第一話 金髪のアノコ
人称変えました。ひとえに楽だからです。
土曜は学校が休みだ。それくらい俺だって知っている。しかし知っていても、意識していないと学校へ行ってしまうものだ。たぶん。
昨日のことが嘘みたいに空は晴れ渡り、金竜家の人々は活動を始めていた。俺はと言うと朝早くに瞳さんに起こされて、着替えをさせられていた。家に帰るからいい、と断ったのだが帰してはくれないようだ。
「こちらの方がお似合いですね。いや、あっちの方がよかったですか?」
「どっちでも良いんで、早く帰りたいんですけど……。学校もありますし」
「ちゃんとした服を着ないと女の子に嫌われますよ」
「家に帰ったら制服に着替えるんで関係ないですよ」
「帰るまでに見られたらどうするんですか! たぶんこの屋敷のメイドさんにも出会いますよ。キリコちゃんにだって出会うんじゃないですか?」
「そんなこと言われても……。服を借りたら返すの大変じゃないですか」
俺が着せられてるのは女物で瞳さんの服だ。嗅ぐと良い香りがするけどそんなこと口に出してはいけない。
「なら私が取りに行きますよ。秋斗くんの家に上がらせて貰っても良いですか?」
「別に良いですけど……」
「やったあ!」
瞳さんは俺の手を取って嬉しそうに飛び跳ねた。昨日はどうやら疲れていたらしい。朝起きたら別人のようにテンションが高くなっていて俺はとても疲れた。
「それより早く仕事始めないと怒られるんじゃないですか?」
「昨日、夜中まで働いたので今日は昼からなんですよ。ですからたっぷり着替えに付き合ってあげられます!」
優しく微笑んだあと瞳さんは自分の服を脱ぎ始めた。
「ちょっと、またですか」
「今度は下着があるので大丈夫ですよ」
いや、そこ重要?
瞳さんはタンスから自分用の服――メイドの制服ではない――を出して素早く着替えた。二秒かかってないぞ。
「はい。終わり」
「早いですね」
「はい。着替えの時間短縮は仕事の効率化にも繋がりますから」
仕事と言えば、昨日のことを思い出す。確か俺が魔物退治を手伝うんだったな? 手伝うんじゃなくて主に俺がするのかな。という面倒な話を持ちかけられたわけで、一体どんな頻度で魔物が出てくるのか気になるなあ。
「このTシャツなんてどうでしょう?」
瞳さんが取り出してきたのは白地に大きなライオンの顔がプリントされたTシャツだ。言われるままに来てみると今までのと同様に胸のあたりがブカブカだった。
胸が大きいのだ、瞳さんは、とっても。
「どうでしょう?」
不安そうな顔で聞いてくる。ただ服を選んでいるだけなんだけど、そんな顔で訊ねられると何だかきゅんと来てしまう。
もう耐えられなくなったので、
「これで良いです」
と言って帰ろうとした。
「では、失礼します」
「もうお帰りになるんですか? 朝食だけでも……」
「でも祖父も祖母も心配しますので」
今さらだけどじいさんとばあさんを出してみた。まず一晩帰らなかった時点で心配するんだけどね。でもそれも見透かされていたみたいで、
「昨日泊まったんですから、数十分帰宅時間が延びたくらいでは変わりませんよ」
と返されてしまった。
そして結局俺は朝食を頂いて、金竜家をあとにした。そう言えばルシファーってどこにいったんだろう。昨日、額を付けてから見ていない。
家に帰る際に注意することがある。じいさんの怒り具合の確認だ。まあそれはとっても簡単なことだ。まず遠くから家の門を見る。門の前に立っていなかったら、レベル四は回避だ。因みにレベル五まで行くと町内を探して回る。まあ今回はまだ出会っていないから五はない。
次に三の確認だ。こそっと門から忍び寄り近くにある大木の麓を見る。そこにいなかったらレベル二以下だ。どうやら今回はレベル二以下みたいだ。
家に「ただいま」と呟いて入る。制服が置いてある自分の部屋に入らないといけないが――。
俺の部屋に行くための廊下にはじいちゃんが立っていた。見張ってるようには見えないけど、今近くを通ればばれる。
「秋斗、お帰り」
後ろから声がした。
「ば、ばあさん!」
「誰がババアだよ」
「秋斗が帰ってきたか!」
ばあさんの声でじいさんが気付いてそう言った。まあ、レベル二以下だから大丈夫だろう。
「昨日は何をしておった」
「ちょっと友達に呼ばれて、遅かったから泊まってきた。悪い」
「……そうか」
それだけ言い残してじいさんは台所へ向かった。ご飯でも食うんだろう。
「あんたもご飯食べるだろう?」
「よばれてきたから今日はいい。時間ないから学校行くよ」
「そうかい」
ばあさんも台所に戻っていった。
家を出る時間、どうしよう。
昨日唯と変な別れ方したからなあ。出会いたくないんだよ。どうせ教室で出会うんだけどね。
でもあいつ、いつもどんな時間に登校してるんだろ。俺は早いからなあ。
結局すぐに家を出た。遅刻ぎりぎりでも早くても出会う確率はそう変わらない。考えるだけ無駄ってもんだ。
こういうとき限って出会うんだよ、唯と。縁があるのかな、腐った方の。
「おっはよー!」と、唯が挨拶してきた。
「ああ、おはよう」と返す。
「おはよう、秋斗くん」
「おはよう」
――――――――って誰!
キリコの横で謎の金髪美女が微笑んでいた。なんというか最近綺麗な人と良く出会うなあ。一人は棘があったけど。
「何ぼけーっとしてるの? もしかして、私の美貌に見とれた?」
「半分あってる」
「美貌以外に何があるの? 性格?」
そっちですか……。
「初めまして、だよね?」
唯は無視して金髪さんに話しかける。
「初めまして。あなたが秋斗君ね。アタシユリコよろしく」
金髪さんはにっこりと笑って俺を見つめてきた。
「よろしく」
外国人か何かだと思っていたがどうやら違うらしい。ユリコって日本人でも今時いないぞ。
話を聞くと唯の家に居候しているらしい。俺の知り合いにも居候はいるけどえらい違いだ。
そして、俺や唯が通っている学校に転校してくるらしい。
「でさ、なんで秋斗は制服なの?」
唯が言った。
え。
「学校……ないの?」
「今日は土曜よ? 秋斗君って面白いね」
ユリコさんが笑うと天使みたいで、可愛いなあ。天国ってきっとこういう雰囲気なんだろうな。
「何にやけてんの?」
しかし、唯の声で現実に引きずり戻される。
「別に。ないなら部活があるから一旦帰るよ」
俺は家に帰った。
それにしてもユリコさんは可愛かったなあ。
そして月曜日、俺は早朝に起きて練習に向かう。
その時俺は気付いていなかったのだ。俺のあとを付ける一人と生首の存在には。
学校に着き荷物を置いて更衣室へ。いつも通り汗臭い更衣室だがこの匂いが懐かしくていい。先週末の不思議な出来事を忘れるにはもってこいだ。
これから毎日平凡な一日が続くんだぞ、と思うと妙にやる気が出た。そうだ、俺は普通に生きてやる。
なんてのが続かないわけだ。更衣室の出入り口を見るとルーちゃんとキリコがこっちを見ているのだから。
「なんでいるんだよ」
「ち、違うぞ。お前の裸が見たかったとかそう言うのじゃ決してないぞ。ほら! ルシファー、お前からも何か言ってやれ」
グロテスクに血が滴ったルシファーの顎を上下に動かし喋らせようとするが、声は出てこない。当たり前だが。
「ルシファーを外に連れ出したら面倒だ。人に見られでもしたら」
「もう見られたぞ。でもたぶん大丈夫だ」
「なぜ? お前が言う魔法的証拠の隠滅とやらに障害が出るんじゃないのか」
「ちゃんと口止めはした。絶対に他人に言わないと言ってくれた」
信じられるか!
「それ嘘に決まってるだろ! こんな黒いの見たら誰だって人に言いたくなるよ! それに生首だ」
逆に黒い生首だからこそおもちゃか何かに見えるのかも知れないが、それはそれで恥ずかしい。
「でも、秋斗の友達だから秋斗が困ることはしないって言っていたぞ」
「友達って……」
友達と呼べるような友達、俺にはいないぞ。
「ちょっと呼んでくる」
キリコはドアから少しの間離れてまたすぐ戻ってきた。俺はそれまでに道着に着替えた。
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