第九十九話 舟の割り振り
五月の終わり、中腹の石垣に、表の石が揃った。
最後の石が据えられた日、宗兵衛は石垣の下に立って見上げた。大人の背丈の倍ほどの高さに、大きな石が隙間なく並んでいる。その裏には、荷車で運んだ小さな石が、何千と詰まっているはずだった。表からは、一つも見えない。
石工の頭が、手の泥を払いながら隣に来た。
「わしは、この普請を引き受けた時、夏までには無理じゃと思うておった」
頭は石垣を見上げたまま言った。
「石を切るのは、わしらにはできる。だが、運ぶのは、わしらにはできん。運ぶ者がおらねば、切った石は山で寝ておるだけじゃ」
それから、少し離れた所で修羅の綱を巻いている平六の方を顎で示した。
「あの男の修羅がなければ、まだ半分も積めておらなんだ。お主の組には、いい荷駄の者がおる」
宗兵衛は頭を下げた。
「平六に、そう言ってやってください。俺から言うより、頭から聞いた方が喜びます」
頭は鼻を鳴らしたが、やがて平六の方へ歩いていった。何を言ったのかは聞こえなかった。だが、平六が綱を取り落とし、慌てて拾い上げるのが見えた。
その夜、修理亮が組の者を集めた。
修理亮は石垣の普請が済んだことを短く労った後、平六を前に呼んだ。
「平六。今日から、荷駄の小頭を務めよ。弥吉の下につけ」
平六は板の間に額をつけたまま、しばらく顔を上げなかった。
去年の正月、東の門の持ち場を外れ、謹慎を命じられた男だった。宗兵衛はそれを書付に書いていた。そして今夜、その同じ書付に、新しい一行を書き足した。平六、荷駄の小頭。修羅の功。
修理亮は続けた。
「次の話じゃ。殿は、七月に小牧山へ移られる」
広間に、低いざわめきが走った。
「家中の者は、それぞれ家財を運ぶ。清洲の町人どもも移る。そして、わしらの組には、もう一つ仕事がある」
修理亮は宗兵衛の方を見た。
「組の兵糧を、小牧山の蔵へ運ぶ。宗兵衛、段取りを組め」
翌日から、宗兵衛は清洲と小牧山の間を歩いた。
殿が言った通り、小牧山の麓近くまで川が来ていた。清洲から舟に米を積めば、陸を運ぶよりずっと楽に麓まで届く。荷車なら四人がかりで一台、舟なら二人で荷車何台分も運べる。
だが、舟の数には限りがあった。
弥吉が、川筋の舟持ちを一人ずつ訪ねて数えてきた。
「この川を上れる舟は、清洲の近くで集めても二十艘がいいところじゃ。夏は水が減る。浅い所では、舟から荷を下ろして担いで越さねばならん。米を満載にはできん。七月になれば、家中の者も町人も、皆が舟を欲しがる。わしらの組の米を運ぶ舟など、回ってはこんぞ」
宗兵衛は弥吉の話を一つずつ書き取り、それから数を並べた。家中の家財。町人の荷。各組の兵糧。それを七月の引っ越しの頃に、二十艘の舟で運ぶ。何度勘定しても、舟が足りない。足りない分は、陸を荷車で運ぶことになる。夏の道を、重い米俵を積んで。
宗兵衛は、勘定の手を止めた。
米は、運ぶより先に置いておくもの。
藤八から聞いた、殿の独り言だった。
その夜、宗兵衛は修理亮の屋敷へ行った。
「米を、先に運ばせてください」
修理亮は書付から顔を上げた。
「先に、とは」
「六月のうちに、組の兵糧を小牧山の蔵へ運びます。七月になれば、舟は家財と人で埋まります。米だけでも先に運んでおけば、七月の舟は家財に回せます」
「わしの組だけが先に運べば、他の組と舟を取り合うことにはならんのか」
「六月なら、まだどの組も舟を使っていません」
修理亮はしばらく黙っていた。
「お主の言う通りにすれば、わしの組は楽になる。だが、他の組は七月に舟を取り合うことになる。それは変わらん」
宗兵衛は言葉に詰まった。
修理亮の言う通りだった。自分の組の米だけを先に運べば、自分の組は助かる。だが、それで家中全体の舟が足りるようになるわけではない。
宗兵衛は書付の頁をめくり、もう一度勘定し直した。それから、顔を上げた。
「では、全部の組の米を、六月に運べばいいと思います」
修理亮の眉が動いた。
「各組が兵糧の数を出し、それに合わせて舟の日を割り振ります。六月のうちに米を運び終えれば、七月の舟は全部、家財と人に使えます。それなら、足ります」
「誰が、各組の数を集めて、舟の日を割り振る」
宗兵衛は答えなかった。答えられなかった。
それは与力の仕事ではない。修理亮の組の勘定なら、自分がやればいい。だが、家中のすべての組に兵糧の数を出させ、舟の日を割り振るのは、殿の命がなければできないことだった。
修理亮は書付を手元に引き寄せ、黙って読んだ。
「殿に申し上げる」
修理亮はそれだけ言って、書付を閉じた。
三日後、修理亮が宗兵衛を呼んだ。
修理亮の前には、一枚の紙が置かれていた。殿の奉行衆から回ってきた触れだった。
各組、兵糧の数と、蔵へ運ぶ日を、六月十日までに書き出すこと。舟の割り振りは、それをもとに定める。
宗兵衛は触れの文を読み、それから、触れに添えられたもう一枚の紙に目を止めた。
兵糧の数の書き出し方が、書かれていた。俵の数。運ぶ日。荷駄の者の数。道中の目減りの見込み。
見覚えのある書き方だった。去年、美濃から戻った後、殿の命で全組の荷駄の帳面をまとめた時に、自分が作った書式だった。
「殿は、何か仰いましたか」
宗兵衛が尋ねると、修理亮は首を横に振った。
「何も仰らなんだ。わしの話を聞いて、奉行を呼ばれた。それだけじゃ」
修理亮は、触れを宗兵衛の方へ押しやった。
「各組から集まった数を、奉行衆が割り振る。お主の名は、どこにも出ん」
「はい」
「それでよいのか」
宗兵衛は少し考えてから答えた。
「米が先に着けば、それでいいです」
修理亮はしばらく宗兵衛の顔を見ていたが、やがて、ふっと息を吐いた。
「そう言うと思うた」
屋敷を出ると、門の前の通りで、藤吉郎と行き会った。
藤吉郎は、宗兵衛が今読んだのと同じ触れを手にしていた。宗兵衛の顔を見るなり、触れに添えられた紙をひらひらと振ってみせた。
「宗兵衛。この書き方、わしは見覚えがあるぞ」
「……そうですか」
「去年、美濃から戻った後に、わしもこの書き方で帳面を出させられた。お主の作ったものじゃろう」
宗兵衛は答えなかった。藤吉郎は紙を眺めながら、にやりと笑った。
「お主の名は、どこにも書いておらんな」
「書くようなことではありません」
「損な男じゃのう」
藤吉郎はそう言ってから、少し真顔になった。
「だが、わしの組の米も、これで六月のうちに蔵に入る。七月に、夏の道を俵担いで歩かずに済む。わしの組の荷駄の者どもは、喜ぶじゃろうな」
藤吉郎は紙を懐にしまい、歩き出しかけて、振り返った。
「借りの勘定は、また分からんようになった。……まあよい。わしはしつこい男じゃ。そのうち、きっちり数えて返す」
藤吉郎の背中が通りの角に消えるのを見送ってから、宗兵衛は歩き出した。
門の脇で、佐吉が待っていた。
宗兵衛は書付を開き、その日の一行を書いた。
六月、全組の兵糧を先に運ぶ。舟は奉行衆が割り振る。
佐吉が横から覗き込み、首を傾げた。
「宗兵衛様。宗兵衛様の考えだったことは、書かないのですか」
「書かなくていい」
宗兵衛は書付を閉じた。
「舟を漕ぐ者の名は、書く。米を担ぐ者の名も、書く。俺の名は、俺が覚えていれば十分だ」
【あとがき】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。今回は、小牧山の石垣の普請が一段落し、引っ越しの段取りに入る話でした。『信長公記』には、小牧山は麓まで川が続いていて、家財を運ぶのに便利だったと記されています。信長が小牧山に移ったのは、永禄六年の七月頃と考えられています。ただし、各組の兵糧を先に運ばせた話や、舟の割り振りの話は創作です。宗兵衛は、修理亮に「自分の組だけが助かるのでは意味がない」と指摘され、考えを改めました。その結果、宗兵衛の名はどこにも出ないことになりましたが、本人はそれで構わないようです。平六は荷駄の小頭になりました。面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります。




