表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ママ戦争を止めてくるわ  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/36

EP 2

天才たちの青田買い(マンハッタン計画の横取り)

「……マダム・サクラダ。国際電話の回線状況が悪いようだ。もう一度言ってくれないか? 今、君は誰を『雇いたい』と言った?」

ワシントンD.C.。

アメリカ合衆国の超エリート弁護士であり、日米経済協定の立役者となったチャールズ・ケーディスは、受話器を握りしめながら、自身の耳を疑っていた。

『ええ、何度でも言うわ、ミスター・ケーディス。アルバート・アインシュタイン、レオ・シラード、エンリコ・フェルミ、それからロバート・オッペンハイマーよ。……全員、桜田財閥の専属研究員として、合衆国政府あなたのボスより先にヘッドハントしてちょうだい』

太平洋の向こう側から聞こえるリベラの声は、まるで「今日の夕飯のスーパーの買い出し」でも頼むかのように軽やかだった。

「オー、マイ、ゴッド……。君は自分が何を言っているのか分かっているのか!? 彼らは今世紀最大の頭脳だぞ! 今、欧州の戦火から逃れてきた彼らを、合衆国軍部が極秘の軍事プロジェクト(原爆開発)に巻き込もうと血眼になって探しているんだ!」

『だからよ。野蛮な軍人どもに彼らの頭脳を渡せば、確実に「爆弾」を作らされる。そんな物騒なものが完成したら、うちの優太が安心して公園で遊べなくなるじゃない』

「ゆ、優太くんの公園のために、相対性理論の天才を買うと……!?」

『契約金は白紙の小切手いくらでもでいいわ。三田会のウォール街の口座を好きに使って。……ああ、それと絶対に「軍事転用を禁じる非開示契約(NDA)」と「特許の独占譲渡契約」のサインを忘れずにね。頼んだわよ、私の優秀な共同出資者パシリさん』

ツーツー、と無情にも電話が切れる。

ケーディスは天を仰ぎ、深い、深いため息をついた。

極東の魔女は、ついに「科学の歴史」までカネと法律で買い叩く気らしい。

数週間後。ニュージャージー州、プリンストン。

閑静な住宅街の一角にある一軒家で、二人の天才物理学者が深刻な顔で話し込んでいた。

「……シラード君。ナチス・ドイツがウランの核分裂に成功したという情報は事実か」

「はい、アインシュタイン博士。もしヒトラーがこの連鎖反応を爆弾に利用すれば、世界は終わります。我々はルーズベルト大統領に手紙を書き、合衆国でも直ちに原爆の開発(マンハッタン計画)を始めるよう進言すべきです……!」

平和主義者である彼らにとって、それは身を斬るような苦渋の決断だった。

悪魔の兵器を阻止するために、自らも悪魔の兵器を作らなければならないという絶望のジレンマ。

「失礼するよ、天才諸君」

悲痛な決意を固めようとしていた二人の前に、ビシッとスーツを着こなしたケーディスが、分厚いアタッシュケースを提げて現れた。

「合衆国大統領に手紙を書く必要はない。君たちの絶望を、完璧に解決する『契約書』を持ってきた」

ケーディスはアタッシュケースを開き、テーブルの上に無造作に書類をばら撒いた。

「極東の桜田財閥からの、専属雇用契約書だ。……君たちを、帝都に新設する世界最高峰の『平和エネルギー研究所』に厚遇で招待する。研究費は無尽蔵。好きなだけ最新の機材を買っていい」

「さ、桜田財閥だと? 日本の……? しかし、軍部が我々の研究を兵器に……」

「させない」

ケーディスは、リベラとベアテが徹夜で作り上げた「悪魔の契約書」の該当箇所を指差した。

「第十二条。本研究におけるいかなる技術・特許も桜田財閥が独占管理し、これを『兵器および人命を奪う目的』で利用することを永久に禁じる。……万が一、日本の軍部や政治家が君たちの研究を軍事転用しようとした場合、天文学的な違約金が発生し、日本の国家予算が吹き飛ぶ仕組みになっている」

「国家予算が吹き飛ぶ違約金……!?」

シラードが目を剥く。

「そうだ。桜田の女総帥は、君たちの頭脳を爆弾ではなく、『街の明かりを灯し、安全で美味しい料理を作るためのエネルギー(原子力発電)』だけに使うと約束している。……どうだ? 泥にまみれた軍服の連中に顎で使われるか、それとも、極東の美しい研究所で、真理の探求と平和のためだけにその天才的な頭脳を使うか」

アインシュタインとシラードは顔を見合わせた。

彼らが最も恐れていた「政治と軍事への悪用」が、完璧な資本主義のルール(契約)によって強固にブロックされている。しかも、研究費は無限だ。

「……信じられない。こんなユートピアのような契約書を提示する人間が、極東にいるとは」

アインシュタインは、安堵の涙を浮かべながら、その震える手で契約書にサインをした。

同じ頃、カリフォルニア州のバークレーでは、若き天才ロバート・オッペンハイマーもまた、ケーディスの部下から提示された「軍の干渉を一切受けない、君だけの巨大な粒子加速器」という甘い誘惑と契約書に、あっさりとサインを済ませていた。

それから数ヶ月後。

ワシントンD.C.、アメリカ陸軍省ペンタゴン

「なんだとォォォッ!!?」

陸軍のレスリー・グローヴス将軍の怒号が、長官室に響き渡った。

「ど、どういうことだ! 欧州から亡命してきたトップクラスの物理学者たちが、全員『日本(極東)』へ高飛びしただと!? 我々が極秘で進めるはずだったウラン爆弾のプロジェクト(マンハッタン計画)はどうなる!」

「そ、それが将軍……」

部下の将校が、泣きそうな顔で報告書を読み上げる。

「現在、アメリカ国内の優秀な物理学者は、ほぼ全員が『桜田財閥』と排他的な専属雇用契約(NDA)を結んでおり、彼らの頭脳は完全に日本の民間企業にロックオンされています! さらに、核分裂に関する基礎特許すら、彼らを通じて桜田財閥が先回りして国際出願パテント・トロールしておりまして……」

「特許だと!? 馬鹿な、そんな紙切れで軍の機密プロジェクトが止められるか! 無視して別の学者を集めろ!」

「む、無理です! もし我々が彼らの特許を無断で侵害して爆弾を作れば、日米包括的経済協調条約における『重大な知的財産権の侵害』となり、即座に日本からの資源供給サプライチェーンが停止されます! 爆弾を作る前に、合衆国の軍需工場が完全にストップしてしまいます!!」

「あ、あぁ……なんということだ……」

グローヴス将軍は膝から崩れ落ちた。

軍の圧倒的な権力と国家予算をもってしても、「特許の独占」と「引き抜き」という、極めて合法的かつ悪辣なビジネス戦術の前に、マンハッタン計画は完全に開始前に頓挫(死産)してしまったのだ。

同日。帝都・桜田邸。

「……うん。この電気ポトフ、火加減が完璧でとっても美味しいわね」

広大な中庭で、リベラは最新式の電気コンロで作られたポトフを味見し、優雅に微笑んでいた。

その周囲では、世界中から文字通り「買い占められた」数十人の天才物理学者たちが、用意された最高級のワインと日本食に舌鼓を打ちながら、黒板に数式を書き殴って平和な大激論を交わしている。

「アネゴ。……いや、総帥。本当に買っちまいましたね、世界の頭脳を」

柴田が呆れたように、アインシュタインにお酌をしながら呟いた。

「当然よ。彼らの才能は、人を殺すためじゃなくて、人を笑顔にするためにあるんだから」

リベラは、美味しそうにポトフを頬張る優太の頭を優しく撫でた。

「さあ、これで物理的な『世界を終わらせる火種』は完全に消火したわ。……残るは、古いプライドにしがみついている『時代遅れの帝国』の解体だけね」

最強のママの視線は、西の果て。

未だ世界中に植民地を持ち、時代錯誤な支配を続ける「大英帝国」へと向けられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ