第94話 気付き
「ミウ様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
バターン!
けたたましい音を立てながら、ティールームに入ってきたのは、やはりエルネスト第2皇子だった。
そんなエルネストをクララが嗜める。
「なにごとですか、兄様。騒々しい」
「やあ、クララ。ひどいじゃないか。ミウ様が来ているなら、真っ先に私に教えてくれないと」
「兄様に教えると、こうして大騒ぎするじゃないですか。それに、ミウ様は私のお客様です。兄様には関係ありません」
美羽がすかさずクララに念話をする。
『クララ、なんで私に様をつけるの? さっきは御使い様とか言うし、そんな呼び方しないで』
『え? ミウちゃん。ちょ、ちょっと待って。兄様を撃退しないと』
美羽が膨れっ面になる。
それを見たクララは平静を装って、内心で焦る。
エルネストはそんな2人の念話など知らないから話し続ける。
「うっ……そ、そんなつれないことを言ってくれるな。まあ、せっかくミウ様がいらっしゃっているんだ。
私もお茶会に加わろうではないか」
『もう、クララったら。そう言ってまた私に冷たくするんだよ』
『そ、そんなことないわ。ミウちゃんのことを冷たくするわけないでしょ』
『本当?』
『本当よ私はミウちゃんがとても大切なのよ』
『えへへ、それならよかった』
美羽が笑顔になった。
クララはそれを見てホッとする。
安心して、エルネストに反論した。
「結構ですわ。これは淑女のお茶会です。殿方は遠慮してください」
しかし、エルネストはすでに聞いていない。
使用人に耳打ちすると、使用人がすぐさまエルネストの分の椅子をテーブルに追加した。美羽の隣に。
あからさまに嫌な顔をするクララ。
顔を顰めるレーチェル。
美羽は、何も言わずに椅子を降り、体に対して大きいその椅子を持ち上げ、運び始める。
その様子が可愛らしく、つい笑顔になって見守ってしまう一同。
行き先はクララとレーチェルの間。
それを見たクララとレーチェルは自らの椅子を持ち、美羽の横にピッタリとくっつくように椅子を置いた。
美羽たち3人とエルネスト1人のような構図ができた。
美羽たち3人は窮屈に身を寄せ合いながら楽しそうだ。
美羽が嬉しそうに言う。
「こんな近いの楽しいね」
「「ね〜」」
「なんか、エルネストが来たのは逆に良かったね〜」
「「ね〜」」
エルネストが叫ぶ。
「ちっともよくない! ミウ様! なんで私の隣にいてくれないんだ」
「だって鬱陶しいし」
「「うっとーしーうっとーしー」」
「うっ」
「色目使ってくるし」
「「いろめいろめ」」
「ぐ」
「自分のことかっこよくて、女だったらみんな好きになると勘違いしているし」
「「かんちがいかんちがい」」
「ぐぐ」
「変態だし」
「「へんたいへんたい」」
「ぐぐぐ」
「私のことも簡単に落ちると思ってるし」
「「そんなわけないし」」
「ぐぐぐぐ」
「変態だし」
「「へんたいへんたい」」
「2、2度言った」
「変態だし」
「「へんたいへんたい」」
「3度目! と言うか、君たちもいちいち復唱するのをやめてくれないかなぁ。地味に傷つくんだけどぉ」
「不意を突いてキスしてくる変態だし」
「「うわ、きも」」
「わ、わかりましたから、ミウ様。その辺で許して……」
「許す? 許してですって、エルネスト」
「「なにいってるの?」」
「え、ミウ様? なぜそんなに怒っている雰囲気なのですか?」
「なぜって? ……そんなこともわからないの?
それなら教えてあげる。あなたは私に無断で強引にキスをしてきて、それを謝りもしないで、私にいつも迫ってくるでしょ。そんな無神経さに怒っているのよ!」
「「うんうん」」
「ぐぅ」
エルネストは、流石に何も言い返せなかった。
事実だし、そこまでミウが嫌がっていたとは思いもしなかったからだ。
正直へこんでしまった。
今まで、自分がキスをすれば女性はみんな喜んだ。
嫌がる女性がいるなんて考えもしなかった。
それは、御使いとはいえ、女の子である美羽も同様だと思っていた。いや、むしろ幼女の美羽は、尚更喜ぶかとも思っていた。
そこまで考えて、エルネストはある推測に行き着いた。
「ミ、ウ、様、まさかとは思いますが……」
「何かな?」
「も、もしかして、わ、私のこと嫌いですか?」
「うふふ」
「「うふふふ」」
それを聞いて、美羽が笑い、クララとレーチェルも続いて笑う。
エルネストにはその笑いの意味がわからない。
だが、嫌な予感がして、その端正な顔を強張らせる。
(ミウ様が私のことを嫌いなわけない。そんなわけない)
心の中で、呪文のように自分の考えを否定する。
しかし、次の美羽の口から出てくる言葉の数々は無情なものだった。
「嫌いに決まってるじゃない。なんで5歳の私に勝手にキスをして唇まで奪おうとした上に、会うたびに迫ってくる人を好きになると思ってるの? それにあなたの考えていることも嫌い。自分が好きなら当然相手も好きだと思っていることが嫌。
全て自分の思い通りになっていると思っているところが嫌。相手にだって、人として考えていることがあるんだよ。
その思いも汲み取れない考えのなさが嫌。あなた、もし将来皇帝になったらどうするの? 自分以外の人の考えなんてどうでもいい、自分の考えだけが正しいなんて思ってたら、ただの愚帝だよ。愚帝になりそうな人に好きだって言われても迷惑なだけだよ。
大体、あなた不特定多数のたくさんの人と付き合ってるんでしょ。それなら私なんかいらないじゃない。私もそう言う人は嫌なの。そもそも私、大きくなっても男の人と恋人関係や、まして結婚なんて絶対したくないの。
だから、あなたは付き合っている大勢の女の人の中から自分の結婚相手を探しなさい」
エルネストはガーンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
今までエルネストはフってもフラれたことがない。
女性はみんな自分のことが好きなのだと信じてきた。
自分が声をかければ、喜んでついてくるはずだった。
だから、今までの美羽のつれない態度は照れ隠しだと思っていた。
自分に愛の告白をされて、恥ずかしがらない女性はいないのだから、美羽の態度も当然だと思っていた。
それが、本当は純粋に自分のことが嫌いだと知らされたのだ。
それだけではない。
もしかしたら、自分は人の話も聞くことができない、汲み取ることもできないとんでもない愚かな人間かもしれない。
思えば、家臣たちにも否定されたことがなかった。
だから、自分が言っていることは全て正しいと思っていた。
文武両道の聡明な皇子。
それが、自分が自分自身に持っているイメージだった。
それは、もしかしたら、主観だけの実態とはかけ離れたイメージだったのかもしれない。
皆が自分に付き従っていた。
それは自分が聡明だと思っていたからだ。
もし、自分が皇子というだけで皆が付き従っていたのなら、皇子でなくなったらどうなるのか?
誰も耳を貸してくれない愚か者なのかもしれない。
(皇子の肩書きと顔だけで皆がついてきてくれていたのかもしれない……。
しかし、それでは本物は手に入らないのか……)
気づいてしまった。
自分の手の中には偽物しかないと。
きっと今までの自分だったら、たとえ偽物しかなくても、政治問題も女性関係もうまくやっていっただろう。
しかし、気づいてしまった今、それではもう満足できなくなってしまった。
今までの大勢いた友人関係が薄っぺらいものに見えてしまった。
愛を囁く女性が、見た目や地位だけで、本当の自分を見ていないように思えてしまった。
家臣たちの多くが、権力に従っていて自分には従っていないように思えてしまった。
何もかもが偽物に見えてしまった。
(私は、本物を手に入れたい!)
それは心の底からの渇望だった。
上辺だけでなく本音で語り合える、本当の友人を作りたい
自分の顔がたとえ火傷で醜い状態になっても、皇子という地位がなくなってただの平民になったとしても、変わらず接してくれる真実の愛を手に入れたい。
たとえ、帝国が落ちぶれてしまっても、逃げずに付き従ってくれる家臣を手に入れたい。
そこまで考えた時、エルネストの中で何かが変わった。
今までと180度違う考え方になった。
そして、それは顔つきにも現れた。
それは精悍で頼もしい未来のある若者の顔そのものだった。
その顔を見て美羽が今までの険しい顔から、優しい表情になった。
「分かったんだね」
美羽の短い言葉にエルネストは大きく頷く。
「はい」
美羽は満足そうな笑顔をするとさらに聞く。
「だったら、これから何するか決まったの?」
エルネストは自信に満ちた顔で答える。
「はい、まずはお付き合いしている女性たちと誠意をもってお別れします。
そして、友人たちと腹を割って話してみます。本音を聞きたいです。
それから家臣たち一人一人と話をしてどうしたいのか本当の希望を聞きます。
あとは……」
そこまで言ったエルネストは一度言葉を区切って息を大きく吸う。
「ミウ様に認められるような人間になりたいです。
これは結婚をしたいなどと不遜なことではありません。
人として認められるような人間になりたいです。
いや、なります」
そう言ったエルネストは誇らしげに笑みを浮かべた。
美羽もまた微笑む。
「そうなんだね。よく気がついたよ。
私は嬉しく思うよ。
頑張ってね」
エルネストはこれ以上ないほどの笑顔になり力一杯返事をした。
「はい!」
エルネストは自信に満ち溢れて、ティールームから出ていった。
クララが不思議そうな顔をした。
「兄様、ここにきた時と別人みたい。この短時間でどうしたの? ミウちゃん」
美羽は笑顔になって答えた。
「人は本当に変わろうとした時に、変わるのにかかる時間は一瞬だってことだよ」
「ふーん、私も変わろうかな」
「おねえさま、わたしはかわったほうがいいですか?」
そう言ったクララとレーチェルに美羽は飛びつき、両手で二人の脇腹を突きながら言った。
「二人はそのままでいいよー」
「きゃー、何すんのミウちゃん」
「きゃー、おねえさまふいうちはずるいですわ」
「きゃはははは」
「「しかえしー」」
「きゃー」
「「「あははは」」」
ティールームからは3妖精の笑い声が溢れていた。




