第3話 代官就任!
ミーツ爺さんこと、ノルドライド神聖王国の前国王ミーツ・パウ・ノルドライド陛下が下した言葉はあまりに突拍子もないものだった!
転職希望のサラリーマン相沢はついに転職先をゲットする!
「ねえねえ、ちょっとさあ……代官やんない?」
普通に生活していてまず絶対に言われないであろう言葉が俺に投げかけられていた。
まるで週末の飲み会に呼ばれるくらいのテンションで言われたわけだ。当然頭がフリーズする。
俺はこれだけ言うのがやっとだった。
「すいません、もう一回言っていただけますか?」
ミーツ・パウ・ノルドライド前国王陛下はニコニコしながら同じ言葉を俺に投げかけた。
「この地方の代官をやってみらんか、と聞いておるんじゃ」
普通代官ってそれなりの人がそれなりの手続きでなるもんじゃないのか? 俺みたいなそもそもこの世界の人間でもないのが明日からなっていいものなの?
前国王陛下は俺が考えていることがわかるようで言葉を続けた。
「心配いたすな、倅……現国王にはわしの名前で書状を出すゆえな」
そう言って指を鳴らす。
と、前国王陛下の傍らに銀髪の冒険者風な衣装を着た女が不意に現れた。きれいな顔立ちだが、耳がとんがっている。耳長族と呼ばれる人種のようだ。
それにしても、忍術でも使ったような登場の仕方だ。
「ではシルビエット頼むぞな」
「はっ! ご隠居!」
そんなやりとりを交わすと銀髪の女は登場と同じくらい不意に消え去った。
俺の頭の中によぎるのはかの有名時代劇に出てくる、かげ○うお銀のイメージだ。
「さて、相沢殿、どうするかね?」
前国王が再度俺に問いかけてきた。
結果、俺の答えは「イエス」だった。
このわけのわからない世界での生活基盤はおろか、命の危険さえ回避できない現在の状況から脱出できるなら何でもよかったのだ。
日本では大厄災で経済活動はほぼ停止していて、転職先もままならないのだ。それにこの世界に俺たちと同じように飛ばされた日本人がいるなら助けたい。それにはある程度の権限とマンパワーが必要不可欠だ。
なんとも合理的とも非合理的ともいえる根拠で決断したわけだが、横峰は意外な反応を示したのだ。
「じゃあ、わたしは副代官ってことですか? やった!! 夜の街を跋扈する盗賊どもをばっさばっさと……、リアル平蔵様できるんだ!」
俺ですら戸惑った世界観をこの女性自衛官がすんなり許容している理由がちょっとだけわかった気がする。
こいつ、たぶん時代劇マニアだ。平蔵様だなんて普通の女の子からは出てこない固有名詞だからな。まあ、それはそれでいい。女性のメンタルケアなんてとても俺にはできないからな。
ともあれ、ご都合主義的な俺の代官生活が始まったわけだ。
翌朝、前国王陛下ご一行を街の城門でお見送りした。
「それでは皆、達者でな」
なぜか借金のかたに娘を手放した親子も一緒にお見送りということになっている。
このあたりの話の進み方が非常に日本人的に言うと「ありがち」なのが気にかかると同時に胡散臭いのだ。
「相沢殿、横峰殿、くれぐれも頼むぞ」
陛下はそっと俺たちに耳打ちして旅立って行った。
どこの世界でも転職したらまず最初に行われるのはOFFJTらしい。
前国王、もうどっか行ったから爺さんでいいか。ミーツ爺さんは俺たちのために先生を用意してくれていた。
「相沢様、代官ご就任おめでとうございます。わたくし、筆頭執事のジョシュ・クーリエと申します」
穏やかな雰囲気をまとった燕尾服ともスーツともつかない服装にほっそりした体つき、そして銀髪に長い耳。耳長族ってのではなければ日本でもいそうな執事らしい執事だ。
ミーツ爺さんご一行をお見送りした後、代官屋敷に戻った俺と横峰は彼に案内されて中庭のテラス席に座っているのだ。
そこに座る俺たちの目の前にあるテーブルには一枚の地図と分厚い本が置かれている。
「それでは新任の代官様へ、わたくしから少々お耳に入れる事柄がございます」
クーリエが恭しく俺たちに頭を下げた。
筆頭執事クーリエの「少々」は優に六時間の長丁場におよんだ。俺たちがこの世界のことを知らなさすぎていろいろ質問しすぎたのかもしれないが、それでも彼はいやな顔ひとつせずに答えてくれた。
俺にもこの世界のことが少しずつだが把握できてきている。
ノルドライド神聖王国は東大陸と呼ばれる場所にある大国であるらしい。そして俺が代官を命じられたのは王国内のミートナ郡。隣国のエストライド公国との国境にまたがる大森林近く。いうなれば辺境である。
ノルドライド神聖王国の首都ノルドは東大陸のやや内陸に位置する。ミートナ郡はさらに東方の内陸にあたる。東大陸は西側に海岸地帯があるようだ。
さて、ミートナ郡だが、人口は代官屋敷のあるミートナ市が六万人。郡全体で十万人程度。領域の広さは地図が不正確で何ともいえないが、おおむね東京二十三区くらいの広さのようだ。
主要産業は大森林の木材。大森林に分け入る冒険者たちの戦利品交易による商業収入。国境警備を行う王立騎士団の駐屯地収入だ。中央政府の補助金に天然資源、人的往来。まあ、比較的豊かな土地であるといえよう。
食料自給率に関しても海産物が手に入りにくいこと以外は問題ないようだ。
次にこの地域の問題点。
辺境ゆえの治安悪化。国境警備の騎士団はいるが基本的に隣国との出入りは国境監視があるわけではなく自由。大森林を目指す冒険者も戦利品を得られぬまま流浪の民と化す連中が多い。というわけでミートナ市周辺では冒険者崩れの盗賊が跋扈してる状況だ。
また国境も近いことから俺たちみたいな人間族、職人気質なドワーフ族。魔術を使う耳長族など多様な人種がいることから種族間紛争も多いという。
長時間にわたるクーリエの講義を終えて、俺と横峰は代官屋敷のダイニングルームでぐったりとしている。
「で、相沢さん。明日からどうします?」
先ほどまで講師役だったクーリエが持ってきたお茶を飲みながら横峰が聞いてくる。
紅茶に似た味でリラックス効果があるとかないとか。まあ、我々の口に合う味だ。
「俺たちみたいな日本人がいるかもしれないんで捜索隊を出す。それと同時に治安対策だろうな。ミーツ爺さんに出会った俺たちはラッキーだ。こんなところにわけもわからず放り出されたら誰だってたまんないだろうな」
俺の言葉に横峰が顎に手をやって考えるようなしぐさを見せた。
「相沢さん、明日からわたしちょっとやりたいことがあるんで何日か別行動でいいですか?」
「いいけど、何?」
「ううん、治安対策はわたしの専門でしょ!」
言われてみればその通りなので俺は別段反対はしなかった。
翌日から横峰は朝早くから出かけるようになった。
一方の俺は代官屋敷のテラスでぼーっとしていることが多くなった。中庭のテラスは城壁に囲まれた代官屋敷にでも日光が長時間降り注ぐように工夫された造りになっている。
「旦那様、ワインのお代わりです」
クーリエが日向ぼっこする俺に声をかける。
「ああ、ありがとう」
いきなり代官をやれって言われても実際問題、何をしたらいいかわからない。ミートナ郡は総じて豊かな土地らしいし何もしなくても税収が入ってくるのだ。
お金の心配がないニート。今の俺はそういえるかもしれない。だが元来貧乏性なのかアクティブなのか、こういう生活を数日続けるとどうにかなりそうだ。
「なんか面白いことねーかなー?」
ワインをすすりながら思わずぼやいてしまう。
俺の言葉に常に背後に控える筆頭執事が反応した。
「旦那様、代官ご就任から数日たちまして街も落ち着きを取り戻しております。一度巡察に出られてはいかがでしょう?」
「おっ! いいね、それ! 行こう行こう!」
早速出かけようとスーツの上着を手にした俺にクーリエが立ちふさがる。
「旦那様、お出かけは今しばらく」
え? 巡察に行けばって言ったのは自分じゃんか。
「ただいまよりご出立の支度をいたします。今しばらくお待ちを……」
そう言ってクーリエは恭しく俺に頭を下げて屋敷に戻って行った。
あ、横峰はどうしよう? あいつ今日も朝からどっかに出かけたままだ。まあいいだろう! 俺だけでも市中巡回くらいできるだろうしな。
転職した直後って、ワクワク感があるけど
何ができるかって何もできずに、手持ち無沙汰になるんですよね~@経験談w