度を変えるぼったくり店があったら一泡吹かせてやろうと思ったのだ。
俺を代官に斡旋したミーツ爺さんがやってたことだ。とがめられる事はあるまい。
商業地区第一区にある「ギザンツ亭」に俺たちは入った。確かな料理人を雇い、大森林で収穫される肉料理をおいしいお酒と共に振舞ってくれるとの触れ込みだ。
「い、いらっしゃい、ませ……」
ノルド亭と同じく一階はオープンなテーブル席になっている一角に陣取った俺たちへ、年端も行かない女の子が酒を持っておずおずと歩み寄ってくる。
「んん??」
その外見に俺は思わず声を上げた。
「きゃっ!」
俺の声におびえたのか、女の子は俺たちに持ってくるはずだった酒を近くの客にこぼしてしまう。
「このガキ! なんてことしやがるんだ!」
酒をかけられた客の男は振り向きざまに女の子を平手打ちする。年端も行かない女の子は床に転げてしまう。
「くそっ!」
俺は思わず立ち上がろうとしたが、それを止めたのはサイラスだった。なんで止めるんだと言いそうになったが、彼の顔を見て思いとどまった。たぶん俺よりも怒りに満ちている表情だったからだ。
「あらら、これはとんだ粗相をいたしまして!」
店の裏から小太りの男が駆けてきて女の子を平手打ちした客に謝罪した。慇懃な物言いが非常に鼻につく。
「この子は最近仕入れた中でも格段に使えなくて、申し訳ありません」
店主と思しき男の言葉の中で、俺は聞き逃せないワードに気がついた。サイラスを見るが彼も同じようだ。無言でうなずいている。
「ああ、お客様。すぐに酒の代わりをお持ちします!」
店主は俺たちにも慇懃な謝罪をすると、泣きそうな顔をしている女の子を無理やり引っ張って店の奥に引っ込んだ。すぐにパシっと生々しい音と女の子の泣き声が聞こえてくる。
「サイラス……」
俺はたまらず彼に声をかけた。そこへ、さっきとは全然雰囲気の違う年頃の娘が出てきて、俺たちに酒を持ってきた。
「すみません。うちのガキが粗相をしたって聞いて……」
どうにか笑顔を繕って彼女から酒を受け取る。くいっとあおる。うん、まずい。今までで一番まずい酒だ。気分的に。
慇懃な店主にペコペコされながら店を出た俺たちはその足で、地獄耳のハルフを訪ねてノルド亭へ向かった。
「これはこれはお代官様!」
突然の訪問と俺たちの雰囲気を見て、ハルフは個室へすぐに案内してくれた。
俺はいささか興奮しているのでサイラスにギザンツ亭での出来事をハルフに話してもらった。
「ふむ、商業地区にある安価でサービスのいい店で時々あるのが、人買い人売りの店でございます。おそらくギザンツ亭もそのひとつかと……」
ここミートナ郡は生産が主産業ではなく交易都市だ。隣国や辺境から、あるいは首都方面から様々な人やモノが行き来する。そこに「人間」も商品として存在するというのだ。
「冒険者崩れや、行きずりの連中が産み落とした子供たちが日銭欲しさに親から売られる。ギザンツ亭みたいな、大商人が出入りする店で見初められ、首都の貴族に転売されるのです……」
人身売買ですら中間産業なのか。俺は横峰に連絡して今日にでもギザンツ亭に乗り込んでやりたかった。
が、それを止めたのが意外にもサイラスだった。
「旦那様、残念ながら、ノルドライド神聖王国には人身売買を禁止する法は存在しませぬ。よって旦那様が代官のお立場でギザンツ亭に踏み込むことはできないのです」
俺はテーブルを叩いた。
「くそっ! なんだよそんなのって! ふざけんな!」
代官って所詮、その程度の権限しかないのか。そりゃそうだ。中央政府が禁止してないことを勝手に代官が禁止するわけにはいかない。それこそ、前任みたいな専横になってしまう。だが、今回は明らかに人道的問題だし、俺はハルフやサイラスが考える以上に深刻に考えている。
「見てしまったんだよ。あの子の着てる服に書かれた名札……」
この二人だから言える。
俺の言葉をサイラスもハルフも待っている。俺は搾り出すように言った。
「あの子は日本人だ。名札の名前は、しげおかみさき。どこかはわからないが幼稚園のもも組の女の子だ」
俺の言葉に、お互い顔を見合わせる耳長族と人間族。彼らがピンと来ないのも無理はない。彼女が着ていたスモックには確かに日本語でそう書かれていたのだ。
その夜、ノルド亭に俺とサイラス、横峰にクーリエ、ハルフにクーメが加わり作戦会議が開かれた。神聖王国の法律上、今のところ、ギザンツ亭に関して代官所の兵士を動かすわけにはいかない。
「では別件でどうにかする他なさそうですな」
クーリエが開口一番言う。それを受けてクーメが提案してくれた。
「旦那様、ギザンツ亭の向かいにある空き家を接収してくださいまし。わたしたちの配下で始終見張ります。何かあれば横峰様が打ち込みを掛ければ……」
ナイスアイデアと思う。別件を確認次第、サイラスの配下が代官所に知らせて一斉に打ち込みだ。周辺のサポートは地獄耳のハルフが支援してくれる。
事情を話すと代官所の兵士もクーメの部下たちも快く役目を引き受けてくれた。
俺はありがたくて泣きそうになったが、すべてが終わった後まで我慢することにした。
しげおかみさき。一人の日本人女児を救い出すための静かな戦いがミートナ市でひっそりと始まったのだ。
初めて味わった中間管理職の壁、それ以上に感じた人情の絆
受身だった相沢が変わり始める・・・・・・




