第92話 エルフ?
美羽たちが外に出ると、確かに人が倒れていた。
人だかりの間に入って様子を見ると怪我はしているが応急処置の後はある。
だが、それも気持ち程度のもので、巻いてある布には血が染みていて、包帯としてもあまり役に立っていない。
美羽が見た感じ、ひどい怪我は2箇所だった。
左腕が上腕部の真ん中あたりで切断されているのが1箇所。
脇腹から背中側に貫通した刺し傷が1箇所。
そのほかにも傷はあるし耳は切られて両方ともないが、致命傷になりそうなのはその2箇所だった。
はっきり言って、よく生きているという状態だった。
おそらく応急処置が少しは役に立ったのだろう。
それも長くは持たないはずだ。
サブリナが美羽に話しかける。
「ミウちゃん、どうだい? その人の様子は」
「そんなに持たないかな?」
「どうするんだい? どこの人間ともわからない男は放っておいてもいいんだよ」
「うーん、どうしよう。直感だけど、サブリナのために助けたほうがいいみたいなんだよね」
「私のため? どう言うことなの?」
「内緒」
「? とにかく助けるのかい? それなら早めがいいよね」
美羽が前に出ると、人だかりが綺麗に割れた。
「おお、天使ちゃんがいた」
「ラッキーなやつだな」
「もう、助かるぞ」
美羽はすっかり庶民の間でも有名になっていた。
住民たちが、今から治癒が始まるというのを固唾を飲んで待っていた。
美羽が厳かな雰囲気で桜色の髪をたなびかせて、怪我をして倒れている男の横にしゃがみ込む。
「俺知ってるぜ、桜色の光が出てくるんだよ」
「ああ、桜の花びらも出てくるんだ」
「今始まるんだな」
「ああ」
そして美羽が一言。
「治癒費、銀貨一枚ちょうだい」
((((金取るのかよ!))))
住民たちは美羽がお金にはきっちりしていることを忘れていた。
男はかろうじてある意識を、美羽に向ける。
「か、金は……ない」
「そっか……ないんだ。じゃあ、しょうがないね」
と、美羽は言いながら、サブリナをチラリと見る。
その視線に気づいたサブリナは、ふぅーと息を吐き、男のそばによる。
「なあ、あんた。金がないなら立て替えてやるから、治ったら銀貨一枚分、私の店で働きな。
美羽ちゃんはきっちり治してくれるから、働けるはずだからね。踏み倒したら承知しないよ」
「な……治るのか?」
「うん、治るよ」
美羽がそれには答えた。
「……それなら、頼む」
男がサブリナの方を見て言った。
「よし、決まったね。ミウちゃん、銀貨一枚だよ。この人を治してやってくれるかい?」
「いいよぉ。じゃあ、行くよ」
『神気結界』
桜色の光が辺りを包む。
桜の花びらが舞い始めた。
一緒に入った住人たちも桜色の光に癒される。
「ああー、気持ちいい」
「なんか、肩こりが楽になってきた」
「私は育児疲れがなくなっていくよ」
美羽が、男に手を向けて
「治っちゃえ」
と、言うと、桜の花びらが男に集まり、男の無くなった左腕は、布を押し除けて生えてきて、脇腹の傷はすぐに塞がり、あっという間に治った。
男は回復したが、神気結界が気持ちよかったのか、疲れていたのか、眠ってしまっていた。
様子を伺っていたクララがミウの近くに来て話す。
「ミウちゃん、この人……」
「エルフ?」
切断された耳が治癒で生えてきたら、それは尖っていた。
この世界で耳が尖っている種族はたくさんいるが、スマートで背が高いところから見てもエルフの可能性が高い。
「このまま寝かせておくわけにはいかないから、うちの空いた2階の部屋に連れて行こうかね。
どうせうちで働いてもらうわけだし」
サブリナが運ぼうとするので、美羽がきんちゃんに頼んで、浮遊魔法で運んでもらった。
しかし……。
「なんか、汚いし臭いねぇ」
「そうね、服は血糊でベタベタだし、何日も湯浴みをしてなさそう」
「このままねかせては、おふとんもよごれてしまいますわ」
「そうだねぇ、でも体を吹くのも一苦労だし、拭くのは諦めて旦那の服にでも着替えさせるか」
サブリナはそう言うが、美羽は納得しない。
汚いままなのが、少し許せないのだった。
「じゃあさ、きんちゃん風呂を作ってもらって、その中で洗ってもらおうか。できる? きんちゃん」
「はい、大丈夫です」
と、言うことでサブリナに説明すると、サブリナは喜んだ。
きんちゃんは男を服を着たままきんちゃん風呂に入れるとズブズブ風呂に沈んで行った。
沈んだままの男を泡と水流をぐるぐる回して洗う。
よっぽど疲れていたのか、それでも男は起きなかった。
きんちゃんは基本的に男相手だと雑になる。
美羽に嫌な思いをさせるのはいつも男だから、自然に対応がキツくなるのだ。
美羽はきんちゃん風呂の前で、膝を抱えて座って見ている。
(空気吸えなくて大丈夫なのかな? 私の時はきんちゃん優しいのに……)
などと、呑気に考えるが、それ以上何かする気もなく眺めていた。
男の様子をボケーっと眺めていたら、着替えさせるから部屋の外に出てろと言われた。
「サブリナが大変だから私も手伝うよ!」
と、やる気満々で言うと、
「ミウちゃん、見てはダメ」
「おねえさま、けがれてしまいますわ」
「美羽様、浮遊魔法でやりますから簡単です。ですから、変なものをお目に映さないでください」
「幼い子が男の裸なんか見るもんじゃないよ」
と、みんなに部屋の外に連れ出されてしまった。
仕方なく、食堂で待っていると、きんちゃんとサブリナが降りてきた。
「それじゃあ、大丈夫そうなら、私たち帰るね。念のために市場の治癒院に来させて。午前中にやるから」
そうサブリナに伝えて、帰った。
一連の騒ぎですっかり西陽になり、街が薄くオレンジ色に染まっている。
買い物客がいそいそと家路を急いでいる様子が窺えた。
「これからどうしようか?」
「まだかえりたくないですわ」
「そうね、それならお城のティールームでお茶会をして、そのままディナーっていうのはどうかしら」
レーチェルは解散を嫌がり、クララがお茶会を提案してきたので美羽も賛成した。
美羽を真ん中にして、3人で腕を組んでいると、呼び止める声が聞こえた。
「ミウ!」
3人が振り返ると、そこにはカフィが立っていた。




