第二話 挑戦者、荒木小太郎
誤字修正しました。
「おーい! 綾瀬様!」
更衣室の出入り口から大田原が叫んでいた。ていうかなんでいるの?
「なんでこんな美女と仲良くなってるのを僕に報告してくれないんですか! ……冷たいじゃないですか」
大田原は俺のそばに来てそう言った。
もしかしてこいつにルシファーを見られたのか?
「冷たいも何もお前とそんなに親しくなった覚えはないよ。それにキリコとも仲良くなってない。練習始めたいからどいてくれ」
俺は大田原を横に避けて体育館の隅を歩いて目指した。
この体育館は基本的に朝は他の運動部のものだ。更衣室側の半面はバスケ、逆側の半面は剣道が使っている。空手はと言うと朝練には割り当てられていない。そこで剣道側の隅を僕が個人的に借りているのだ。ここまで空手が冷遇されているのはいろいろわけがあるわけなんだけども、説明するのは面倒なのでここでは弱いからと言っておく。
更衣室の入り口で、どうだ! という顔をしているキリコを横目に隅へと向かう。因みにまだバスケ部員も剣道部員も誰一人来ていないのでほぼ貸し切りだが、決まりは決まりなので隅を使う。
なんでみんなこんなに早起きなんだろう。俺以外は用事なんてないはずなのになあ。特に大田原なんていつも遅刻しているのに。
「なあなあ。アドレス教えて下さいよ」
俺が隅に向かったのに大田原は付いてきた。邪魔なんだけど蹴っていい?
「俺なら持ってないって知ってるだろ?」
「あんたのじゃないよ。佐藤さんの」
「自分で聞けばいいだろ」
「あんたなら知ってるんじゃないの?」
いやいや……。ケータイ持ってない俺が知ってるわけないでしょ。
俺はケータイを持っていない。経済的とか宗教的な理由じゃなくて単に気持ちが悪くなるから。高校に入ったときに当たり前のように買ったけど、身につけていると頭が痛くなるのでその年の夏には解約した。
そもそもキリコはケータイなんて持ってないはずだ。魔界から来たのにケータイなんて持ってるはずないだろう。そんなことは大田原に説明できないので、
「似てるのかもね」
とだけ伝えておいた。
「そんなことももう知ってるのか! 仲がよろしいねえ。僕もケータイ解約しようかな」
「それがいいよ」
俺はいつも蹴っているサンドバッグを蹴り始めた。
バシッといういい音が体育館に響き渡る。蹴りが入るたびにサンドバッグが揺れていつも通り楽しくなってくる。
「あんたさあ、いつもそれやってて飽きないの?」
大田原が訊ねてくる。
「なんでお前にわかるんだよ。いつもやってるって」
「慣れてる感じがするし……」
そこで大田原は言葉を切った。
「僕も格闘技始めようかな。強いからもてるんだよね、きっと」
音につられてキリコがルシファーを持ってサンドバッグに寄ってきた。
「何をやっておるのだ?」
キリコが不審そうな目でこちらを見てくる。
「サンドバッグを蹴ってるだけだけど。そろそろ人が来るからそれを何処かに隠した方が良い」
「その心配はいらん。それより私にもやらせろ」
心配はいるだろ……。
「そんなに面白いもんじゃない」
そうは言いながらも場所を譲ってやる。たぶんすぐ飽きてくれるだろう。
「ほれ」
軸がしっかりしてない回し蹴りをサンドバッグに食らわせるが女と言うこともあるしそもそもしっかり蹴れてないので、全く揺れない。それより制服越しに見える彼女の胸の揺れが……。と、思ったが揺れるほどなかったようだ。
「フン! フン!」
何度も蹴っているが上手くなる様子はない。
「可愛いよねー」
横で大田原がキリコをじっくり眺めている。可愛いか……これ?
「そろそろ良いだろ?」
キリコにやめさせようと声をかけるが、
「まだ!」と言ってやめようとしない。
だだをこねるなよ。コイツ何歳だ。そう言えば歳聞いてなかったな、でも聞くのは失礼か。同じクラスに来たんだし同い年なのかな?
「ルシファー、蹴りたいか?」
口が聞けないはずのルシファーに訊ねてみる。足もないので蹴れないけど。
「我が輩にはそんな低俗な攻撃方法など必要ない」と、キリコが裏声でルシファーを演じてくれた。
まだ足りないようだ。
「それ、ルシファーって言うんだ」
大田原が反応した。なんというか……面倒な奴だな。
「あれだ! おもちゃだ! だから気にするな」
「我が輩をそんな哀れな存在と一緒にするな! 我が輩は魔王ルシファーなるぞ」
キリコはさらに裏声で答えた。その間ルシファーは口をもごもごさせていた。何か言いたいことがあるんだろう。
これはばれたか。こんなにリアルに口を動かされたら……。
「へえー。良くできたおもちゃだね。今度僕にも貸してよ、佐藤さん」
大田原はバカだった。
キリコは名前を呼ばれているにもかかわらず返事をしなかった。当たり前のことだ。先週、金竜家の屋敷から帰るときわかったのだが佐藤貴理子というのは偽名らしい。本名はキリコ・なんとかかんとかと言うらしい。なんとかかんとかは長かったので忘れた。
だから、佐藤と呼んでも普段返事は返ってこない。俺だって綾瀬とか秋斗とか以外で呼ばれたら反応できないので仕方ないと言えば仕方ないが。
黙々とサンドバッグを蹴り続けるキリコに何とかして相手をして貰おうと、大田原は近寄って肩を叩いた。
「来る!」
キリコは大田原の手を払いのけルシファーを掴むと近くにあった体育倉庫に逃げ込んだ。とっさの間の出来事だった。
大変そうな人だなあ。
大田原は泣きそうな目をして俺に、
「嫌われてるのかなあ?」
と聞いてきたが無視をした。
体育館の正面入り口が派手に開いて、木刀を担いだ制服姿の生徒が一人入ってきた。
剣道部じゃない。剣道部の顔は今年からの新入部員以外は全て覚えている。今はまだ入部届けはどの部も提出されていないはずなので朝練に参加することは出来ないはずだ。それに練習では木刀はほとんど使わない。
「源雅士は来ていないのか!」
源雅士というのは剣道部の部長で去年インターハイで優勝して男だ。朝礼時に一緒に表彰されたから覚えている。
入り口から入ってきた男が叫んだ名は空手部でもかなり有名だ。空手部が日本一になっても朝練の場所すら確保出来ないのはその男の所為なのだから。だからといって恨むわけではないがあまり好きな人物ではなかった。
「まだ来てないけど!」
正面入り口までは距離があるのでこちらも声を張らなくてはいけない。
「ならば待とう」
入り口の男はこちらに向かって歩いてきた。来るってもしかしてこいつのことか。
「なあ、面白いことになってきたな」
さっきまで悲しそうだった大田原が今度はいやにニタニタしている。
「どうしたんだ。気持ち悪い」
「もしかして何も知らないの?」
「何がだ?」
大田原は俺に耳打ちした。
「今日は剣道部部長源正志と道場破りの対決の日じゃないか。そうじゃなきゃ僕がこんなに早く学校に来るはずないだろ!」
……なるほどね。でもなんかあの人老けてないか? 高校生には見えないんだけどな。
「こんな所でされたら練習の邪魔なんだけどね」
俺はサンドバッグを離れて体育倉庫の中にいるキリコを探しに向かった。
「キリコ?」
体育倉庫の中は汚いけど案外物は少なかった。なのでキリコは簡単に見つけることが出来た。
跳び箱に隠れながら震えているようだ。
「どうした?」と訊ねてみる。
「まだいるのか?」
たぶん道場破りのことだろう。
「いるけど。たぶんずっといると思う。人を待ってるみたいだ」
「お前は大丈夫なのか?」
「何が?」
「魔力」
キリコには魔力があるらしく他人のそれも感じられる。今キリコは魔力を使えないが感じることは出来るそうだ。俺がエレベーターに閉じこめられた時も凛の魔力を辿って見つけたんだって。
少し前の俺なら嘘だと思うが、あんなことがあった後だとすぐに信じてしまう。
因みに俺には魔力が一切ない。ホントにない。この世界のヒトにも普通ある程度はあるらしくない人は希なのだそうだ。
それがあの男にはあるんだろう。キリコが震えるほど。生憎この世界で人間は魔力を使えないので、あっても無駄なだけなんだろうけど。
「俺は感じないからな。どうする? ずっとここにいるか?」
キリコは無言で首を横に振った。
「じゃあどうする? ホールにはあの人がいるから通れないし……」
キリコは上を指さした。
「上?」
体育館には二階と言うほどではないが一応高い場所がある。高い窓の開け閉め用の通路なんだけれども。
「あそこを通るの?」
壁に塞がれて見えない開け閉め用通路へのはしごを指さして言った。
キリコは首を縦に振る。ここに来て間もないのによくあんな道知ってたな。
その時だった。体育倉庫のドアが急に開き大田原が興奮した面持ちで飛び込んできたのは。
「源雅士が来たぞ!」
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