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バイトと召喚命令事案①

連載は初投稿です。


 白い紙が透けるウルトラマリンのした、私、レイは自転車で坂を登っていた。この山越えが一番きつい坂だ。眼鏡は汗でずれて、ヘルメットのなかは蒸れている。夏でも手袋とコート必須の体質が恨めしい。

 息を切らして頂上に着くと、円形の外壁に囲まれた町並みと搭が見えた。近く思えても、一時間はたどり着けない。肩掛け鞄から水筒を出して口をうるおした。

「もうひと踏ん張り!」

 下り坂もペダルを踏む。白いコートのボタンを外すと涼やかな風が背中を通り抜けた。こんなにも気持ちいいなら、洗濯しておけばよかった。


 世界の九割の人が住む天蓋島の真ん中に、交通や政治に学問と商業、人と物の流れが集まる巨大都市ファルノーがある。北に島最大の湖、東には島を縦断する山脈に守られた豪雪地帯。代わりに夏は長袖ですごせる避暑地だった。

 坂の上で見た巨大な搭は、島一番の大都市に押し上げた異界門探索者協会本部。駅に商業施設があって、十階の展望台は大人気の観光地だ。地下には異界につながる門が集められ、探索者たちが調査し開拓を進めている。

 その搭の二階、本日のバイト先である魔法製薬所に向かう。室内でも車道と歩道に街路樹もあるので、街のなかを歩いている気分だ。製薬所の看板を見つけて、自転車と共にドアノブのついた扉から入った。

 足音が響くロビーの受付で、一昨日に送られてきたIDカードを見せる。

「異能魔術研究所、研究員のレイです。魔法薬のテスターとして参りました。入所手続きをお願いします」

「少々、お待ちください」

 IDカードを受け取った制服の男性は、事務室の奥に行ってしまった。自転車を預けられるだろうか。

「お待たせしました。こちらのIDカードで試験区画に入れるよう登録しました。ご帰宅の際はこちらの受付に返却をお願い致します」

 戻ってきた制服の男性にカードを差し出される。「ありがとうございます」と受け取って、財布にしまった。

「あの、お願いがありまして、自転車をこちらに置かせていただけませんか?」

「構いませんよ。お預かりいたします」

「私にしか押せないので、ここの横に置かせてもらえるだけで……」

 受付の隣に自転車を置こうとしたら、ホイッスルの音が聞こえた。音がしたほうを見れば、ガラス扉の外に白い箱を宙に浮かせて押す、白の詰め襟コートの集団が通りすぎた。彼らは誰かを探しているようで、首をふって周りを見ている。

 みつかったら、まずいかも。コートの襟を立ててガラス扉に背を向けるが、「見つけた!」と声が聞こえた。後ろから足音の集団が近寄ってくる。恐々と振り返れば白い壁、体格のよい白服の男性が立っていた。彼の奥からきしむ蝶番の音がする。

「えっと、なにかご用で……?」

「ちょいと失礼」

 彼を見上げた瞬間に抱き上げられ、彼らが押していた白い箱のなかに、そっと寝かせられた。がちゃんと金具の音が三つして蓋が閉まり、私の足元の方向に箱が動き始める。真っ暗になった箱のなかで中敷きを確かめると、診療所の匂いがした。

 暴れる人を閉じ込める医療用拘束箱だ。強制連行だから、空間浄化案件だろうか。バイトの時間に間に合う案件だといいな。自転車は受付前に置いたままだから、あとで受付の人に謝ろう。それでも一番に思うのは。

 人を物みたいに運ばないでほしい。ため息をつくと、蓋が半分透明になった。天井の照明に目を細めれば、白服に髪をまとめた女性が顔を出す。

「探索者等級三級で、特技資格三番の八級、レイ・グランドさんですね。緊急召喚事案です。移動しながら説明させていただきますね」

 召喚命令に拒否権はない。遅刻すると直感で理解した。

「第三魔素災害救助隊、第五小隊長のエイレンです。宜しくお願いします」

「レイです、宜しくお願いします」

 小隊長のお辞儀に会釈で返し、鞄からスケッチブックとペンを取り出した。

「九時二十四分、幼年学校から魔法訓練授業中に、六歳の男児学生が魔素暴走を起こしていると通報あり。魔素暴走による異能被害は、つむじ風および高濃度魔素の放出。学校にある拘束箱に保護されておらず、学生と教員の避難と暴走原因の調査を先行隊が行っています。魔素暴走を起こした要救助者に接近するため、魔素分解の異能を扱えるレイさんを召喚します」

 人の救助に私の異能が役立つなら、喜んで行こう。スケッチブックに遅刻報告とバイト先の連絡番号を書いて、外に見えるよう蓋に押し付けた。

「召喚にはもちろん応じます。一応伝言を、この番号にお願いします」

「箱の中でも通信機は使えますよ」

 小隊長の横から不満げな顔が出てくる。緑を感じる黒髪の男性に、笑みをつくって眼鏡の柄を爪でつつく。

「魔素光が見えない上に魔素も扱えないので、通信機を持っていないのです」

 魔素は、魔法を使うために必要な物質だ。大気や体内に存在し、魔素濃度が高まると発光して、魔素の構造によって色が変わる。魔素光現象と呼ばれ、日常の様々な所に活用されている。子供のころから慣れ親しみ、魔素と魔法なしの生活を考えたことがない人が大半だろう。

 対する私は、生来から魔素が見えない。体内の魔素も感じられない上に、他人の魔素を分解する体質だ。魔法はおろか魔素を利用する魔法具も使えない。人が空中に描いた魔法回路を壊し、怒りのまま髪を掴んできた相手を気絶させたこともある。魔素を透過しにくい素材で作られた眼鏡やコートに手袋を着けて、周りに迷惑をかけないようにしている。

 通信機の表示画面は魔素光を利用しているので、私には真っ黒の板にしか見えないし、ボタンを押しても動かない。彼はそんな人が居ると知らないだけだ。「お願いします」と頼めば小隊長が謝ってきた。

「申し訳ありません、私の部下の教育不足です」

「でも、介助者なしですし、魔法術式が刻まれた二輪車を押していましたよね」

 その謝罪に被せるように、男性が質問を重ねる。本当に障害があるのかと疑っているらしい。小隊長は額に手をあてて眉にしわを寄せる。

「彼は先天性の魔素光盲で」

「魔素光盲の方は、二輪車を含めた車の運転を禁止されているはずです」

 彼が話しているのは後天性障害の場合だ。私が説明しようとしたら、大きな腕が頭上から現れた。

「新人、協力者のことが気になるなら、自分で調べろ。お前は通信機が使えるだろう」

「……失礼しました」

 腕が引っ込むと、不満げな顔も前を向いた。

「伝言はこちらで連絡しておきます」

 小隊長は眉を下げて微笑むので、私も笑顔を作った。

 黒髪の彼は規則を大切にしたい人なのだろう。それよりも、上下に通り過ぎる照明で酔いそうだ。私はまぶたを閉じて身を任せた。


 目を閉じていたら寝ていたようで、隊員が蓋をノックした音で目が覚めた。蓋の外を見ると、茶色の柱が穏やかな青空に突き刺さっていた。

 搭は地面の砂だけでなく、飛ばされた傘に植木鉢、折れた木の枝を伴って渦巻いている。つむじ風にしては大きい。柱の奥にある校舎の窓は割れて、壁の中の金属柱もむき出しになっている所もあった。

「あぶない……!」

 巻き上げられた葉のしげる木の枝が校庭の外に出そうになる。次に起こる被害に身構えると、枝が見えないなにかに弾かれて学校の敷地内に落ちた。対物結界だ、良かった。ほっと一息吐くと、箱の蓋が開いた。

 それにしても六歳の子が魔素暴走を起こしているとは想像もつかないほど大規模だ。箱から降ろしてもらうと、閉じられた校門の前の広場だった。風は校門の扉をゆらし、運ばれてきた砂で咳が出る。

 そばに学生たちが肩を寄せあって上空を見上げていて、包帯を巻かれた子やマットに寝かせられた大人の姿もある。こんな大規模の魔素暴走を間近で見るのは初めてだろうな。被害の大きさを心配していたら、小隊と同じ白い制服を着た男性が駆け寄ってきた。

「学生や教職員の避難は完了しています。こちらが原因とおぼしきポーションです。調査内容は通信機に送ってあります」

「了解です。ここから目視確認をします。総員、装備の準備開始」

「レイさん、これを着て、ロープを腰に巻いてください」

 大きな鞄を背負った丸眼鏡の男性隊員に、銀色のコートとロープの端を渡された。丸眼鏡の隊員はロープをカラビナで繋げたコートを隊員に渡していき、余ったロープを巨人族隊員の腰に巻き付けて戻ってきた。

「対物コートです。魔法を使えなくても厚みがあるので、ぜひ使ってください」

 丸眼鏡の彼は、白服の上から同じ銀色の防護服に袖を通す。私は着ている白コートを脱ぎながらたずねた。

「もしや、私が先頭ですか?」

「我々は魔法でレイさんを護衛します。レイさんは患者に近付いて魔素光を抑えてください」

 銀のコートを羽織ると、耳にピアスを十個つけている女性隊員が私の腰に手をまわしてベルトを着けてくれた。ベルトにロープを繋げて結び目を確かめてもらう。ロープの先は私の腰で途切れているので、やはり私が先頭らしい。白コートは畳んで鞄にしまった。

 小隊は私を含めて七人。他の隊員は黒い眼鏡と透明な防護マスクをかぶり、銀色のコートを着て、ブーツに金属の板がついた外装を付けていく。私だけ銀コートと自前のヘルメットと眼鏡のみで、不安になってきた。小隊の人たちが守ってくれると信じたい。

「瓦礫の対策は」

「防塵機能マスクの予備はどこ」

 隊員が装備を固めている端で、私はぼんやり立っていた。手伝えることがないかと申し出ても、私は隊を先導して道を作ればいいと断られた。もっと自分に出来る事があったらよかったのに。自身の無力さから目をそらして、救急隊員の人たちが双眼鏡で確認している先、つむじ風の足元に少年を探した。

「目標は、ここからおよそ五十メートル先です。詳しい様子は魔素光で視認できません」

 吹き荒れる風の中心に黒い影が見えた。私は思わず唸る。

「魔素制御が得意なのかな……」

 つむじ風は上空の風に揺れることもなく、うずくまった少年の上から全く動いていなかった。魔素暴走を起こした人は、苦しさのあまり暴れることが多い。大人ですら魔素をまき散らし周囲の物を壊しまわって、人を襲うこともある。必死に耐えているとしたら、大人顔負けの制御技術と忍耐力だ。感心しきっていたら、小隊長の声が通る。

「対抗薬は五ミリで、患者の魔素指定色は黄色、番号は」

 小隊長が投薬の指示を出していた。親しみのある十桁の番号を聞き終えて、調合している新人の隊員に声を掛けた。

「救助対象が飲んだポーションの瓶を確かめさせてください」

「なにか?」

「対象の魔素光番号とそのポーション瓶の色が違っているように思います」

 魔素回復ポーションは、本人に適した魔素を混ぜて作るものだ。見え方が変わる、体内魔素が少ない時でも判別可能にする着色なのに、本人の魔素の色と違うのはおかしい。

 対抗薬――対魔素生成抗体薬は、投与されたポーションの薬効を強制的に抑える劇薬。ポーションの魔素を抑えられなければ、薬効は弱まり、症状が悪化して少年を殺す薬になりかねない。私は隊員に頼んだ。

「私は探索者協会公認ポーションのテスターです。試験専用の道具もあるので、調べさせてください」

 製薬所のバイト内容は、魔素ポーション用色素原液と魔素液と風味液のテスター。ポーションの色相環から指定の色をつくったり、濁りがないか確認したり、味の変化等の確認を魔素光盲の五人――そのひとりが私だ。魔素と魔素の色に関しては人一倍の知識がある。

 テスターに配布される訓練用試験絵具のパレットを見せても、新人の隊員は調合を続けている。黒眼鏡の下は見えないが、額に不愉快そうな皺が寄っていた。

「瓶は公式瓶ですし、本人の魔素に合わせて調合されているはずです。調合でも同じ公式薬を使って作るのですから、色の判別は可能です」

「この瓶の中の番号指定も出来ます。やらせてください」

「あなたのように医師や看護の免許を持たない人の診断や治療行為は違法です。邪魔しないで」

 一般人が治療行為に口出しをするのはよくない。しかし、間違いを正せる人が見逃すのは悪質だろう。肩をおされて調合機械から離されたので、私はため息をついた。邪魔をしない提案なら、納得してもらえるだろうか。準備の隙を狙って、小隊長に声を掛ける。

「彼の魔素光色番号をもう一度、図形含めた三十桁、全部、教えていただけませんか」

「何故ですか?」

「患者さんが飲んだポーションの色と彼の魔素色が違うので、ポーションの色の方の指定番号を書き起こせないかと。採用はしなくて結構ですので、挑戦させてください」

「……許可します」

 小隊長はあっさりと了承した。隊員との差にまばたきを何度もしていたら、小隊長は耳打ちをしてきた。

「使用判断は私にあります。三分でやってください」

 許可が出た。小隊長が見せてくれた三十桁の番号を書き留めて、残りの少ないポーションを受け取った。

 瓶の中の液体は、わずかに緑を混ぜた、くすみのある透明な黄色だ。白濁や浮遊物に沈殿は見当たらないから、協会公認のポーションと同等の品質。傾けたときの動きにとろみがあるので、開封して間もない。瓶の形も魔素回復用の円柱形だ。

 絵具パレットと柄を押すと水が出る筆、スケッチブックを地面に広げる。空気が砂っぽいけど問題ない。

 少年の魔素の色をスケッチブックの上で再現して、そのとなりにポーションを一滴垂らしても、やはり違う。番号からして緑は混ぜない黄色と紫だけの補色混色のはずだ。垂らした液体の香りも確かめると、テスターの中できいたことのある香りだけが鼻の奥に残る。洗浄不足、にしては色が変わりすぎだ。別の公式薬が混入している?誰かが別の魔素回復ポーションを混ぜたとしたら。

 そこまで考えて頭をふる。その仮定を確かめるのは、私の仕事じゃない。わかったことを伝えるだけだ。スケッチブックの端に番号を書いて破り取った。

「色素について、完全に異種と断言します。判明した番号はこちらです」

「わかりました。調合しておきます」

 小隊長はメモを受け取って、調合を終えた隊員に声を掛けた。これで安心だ。スケッチブックを閉じて筆を整えていたら、新人の隊員に詰め寄られた。

「口出ししやがって、邪魔するなって言っただろ」

 口調が悪くなっている。怒りに震えた小声の言葉に返せないでいると、舌打ちされた。

「失敗した時に責任をとらなくて良い奴は、頼まれた仕事だけをしろ……!自己満足の為に俺たちを巻き込むな!」

 装備を着ける音と風がうるさく耳を打つ。私は頭を下げた。

「出過ぎた真似をいたしました。お手数をお掛けして、申し訳ありません」

「隊長、装着完了です!」

「了解、総員突入します!レイさん、頼みましたよ」

「はい」

「校門をひらいて!」

 小隊長の号令で、私は校門の前に立つ。後ろにもうひとつ舌打ちを聞いて、唇をかんだ。

 隊員に期待されているのは、私の異能だ。役に立ちたいという気持ちは、彼らの仕事の邪魔になる。自己満足という言葉が的確で、恥ずかしさで体が震えた。やるべきことをしよう。私は両手で頬を叩いて前を向いた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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