00.1年後の少女
これもプロローグの一つです。
私は生まれ落ち、能力を使ったその瞬間から罪をその背に背負っている。
罪を犯し続けた私は、罪を強いられるその環境から抜け出せたけど、また一つの罪を負った。
己の油断のせいだった。
❀☾❄❀☾❄❀☾❄❀☾❄❀☾❄
―――ねぇちゃ……
がばっと起き上がる。
汗が流れて流れて止まらない。
「紗有沙……っ。」
己の体を抱きしめうずくまる。
たった一人の私の妹。
あの子は、もういない。
何時殺されたのだろうか。
どんな方法で殺されたのだろうか。
きっとあの男はあの子も使ったんだ。
あの子は短命だから能力を使ってはいけなかったのに。
「……ふぅ。」
そっと息を吐き出す。
これ以上はだめ。
鈹柴利刀がつかまったあの日から1年近くたった。
私は、旅をしている。
けれど、今なお私はあの日に捕らわれたままで。
逃れられない憎悪という鎖につかまっている。
「大丈夫、大丈夫……。」
自分に言い聞かせるようにして呟く。
私は、あれから能力を使うのをやめた。
もともと、使ってはいけないものだから。
多分残りの寿命は500~600年。
まだ、寿命はかなり残っている。
一つのところにとどまれない私は様々な場所を転々と過ごしている。
今私が住んでいるのはリディアーラ王国の山間部に存在するティアザ村。
豊かな水のおかげで作物が良く育つ、住人も優しいあたたかい村だ。
キイィ
少し立てつけの悪い窓を開ける。
今日は、晴れている。
「……洗濯干せるかな。」
雨が降ったら家に入れよう。
そう思いながらベッドから這い出して服を着る。
階下に降りて台所に立ち、作物を保存している蔵から出してきたもので朝ご飯を作る。
「うぅ……お腹減った……。」
調理していると、階上から人が下りてきた。
「おはようございます、嶐漸様。今日はお早いのですね。」
「おはよ、姫癒樹。」
階上から降りてきたのはこの村の薬師であり、私を拾った変……恩人である。
「姫癒樹?今何か僕の悪口言わなかった?」
「気のせいです。」
なんでわかるのかは気にしない。
「姫癒樹、今日は……。」
嶐漸様が何かを言おうとしたとき、コンコンとドアがノックされた。
「はい、ただ今参ります。」
話の途中だったが、後に回すことにしてドアに向かう。
ドアが静かに開く音が嫌に耳についた。
「み つ け た。」
ぞわっと身の毛がよだつような声が聞こえた。
目がうつろな男。
私はその男に見覚えがあった。
男は、私の最後の依頼者。
生き返らせなかった『お客様』の恋人。
あの人たちが入ってきたとき、この男は鈹柴と話をしていた。
私に会った後、商談を始めるために。
その最中にあの人たちが踏み込んだ。らしい。
私はその時すでに心を仮死状態にしていたからあまり覚えてないけどそんなことを言っていた気がする。
うす紫の髪の男が。
そして、この男は鈹柴とともにつかまったはずだ。
「ど、して……。」
「姫癒樹?」
ドアを開けても誰も戻ってこないのを不思議に思ったらしい。
「逃げて!!」
思わず叫んだ。
だが、男の動きは早かった。
ガキィィィン
それと同じくらい嶐漸の行動も早かった。
二人は切り結ぶ。
「やめて。あなたの目的は私でしょう!?その人は関係ない。」
だが、その声が聞こえていないかのように二人は切り結び続ける。
「姫癒樹、これは誰?」
「そんなのどうでもいいから、今すぐ逃げてください!!」
私のせいだ。
私があいつらがつかまったから安心して足取りを消すのを怠ったせい。
「でもね、僕逃げることきらいなんだよっ!!」
はたから見れば嶐漸が押しているように見えるだろう。
しかし、実際押しているのはあの男の方だ。
「命がなければ何もできないでしょう!?お願いだから逃げて…。」
「嫌だよ。それより、姫癒樹。」
「なんですかこんな時に。」
「君こそ逃げるべきだよ。」
なんでこの人はこんなに優しいのだろうか。
私を拾ったときも。
私をこの家においてくれた時も。
私がこうして厄介事を持ち込んでも。
あなたはただ私を気遣う。
あの日の記憶から少し気をそらせるようになったのはきっとこの人のおかげ。
「嶐漸様!!」
つうっと血が嶐漸の頬を伝う。
「大丈夫だよっと。」
「……ふむ。」
男がにやりと笑う。
背筋が凍る。
あの男は、いきなり方向を変えて私に向かってきた。
「っ!?姫癒樹!!」
動けなかった。
ここで殺されるのもいいかなと思ったから。
長い時を生きるのは疲れるし。
厄介事を持ち込んだ私が死ねばこの人はきっとまた元の生活に戻れる。
だったらいいかなって思った。
――決して、彼を死なせるつもりはなかった。
「嶐漸様!?」
動かなかった私を庇うように前に立ったのは嶐漸様だった。
彼を貫通した剣。
血が、流れる。
ヒュッ
剣が彼から抜かれると同時に彼が崩れ落ちた。
「りゅ……ぜん、さま…?」
どうして。なぜ。
そればかりが頭を占める。
私に、あなたが庇うほどの価値はない。
「嶐漸様!!!」
やだ。
いやだ。
「ああ、これで邪魔は消えた。
――――――さぁ、行こうか。梨乃華を、呼び戻しておくれ。」
狂った男が私に手を差し伸べる。
「…ゃ。」
でも、私にそれを聞く余裕もその手を取る余裕も、敵を撮る余裕もなかった。
「いやあああああああぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!」
私が滞在したせいで起きた、私の罪。
この能力のせいではない、私の罪。
(嶐漸様。)
この人を死なせたくない。
そう、強く思った。
ふわふわと揺れる薄紫の髪。
私を優しく見つめた紫紺の瞳。
この人を失いたくなかった。
「いやぁ。」
無意識だった。
強烈な光が私たちを包んだ。
その後のことを私は知らない。
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この日、リディアーラ王国シシャル山で強烈な閃光が発生した。
光はひときわ強く輝いた後現れた時と同じく唐突に消えた。
1936年青春3日のことだった。