第10話 小さな生存者@救出編!
初めて本気を出した? 相沢。
しかし周りの方がもっと本気だった!
果たして「しげおかみさき」の運命は?
ギザンツ亭の向かいにある空き家。正確には数年前まで居酒屋が入居していた二階家に俺とクーメはいる。俺たちの視線の先にはターゲットである忌々しい店がデンと構えている。ああ、爆破してえ・・・・・・
「旦那様、どうかご冷静に……」
盗賊上がりのドワーフ族が差し入れの酒を持って来てくれた。
「う、うん、すまん」
クーメがくれた酒をぐいっとあおる。そうだ。冷静になろう。普段、俺の言動に苦言をくれるのは横峰やクーリエだ。サイラスやクーメはその辺に言及することはない。彼らが言うって事は、今の俺は傍目に冷静でないと見えるのだろう。
「あの手の店で違法なことをやってそうなことって何があるんだろうな?」
俺はパソコンからメモっておいた食品衛生関連の項目を見ながらクーメに聞いてみる。
「ギザンツ亭は大森林産の肉が売りです。冒険者から原価以下で買い叩いている可能性は高いと思います」
「なるほどね、やっぱそっちか……」
クーメを召し捕った後、大商人には「適正価格」で大森林の産物を買い取るように通達を出してある。法外な安値で買い取ることはご法度だ。その現場を確認すればいいのだ。
頭でわかっちゃいるが、じれったい日々が過ぎていく。
張り込み開始から五日が過ぎた。俺は夜半、屋敷を出て差し入れの食い物と酒を空き家に届けた。別に俺がやる必要もないのだが、当番をしている横峰とクーリエに悪いと思ったんで自ら届けることにしたのだ。
今のところまだ代官所の兵士を動かせる段階じゃない、あくまで個人活動なんだからな。
「よお!」
二階の見張り部屋に行くと窓際に横峰しかいない。クーリエは階下で仮眠しているとのことだ。
「相沢さん、差し入れですね!」
装備こそ着けていないが迷彩服姿の横峰がうれしそうに言う。
「まあ、食おうぜ」
俺と横峰は酒と差し入れの食い物で腹を満たしつつ窓を見張る。
「こんな形で日本人と遭遇するなんてなあ……」
俺は思わずひとりごちる。横峰も思うところがあったのか酒をぐいっとあおる。
以前から思っていたが、こいつ華奢な感じだが酒はけっこうイケる口のようだ。
「災害派遣の訓練は受けてました。実際に富士の噴火で出動していろんな人を助けました。でも、こんなもどかしいのは初めてです……」
女性自衛官は顔を落とした。その小さい身体が震えている。思わず彼女の頭を撫でてしまう。
「絶対助けような、しげおかみさきちゃん」
「はい……」
短めだがサラサラと触り心地のいい黒髪が、日本人救出に高ぶる俺の気持ちを抑えてくれるのを感じた。クールに行こうぜ、クールにな。
翌日、大森林から冒険者の一団が大型獣を仕留めて帰還したとの情報が冒険者ギルドから入った。依頼者は、ギザンツ亭!
依頼を受けたのはノルド地区から移動してきて間もない初心者グループだ。当座の資金と経験稼ぎに受けた依頼だろう。
ギザンツ亭の腹黒さが噂どおりなら騒ぎになるはずだ。
昼過ぎ、冒険者一行と思しき三人がギザンツ亭前にやって来た。
「旦那様、来ました!」
転寝をしていた俺をサイラスが起こしてくれた。窓際に駆け寄ると、リーダー格らしい男が店員に取り次いで店主を呼んでいるようだ。
冒険者一行っていうが、二人は鎧を着た男、もう一人はローブに身を包んだ魔法使い風で、性別はよくわからない。どうも即席編成っぽい集団だ。
冒険者ギルドの情報によると、連中はノルド地方出身の若い冒険者とのことだ。辺境での商談など慣れていないだろう。
「やあ、大型獣を仕留めたそうですね!」
慇懃無礼なあの店主が店から出てきた。
「まあ見てくれ!」
リーダーは合図してもう一人の仲間が担ぐ大型獣を持ってこさせた。イノシシをさらに大きくしたような図体。左側面に矢が刺さっている。一撃で仕留めたのだろう。
だがその矢を見て店主は態度を変えた。
「あの矢、どうして刺さっているのですか?」
「え?」
店主の言葉に冒険者のリーダーはきょとんとしている。
「わたしの依頼は大型獣を持って来てくれという依頼です。矢で傷つけたものを持って来てくれとは一言も依頼していない」
うわ、因縁もいいとこだ。だが、冒険初心者は返す言葉を持ち合わせていないようだ。
「だ、だが、あんな大型獣、矢でも使って仕留めないと……」
「これだから新参者は困る。魔法使いがいるなら水魔法を使って氷にでも閉じ込めれば新鮮な状態で持ち込めるではないですか!」
完全に商品にケチをつけて買い叩くモードだ。
「こんなものでは報酬である異世界のガキはお渡しできませんな!」
鎧姿の若者二名が明らかに戸惑っている。世間の厳しさを知る瞬間だろうな。
だが、もう一人が黙っていなかった。
「みさきを、みさきを返せ!」
ローブ姿の人物がいきなり店主に襲い掛かった。肥満気味の店主だが、間一髪ローブの攻撃をかわす。
「先生! 先生!」
店主の大声で店から明らかに冒険者崩れの三人が抜き身の剣を持って現れた。どう見ても用心棒だ。これはどうやら穏やかではない。
「サイラス!」
「はっ! 心得ております!」
見張り部屋にいる俺が言うよりも早く、隊長は行動を起こしていた。監視している窓から表通りに飛び降りたのだ。飛び降りるや、驚くべき素早さで突然のトラブルにオドオドする冒険者と店主たちの間に割って入った。
「ちょっと待ってろ!」
タイムコールをかけながら、続いて俺もおっかなびっくり窓から地面に柱伝いに降りてサイラスに並ぶ。
「なんだお前ら!」
店主が凄みをきかせて言うが、俺たちは動じない。というかサイラスは動じない。
「お前たちの悪事、代官の相沢様がすべてお見通しだ!」
「な、なんだと! あの時のお客が……」
ようやく、飛び降りれずに柱を伝い降りて現れた俺を代官と認識したみたいだ。
こりゃたいしたこともなく片付きそうだな、と思った刹那。俺の横を誰かが駆け抜けた。
それが誰かを確認する間もなく、そいつは店主に駆け寄ったが、反射的に抜刀した用心棒の剣であっさりと袈裟懸けにされた。
「お、おい! 何やってんだよ!!」
突然の惨劇に思わず叫ぶ俺。サイラスはホイッスルを吹いて近隣に待機する横峰たちに合図していた。
「神妙にしろ!」
四方八方から出てくる代官所の兵士たち。
俺はそれぞれ捕縛される店主と用心棒をよそに、斬られて倒れるローブの人物に駆け寄った。
「しっかりしろ!」
フードを脱がせて顔を見た瞬間、言葉を失った。
セミロングの髪は茶色だが頭頂部は黒い、剃った眉毛が薄いのが印象的な女。首や手にはネックレスやブレスレッドが光っている。
いわゆる、スッピンのギャルママだ。
まさか、冒険者の一人が日本人だったなんて……。
「あ、あなた、日本人??」
自分を抱きかかえる俺を見て、女が問いかけてくる。俺は言葉が見つからずに黙ってうなずくことしかできない。
「わたしは、重岡綾香。娘の美咲がこの店にいるの」
「…知ってる」
どうにかそれだけ答える。
「あの日、この街に美咲とたどり着いて、食べるものも寝るとこもなくて、わたしはあいつに美咲を預けた。依頼をこなしたら美咲を返すって約束で……、でも、でも……」
苦しげに言う女は咳き込みながら血を吐いた。吐血しながらも、俺のスーツのすそを信じられないくらい強い力で握ってくる。
「もう、ヤバい・・・お願い、美咲を、美咲をお願いします……」
すがりつくような表情で迫ってくる女に俺は何も言えずにいた。だが、そこにサイラスが駆け寄ってきて、女の手を握った。
「承知した。美咲殿のことはわたしが守る、安心しなさい」
彼の言葉を聴いて安堵したのか、俺のスーツをつかむ手の力が急速に緩んだ。
生き残った冒険者の話によると、重岡綾香は娘をギザンツ亭に預けた後、冒険者ギルドを訪ねたらしい。そこで連中と出会い、店主の依頼である大型獣の捕獲に出かけたとのことだ。冒険者としては何の知識も技術もないまま。
この世界で娘と暮らすために、当面の寝食を娘に提供するために。
そして、仕方なく預けた娘を取り返すためだけに、彼女は文字通り命がけの旅に出て、生きて帰り、最後は依頼主の裏切りで死んだのだ。
冒険者達の命がけの冒険で得た産物による中間産業で成り立つミートナ郡では「ありがちな悲劇」らしい。
「クーリエ、ギザンツ亭の店主の罪状はどう思う?」
引き上げた代官屋敷の執務室で俺は執事に問う。
「人身売買については国の罰則がない以上問えませぬ。ただ、旦那様の布告に対する違反と過剰防衛については禁固二十年が適当かと存じます」
「わかった、ギザンツ亭の店主は禁固二十年。母親を斬った用心棒も同じく。取り巻きは禁固十年でいこう……」
俺の決定を書類にしてクーリエは一礼してから退出した。俺は酒をあおると頭を抱えた。
釈然としないのだ。これでギザンツ亭の店主を死刑にしても意味がない。一体どうすればよかったのか、考え付かない……。
「失礼します」
と、ドアがノックされ、サイラスが入ってきた。うなだれる俺の前に立ち、いつものように一礼する。
「実は旦那様にお願いがあって参上いたしました」
「どんなお願いだ?」
正直、俺はもう今日は何も考えたくない気分なのだ。そんな空気を読めないサイラスはもじもじして次の言葉を発しない。
「その、なんと言いますか……」
「なんだよ?」
思わずつっけんどんな言い方をしてしまう。それを聞いてサイラスが思い切って打ち明けた。
「重岡美咲殿を自分の養女として迎えたいのであります! 本人も承諾しておりますので後は旦那様の許可をいただければいいかと……」
そういうサイラスの背後から、幼稚園のスモッグ姿の美咲が顔を出して俺の表情をうかがっている。保護された美咲はサイラス邸ですごしているって聞いてはいたが…。
「つか、小さい子供を育てるの大丈夫なの?」
「はっ! 我妻には子供がおりませんゆえ、妻も大歓迎との事であります!」
ダメって言う理由がないじゃん!
こうして日本人遭難者、重岡美咲はミートナ郡大隊長サイラスの養女となった。あの子をこれからどうしようか、俺と横峰の子供として育てるか? なんて考えてた俺っていったい・・・・・・orz
数日後、ミートナ市を見下ろせる小高い丘にある墓地。美咲の母親を埋葬した墓に俺たちはいた。
「初めて見つけた遭難者だったが、まさかこんな形で死人を出すなんてな……」
正直やりきれない。横峰はそんな俺の肩をぽんと叩いてくれた。
「災害派遣なんてこんなもんじゃないですよ。それよりも生き残ったあの子のことを考えましょうよ」
彼女の視線の先、サイラスと一緒に母親の墓に合掌する美咲。俺は本人の意思を再度確認したいと思い、彼女のところへ歩いた。
「美咲ちゃん、本当にサイラスおじさんのところで暮らすかい? お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に代官屋敷で暮らしてもいいんだぞ?」
極力目線を下げて、優しく言ったつもりだが美咲はサイラスの陰に隠れた。
「だってお兄ちゃんは昼間っからお酒ばっかり飲んでクーメさんと出かけてばっかだし、お姉ちゃんは兵隊さんといっつもおっかないことしてるからヤダ! あたしサイラスおじさんと一緒に暮らす方がいい! おばさまも優しいし、ご飯もおいしいもん! あ、でもクーリエさんはいろいろ世話を焼いてくれるからクーリエさんをサイラスおじさんの家で働かせてよね!」
このガキ、意外と俺たちのことを観察していやがる。だがここで美咲を怒るわけにもいかず、彼女の頭をポンポンと撫でることしかできなかった。
「そ、そうか……」
美咲に答える俺の笑顔はたぶんというか、絶対引きつっていると思う。横峰は女子力を完全否定され落ち込み、サイラスは苦笑い。側で控えるクーリエはバツの悪そうな顔をしている。
子供なりに大人を見てるってことだ。俺は再び、彼女の頭に手をやってちょっと強めに撫でてやる。強めなのは先ほどの意趣返しだ。
「まあいいよ。サイラスおじさんをあまり困らせるなよ!」
そういう俺に美咲は笑って答えた。
「時々はお兄ちゃんたちの様子も見に行ってあげるから安心してよね!」
どうやら、この幼稚園児の方が俺よりも一枚上手らしい。
ノルドライド神聖王国の辺境に位置するミートナ郡代官所。
これからは小さいけどしっかりしたお目付け役がつくことになりそうだ。
これで(仮称)「OJT編」は終わりです
次回からは、実践編が始まります!




