第30話 治癒の訓練
一触即発の状態だった。
護衛たちは剣に囲まれながらも、目を剥き美羽を睨みつける。
その目に怯える美羽。
そんな美羽を見て怒り、今にも護衛を殺してしまいそうなきんちゃん。
護衛のリーダーの実家の爵位は侯爵家でそこの次男である。
現当主であるモーガンの方が立場は上だが、侯爵家に睨まれることを考えると、止めに入ることができない。
今、この状況から何事もなく終わらせることができるのは一人しかいない。
その本人も気づいていて、腹に力を入れて声を出した。
「デニー! 控えなさい」
「しかし!」
デニーと呼ばれた若い護衛は、自分の主人であるクララに反論をする。
「黙りなさい! ミウちゃんは私を助けてくれたのです。無礼な真似は許しません」
「はっ」
デニーの返事を見ると、美羽の方に向き直る。
「ごめんね。ミウちゃん、怖かったよね」
「うん、怖かったよ」
美羽の顔がまだ強張っているのを見ると、クララが抱きしめてきた。
日本人の5歳女子の平均程度の身長しかない美羽に対しクララはこの世界の10歳としても背が高い。
クララは自分のお腹くらいしか身長がない美羽に、膝をつき低くして抱き合った。
美羽の体は小刻みに震えている。
「ううう、やっぱり男は怖い。みんな私を怖がらそうとする。嫌い」
「酷いよね。こんなに小さいのに脅してくるなんて」
「うん。やっぱりお城行きたくない」
「そんなこと言わないで。ミウちゃんに来て欲しいの」
「えー、だって嫌な大人の男ばっかりじゃない?」
「みんながみんなそういうわけじゃないよ。優しい人もいるよ」
「優しい顔していても、急に変わる人もいるんだよ。誰が、そうなのかわからないよ」
「う、それはあるかも。お城ってそういう人、多い気がする」
「でしょ。だから行きたくないんだよ」
「でも、そういうことがあったら私が守るよ」
「本当?」
「うん、約束する」
「分かった。じゃあ行く」
「ありがとう、ミウちゃん。それじゃあ、私帰るから、あの者たちを解放してくれる?
あの者たちには私から罰を与えておくから」
「うん。きんちゃん」
「よろしいですか? このまま息の根を止めておいた方がのちのためにはいいと思いますが」
それを聞いて、デニーたちが青い顔をする。
「なっ!」
「いいよ。今日は許してあげよう」
「……わかりました」
きんちゃんが剣をしまった。
ずっと息を詰めていた護衛たちは荒い息をする。
デニーが鋭い目でしかし、美羽もきんちゃんにもクララにさえ見えない位置で睨む。
(くそ、覚えていろ。この私に恥をかかせたどころか、恐怖まで感じさせたことを必ず後悔させてやる)
クララは護衛を連れて帰っていった。
それを見送ったモーガンが美羽に促す。
「ミウ様、我々もそろそろ行きましょう」
「うん、分かった」
馬車前に戻ると、馬車のドアが勢いよく開いて、中から飛び出して来たレーチェルの頭が美羽のお腹に激突した。
「ぐふぅ」
「おねーさま、どこにいっていたのですか!」
ちっとも可愛くない呻き声をあげる美羽に、レーチェルは畳み掛ける。
美羽はお腹を抑えてしゃがみ込む。
「う、う、ぐう。レ、レーチェル、だから、お腹に突っ込んでくるのは、やめて」
「あ、ごめんなさい、おねえさま」
「まあ、ミウちゃん大丈夫かしら」
「う、うん、ジョディちゃん、大丈夫」
「おねえさま、なにしていらしたの?」
「とりあえず、馬車に入りなさい。説明は馬車の中でする」
モーガンの一言で、全員馬車の中に入る。
馬車は動き出し、モーガンが先ほどのことを話した。
ジョディはじめ、皆が驚いていた。
「皇女殿下が街中にいらっしゃるとは」
「美羽様は皇城より呼び出されると思いますので、私の屋敷で待機していていただけますか?」
「え? ずっといないといけないの?」
「呼び出されたら、すぐに対応できるようにです」
「私は貴族じゃないし、すぐには行かないよ」
「むぅ、確かにそうですな。しかし、どちらか行くところがあるのですか?」
「治癒の訓練に行きたいんだ。どこか、怪我人と病人が多くいるところはあるかな?」
「それでしたら、街中に店舗を借りて、治癒院を開いてみてはいかがですかな?」
「それはいいな。いくらくらいで借りられるかな?」
「それは、わかりませんが、お金のことでしたら、我が伯爵家がお出しします」
「え? それはいいよ。自分でできることはやりたいし」
「そうですか、残念です」
モーガンが、心底残念そうな顔をする。
美羽は帝都で間違いなく話題になるから、関係を深めておきたいと考えていたのだ。
そんな思惑とは関係なくレーチェルが目を輝かせる。
「おねえさま、おみせをされるんですの?」
「うん、できればね」
「まあ、すてきですわ。わたしもおてつだいしたいです」
「うーん、モーガン。レーチェルが手伝うとなると、護衛をつけなくちゃいけないでしょ」
「はい、つけさせます」
「それだと、お客さんが怖がっちゃうかなぁ」
「いえ、すぐに駆けつけられる離れた位置につけますので大丈夫ですよ」
「そっかぁ。それならいいかな」
「うれしいですわ。ていとでもおねえさまといっしょですわ」
レーチェルが喜ぶと、カフィも言い出した。
「ぼ、僕もお手伝いする」
「あなたは、学校があるでしょ」
「……はい」
カフィはジョディに嗜められて渋々諦めた。
(カフィには悪いけど、断る手間が減ってよかったよ。 ちょっと面倒くさいんだよね。カフィって)
カフィのアプローチを面倒に思っている美羽であった。
とある城の謁見の間。
玉座に座る、捻れたツノを持つ大男が、跪く痩身でローブの男に声をかける。
「次の転移ゲートの準備は進んでいるのか?」
「はい、もうすでに帝都のそばに潜伏しておりますので、転移ゲートを設置するのもまもなく終わるでしょう」
「そうか」
「いつ実行いたしましょうか?」
「今少し待て。あのお方も参戦するとおっしゃっているのでな。あのお方はシャドウを出すということだが、その力を貯めている。」
「あのお方が?」
「そうだ、あのお方のご意向に沿って進めたい」
「帝都ごときを落とすのに、過剰な戦力かと思われますが」
「いや、あのお方の話では女神側の強力なものが現れているようだ。
まだ、そのものは真の力には目覚めていないようだが、それでも強い力を持つという。
今回はその者の芽が出る前に早めに摘んでしまうという意味もある。
それ故、あのお方を待つのだ」
「ですぎた真似を申し訳ありません」
「良い、お主の忠義は分かっておる」
「ありがたき幸せ」
痩身の男が下がった、謁見の間では玉座に座ったまま、ほくそ笑む。
「マーヴィカン帝国よ。今度こそ、滅ぼしてくれよう」




