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バイトと召喚命令事案②


 校門前の広場から一歩越えると、膝がよろめいた。全身を風の中に入れば、身体の横から壁が押し付けられているようで立っているのもやっとだった。コートがあっても、小石が叩きつけて痛い。息も苦しい。それでも少年を助ける為には、前に進むしかない。

 摺り足でつむじ風の搭の側まで来ると、薄暗い茶色の壁に体が引き寄せられる。腰を屈めて、さらに前に足を出した。

「うお……!」

 腰回りから後ろに引っ張られ尻餅をついた。後ろを振り向くと、ピアスの女性隊員がロープを右手で引っ張り、左手で透明な防護マスクをおさえていた。気分が悪そうだ。私は彼女に一言断って肩に触れる。彼女をしゃがませて続く後ろも見てみると、砂で霞む隊員の顔色が悪い。私は後ろに伝わるように声をはる。

「すこし停滞しましょう!皆さんは出来るだけ私の側に集まって!」

 魔素暴走救助で一番の障害は、放出される魔素そのものだ。他人の魔素を浴び続けるだけで目眩を起こし失神する。物凄く眩しいので、火災のなかに踏み込むような怖さがあるらしい。

 少年はどれだけ飲んだのだろう。隊員の様子を見るに、瓶一本すべて飲んでいるかも。隊員の肩をさすって離れた黒い影を見ていたら、木の枝が肩にぶつかった。

「いっ……たぁ」

「大丈夫ですか……出血は」

「あり、ません。大丈夫です。貴方は息を整えて」

 明るく答えて女性の肩をさする。痛いけど、頭に直撃しなくてよかった。隊員が集まってきたのを確認すると、私は少年がいるはずの黒い影に足を向けた。

「私のところのロープを伸ばしてくれますか?先行します」

「許可します、頼みました」

 隊員たちを残して一歩、また一歩、と風に向かう。進むほど風が強まり、次第に少年の影も見つけられなくなった。

「どれほど進みましたか!」

 ロープを頼りに振り返る。「四十です」と風の先から返ってきた。急ごう。

「私の異能範囲に患者が入ったら、風だけは止みます!落下物に注意してください!」

 返事を待たずに地面に靴を擦り付けて進んだ。二メートル圏内に入れば、収まるはずだ。不意に足が浮きそうになったとき、風が凪いだ。範囲に入った、少年は何処だ。ヘルメットにふる砂の雨をやり過ごしたら、足元に倒れた少年を見つけた。

「ジェイン君、大丈夫ですか!大丈夫ですか!」

 左肩を下に倒れて、少年の手足に力は入っていない。肩を強く叩いて名前を呼んでも虚ろな目のまま、反応がない。手袋を外して首に指を当てると、脈が速く打っている。胸に中指の山を強く押し付けても苦しむ様子もない。少年の顔に耳を近づければ、弱々しい息が耳たぶをなでた。

 もう一度肩を揺らすと突然、手足を震わせながら湿った咳をした。わずかに開いた口からこぼれ落ちた液体は、確認した瓶のポーションの色と似ていて、つんとした臭いが鼻をうった。

 吐き戻しているなら、口の中の物を出させたい。でも、私には処置の権限がない。ロープがつながった方を向けば、窓ガラスが割れた校舎がよく見えた。集まっている隊員たちに現状報告をする。

「吐き戻しています!こちらに反応なし、頻脈で呼吸が浅いです!処置を!」

 隊員たちは動き始めるが、足元がおぼつかない。風は止んでも魔素濃度が高いままだ。少年の左手を握って魔素分解をしながら急かすしかない。早くと空いた手で呼んでいたら、小隊長がカラビナを外して走った。

「うぅ……!」

「深呼吸して、しっかり息を吐いて」

 辿り着いた小隊長は、私のそばで両膝をつく。防護マスクの下には汗が滲んで、僅かに見える口は歪んでいる。深呼吸の様子を見ているだけだった私に、小隊長は右の手のひらをあげた。

「これから処置を始めます。……離れて頂けますか」

「了解です。無理はしないでください」

「もちろんです」

 頷く小隊長に、笑みをかえす。残る隊員たちも、足をふらつかせながら集まってきた。まだ魔素の発散をしていて、黒眼鏡があっても眩しいはず。やはり救急隊にいる人たちは忍耐と勇気をかねそなえた人たちだ。処置の魔法具に触れないように、倒れた少年からそっと離れた。

 隊員たちが処置にあたると呼吸も安定し、拘束箱に入れられて少年は病院に搬送された。通報から搬送まで、一時間と二十分の早期解決だった。

 対抗薬は、打たずに済んだ。異能で過剰な魔素の大半を分解できていたらしい。私のおせっかいは小隊の雰囲気を悪くしただけで、申し訳なく思った。校門の前で少年が乗せられた車を見送ると、小隊長たちが大きなため息をつく。

「任務、終了ですね」

「疲れた……」

「死ぬかと思った」

 肩を丸めて言う彼らの中から、小隊長が歩み寄ってきた。

「貴方の尽力がなければ、ここまでの短時間での終息はできなかったでしょう。ご協力、感謝します」

「力になれて、何よりです」

 差し出された彼女の右手を握り返す。すると、小隊長は呻き声をあげて倒れた。

「エイレン小隊長?!」

 新人と呼ばれた隊員が小隊長を受け止めると、彼女は手をあげて無理矢理の笑顔を作った。

「魔法が切れた、だけです」

「てめえ、なんてことしやがる!」

 私ははっと息を呑んだ。

「手袋……本当にすみません!」

 素手で小隊長にさわってしまった!あわてて借りたコートを脱ぎ、白コートと手袋をしっかり着込んで、地面に正座で小隊長を見上げる。

「魔術に支障ないですか?魔法具とか、壊していたら……!」

 身体強化魔法を使っている時に魔術回路を壊されると、一週間は体が痛い。涙目の友人につらつらと説教されたときを思い出して、めまいを覚えた。なんとかこらえ、頭を低く下げる。

「本当に申し訳ありません!」

 地面に額をつけて謝る。しかし、怒号がふってきた。

「何度も迷惑かけやがって、二度と来るな!魔術に出来ない異能者が!」

 新人の隊員の声で喉が締め付けられる。世の中では魔素を制御してあたりまえ、魔法を使うだけなら半人前、自作の魔術を使えて一人前なのだ。半人前にもなれない私は、言葉の槍を受けて縮こまる事しか出来ない。

「やめなさい」小隊長が諫めるが、止まらない。

「全治一週間以上の怪我ですよ?!こういう奴らは、東の異界門の奥で」

「やめろ。暴言で謹慎したいのか」

 頭を下げ続けていたら無人車がやって来て、「帰れ」と後部座席に押し込まれた。バイト先の住所を登録してあるのか、車はすぐに動き出す。ひとりになった車内で頭を抱えた。

 本当に気がまわらない。彼の言う通り、自分の異能を自覚できる生活に身を置くべきかかもしれない。

「トウチャクシマシタ」

 気が付いたら製薬所の入り口の前でドアが開かれていた。私はため息と一緒に車を降りた。


 魔法製薬所のバイトを終えると、遅めの昼食になった。製薬所から軽食をいただけるので、それぞれ一品持ち寄って昼食会を開く。テスターに準備された休憩室には美味しそうな香りが漂っているが、気分は重いままだった。

「子供がつむじ風ねぇ」

「風がひどくて、窓ガラスが何枚も割れていました」

 頬杖をテーブルについて唐揚げを頬張るつなぎ姿の女性キリカは、南方地区にある看板屋の店主だ。気さくで、誰にでもくだけた様子だが、看板の筆を取るとスゴイらしい。どのようにスゴイのかは、見たことがないからわからない。年齢も尋ねられずにいる。

 唐揚げに夢中の彼女に「遅れてごめんなさい」と頭を下げると、隣でサンドイッチのきゅうりをならしていた男性が、ふうと息をはいた。

「子供が助かって良かったじゃないか。遅れたことは、気にするな」

「そう言ってもらえると、ありがたいです」

 彼はこの製薬所に勤めている所員のムーラン。普段はポーション販売の営業をしている。テスターのなかで最年長の彼は、いつも静かに黙々と食べている。多くを語らない居心地のよい人だ。穏やかな声に顔のこわばりが緩むと、リカの右手が伸びてきた。

「ねぇ、みかん剥いてよ」

「剥いてもいいですけど、食べきれますかね」

 本日の軽食は、きゅうりとハムのサンドイッチとチーズの盛り合わせ。残念なことに他の二人は仕事があるらしく、白身魚の甘酢がけとティラミスを置いて帰った。そこに私が持ってきた夏みかんと、鶏の塩唐揚げにキャベツの胡麻和え、取り皿と水が入ったグラスも含めて、テーブルの上は隙間がない。本当に剥くのかと目できくと、彼女はにやりと笑った。

「残ったら、相方にお土産として持って帰ればいい」

 魔素光盲の介助者のことだ。それって良いのだろうか。首をひねっていたら、「問題ない。余る方がこちらも困る」と男性が目を伏せた。

「看板屋はこの時期、忙しくないのか?」

 みかんの房を分けていたら、ムーランがキリカをじっと見て言った。彼女は頬杖を倒して狭いテーブルの端に顎をのせる。

「このバイトが休憩みたいなものよー……建国祭まで七日しかないのに、仕事がぽんぽん入ってきて、いやになっちゃう」

 不貞腐れる彼女の右手は剥いたみかんを摘まむ。キリカは店に帰りたくないのかもしれない。

「レイの研究はどうだ?」

 私にも話題がふられて、昨日の作業を思い出す。

「私の魔素の全体像がやっとわかりました。論文用に記録をまとめなおしています」

 一週間前に私の魔素構造が観測できた。想定よりも早く結果が出たので、共同研究の相方とその場で小躍りした。魔素を制御する手立てを、構造から考えられるようになったのだ。その嬉しさを伝えると、ふたりは拍手をくれた。

「おめでとう!やったじゃないの!」

「素晴らしいな。今後の研究はどのようにする予定だ?」

 男性の問いかけに、私は頬をかいた。

「その、魔素暴走を抑える魔素の外部合成、一般魔法にしたくて……今度は他の人にも類似現象がないかを調べる予定です」

「それはまた、壮大な目標だな」

「はい……長期化は目に見えているので、すでに研究費が心配です」

 魔素を分解する魔素を、魔法で作れるようになったとき、魔素暴走を紙一枚で抑えられる。どんなに危険地帯でも、魔法が使えれば魔素暴走が治せるようにしたい。そんな夢を掲げているが、簡単には進まないことも解っていた。

 全体像はわかっても、分解してしまう要因や代謝産物としての生成方法までは未解明だ。そこも含めて解明しないと、実用は承認されない。

 わからないことを確かめるのは楽しい。でも、研究費は無限じゃない。結果がでなければ無職になるし、隊員に言われた言葉がよぎってしまう。

 人に迷惑を掛けないようにしないと。ため息をつくと、リカが手にあるグラスをゆらした。

「ポーションにしてみればいいのに。手に取れる状態にしたほうが、楽になるよ」

 さっぱりと言い切られた言葉に、腕を組んで切り替えた。

「ポーションだと時間で効果減退しますし、経口接種は効果が確認できていなくて……」

「いや、そうじゃなくて」

 リカは左手で違うと言う。首をかしげたら、彼女は左の人差し指をくるりと回した。

「レイの魔素を他とくっついて分解する前に集められたら、研究がしやすくなるでしょ」

「解毒魔法の開発と同じ手順か」

 ムーランが膝を打ったところで理解する。特定の毒素を無害化する魔法が解毒薬の調査から開発されているのだ。しかし、私は肩を落とした。

「形を変えずに保存出来なくて……」

 私の魔素は他の魔素にくっついて壊れる上に、単体でも三分で自壊する。長期保存には向かないと伝えると、リカは片眉をあげた。

「出来ないって断言するの?」

「それは、わからないです」

「断言しないなら、出来るでしょ。魔素暴走の二次被害を世からなくす薬になるよ?やってみなよー」

 剥いたみかんを口に放り込む彼女に、なにも言い返せない。物を作れる人は、なんでも作ってみようと思えるから尊敬する。落ち込んでも、手を止める暇はないか。スケッチブックを開いて、私の魔素の形を描いてみた。

 私の魔素を高濃度で長期間保存する方法か。空気中の魔素と結合して形が崩れるから、観測用の魔素が無い状態を作る設備の改良を検討しよう。私の魔素も吸収して保持できる物体も探してみる。国立図書館に閲覧申請を出そう。じい様は何かしら知っているかもしれない。研究方針からずれるし、相談しないと。立体じゃなくて平面で展開してみて、最小の構造は?結合しやすい所はここで……。

 料理をそっちのけでスケッチブックに書き込んでいたら、目の前の取り皿にサンドイッチがおかれた。

「乾く前に、食べなさい」

「ありがとうございます」

「あと、ポーション作成の予定があるなら、いくらでも相談に乗る。製作段階になったら、特に」

 商談の話を見逃さない、営業マンの鑑。思わず遠い目をしてしまった。彼の言う通り、美味しいものは美味しいうちに食べよう。スケッチブックを閉じて、散らばった考えを頭の隅に追いやった。

「お魚たべよ」

「私の分もとってくれるか?」

「いいよー、んにぁ……衣、剥がれちゃった!私のやつ、あげる!」

「構わない。食べれば一緒だ」

 和やかな団らんの風景を眺めて、私はもらったサンドイッチをかじる。よく噛んで呑み込んだら、ふと思い付いた。


「分解した魔素を集めて、量産する?」

 翌日、私は共同研究者のヤエコさんの前で緊張していた。ワンピースに白衣をきた彼女は腕と脚を組んでつまらなそうにしている。

 魔素が壊れやすいなら、壊れた形で作り、あとで混ぜれば一緒にならないか。食べていたら仮説がうかんで、実験をしてみたいと思った。

 しかし、共同研究者の了解を得ずに実験は出来ない。やってみたい気持ちと必要性を彼女に伝えられるか、自分の研究室なのにチョークを持つ指が震える。判明した魔素の形状を黒板に書いて、説明を続けた。

「結合して分裂した魔素の形は山ほど見つかりましたが、私の魔素の分裂傾向、破片の形は傾向があります」

 把握している分裂した魔素の形を書いていくと、「あぁ、そういうこと?」とヤエコさんが顎先に指をついて頬杖をついた。

「単体分裂した魔素の破片の形を全て把握して、破片それぞれを作って混ぜれば、同一効果を望めるかもしれないってことね」

 理解が早すぎて、プレゼンの半分を短縮された。説明が省けたのは良いことだ。

「そうです。私の魔素の特徴は、他の魔素構造体にくっついて、一部をはがして形を変える。破片の形だけが重要なのだとしたら、魔素合成も容易になるのではないかと。あとは、効果と形状を維持しやすい破片形態を見つけられれば、試薬を作って検証もしやすくなると考えました」

 この検証が失敗しても、形が壊れる現象こそが大切な要素だったことになる。無駄にはならない。「どうですかね?」とヤエコさんの意見を待つと、彼女は脚を組み直した。

「いいわよ。検証してみましょう」

「良いのですか?」

 研究方針を変えることになるのに、あっさり了承してもらえた。驚く私に、ヤエコさんは不思議そうに首をかしげる。

「細かい魔素の方が作りやすいでしょう。混ぜるだけで良いなら……ふふ、夢も間近だわ……」

 そして熱を帯びた笑みを浮かべて、彼女は天を仰ぎ見た。

 ヤエコさんの夢は、異能魔術研究所所長の、布で隠された顔を見ることだ。

 所長は、彼自身の顔がとてつもなく恐ろしく見える異能がある。彼の素顔を見ることができたのは、魔素を分解して異能を無効にできる私だけ。

 愛しの所長の顔がみたい。誰でも見えるようにしたい。彼女はそんな夢を実現するために、まだ学生の私に協力を申し出てくれた。当時、異能を制御したいだけだった私に、研究所という居場所ができたのはヤエコさんのお陰なのだ。

 ヤエコさんが良いと言うなら、いいか。こわばった肩から力を抜くと、ヤエコさんが私の両手を握った。大丈夫、手袋は着けている。

「いつから調べる?それとも今日から魔素集めをはじめる?えぇ、今日から始めましょう。それがいいわ!」

「あの、報告論文が」

 仕上がっていませんよ、といいかけた口を人差し指で止められた。

「分身にやらせるから、問題ないわ。さあ、実験室にいきましよう!」

 ヤエコさんに両肩を捕まれて、隣の実験室に引っ張られる。脚に力を込めて、そばに見つけた作業台を掴んだ。

「駄目ですよ!来週の七日間、研究所が閉鎖ですから!四日でつめましょう!」

「嫌よ、ゼロ様の顔優先!」

 抵抗むなしく実験室に連れ込まれた。きっちりと実験の内容を決めて採取を終えたのは、翌日の昼だった。作業台の上には辞書よりも分厚い紙の束、ヤエコさんの分身に作らせた論文が置かれている。私は表紙を一枚めくって、眉間を押さえた。

 全部、幻霧語で書いてある。この厚さを翻訳して添削推敲することが私の仕事だ。

 寝てから修正しよう。締め切りが三ヶ月後で、本当に助かった。ふらつきながら仮眠室に向かった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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