うわさのせんがわだんじょん
とりあえずなんとか無事に? 受付を済ませて奥に向かう。
なんかあのおねーさんのところで受付すると、こんなのばっかだ。
新宿のドライな対応が恋しいよ。おじさんだったけど。
まあいい。気を取り直していこう。
こんなの気にして集中力を欠いた状態でのダンジョンアタックはすこぶる危険だからね。
「ここに冒険者カードをかざすと扉が開くんだよ! 一方通行だから、向こうからは開けられないんだ」
千紗が先輩風をびゅーびゅー吹かせて説明している。
この間まで戸惑っていたのが嘘のようだ。
子供の成長は早いねー。
「は、はい。……やってみます」
純華ちゃんがパスケースを取り出しセンサーに当てる。
するとカチャリとロックが外れる音がして開く扉。
逆流防止にしか役立っていない扉ではあるが、初見の人にはちょっとしたイベントだろう。
「……本当にそのままなんだ」
「うん。こっちにいるのが千紗のまま。こっちがおにいちゃんのままといもうとちゃん」
「……ここだったんだね」
「あれ? 言ってなかったっけ? ここが千紗とおにいちゃんたちのまま達を巻き込んだ仙川ダンジョン」
「あの、わたしは別のダンジョンでもいいですよ? 少し遠くなるかもですけど……」
純華ちゃんは気を使ったのかそんなことを言ってくる。
「大丈夫だよ。千紗は毎年ここに来てるし、おにいちゃんも今は平気になったみたいだし」
「それならいいんですけど」
「大丈夫だから気にしないで。それに裏口からだと中に入るのちょっと面倒なんだよ。予約入れて職員立会いの上で、家族向けに発行された許可証持参しないといけないとかあって。だから冒険者になっていつでも会いにこれるようになって嬉しいの」
なんか泣けてくる。
僕は二人の姿を見るのがつらくてここへは足を運べなかったけど、千紗にとっては数少ない母を思い出せる場所なのであろう。
当時三歳だったから母との思い出も記憶もほとんど残っていないはず。
写真やビデオだって、自分と一緒に写っているのはたった三年分。
僕の十二年分とくらべても遥かに少ない。
ここで消えていく記憶を取り戻しているかと思うと不憫でならなかった。
「じゃあ、いこっか! 後ろから他の人来たら邪魔だし」
千紗は明るく笑って皆を促す。
これまでの七年間。
僕は何も見ていなかった。何も見えていなかった。
何も悩みなんかなさそうな千紗だって、悩みがないわけじゃない。
悲しくなかったはずはない。
だけど僕はそれを見ようともせず、気が付きもしなかった。
こんな小さな子が僕を気にかけていてくれたというのに。
本当に自分が情けなくなる。
だからいつか、ダンジョンをクリアし、千紗のママも僕の母と妹もここから開放してやる。
できるかどうかはわからないけど、できると信じて。
僕はあらためてここに見える母と妹に誓ったのだった。
僕たちは千紗に引っ張られるようにして、ダンジョン一層へつながる踊り場に。
「正面に見えますのが、悪名高いダンジョン改札でーす! 日本のダンジョンだけだなんだって、こんなのがあるのは。ファンタジー感台無しだよね!」
バスガイドさん風に改札口を紹介する千紗。
マジでこんなのがあるのは日本だけらしい。
このシステムを構築するため、一般人がダンジョンに入れるようになったのは、他国から遅れること約二年後のこと。
それまでは自衛隊とか機動隊とか、警察とかレスキュー隊とか、一部研究機関とかそんな人達しか入っていなかった。
だから攻略階数なんかも他国に比べ遅れがちだし、モンスター溢れなんて世界初の現象も起きている。
冒険者免許制度があるのも日本だけとか。
免許取得も日本国籍を持っている者に限定されているため、外国人は入ることができない。
海外だと特に管理されておらず、いつでも誰でも入れるところが多いとか。
一応日本のように壁で覆われてるけど、入場制限されていないところが多いようだ。
そのため関東周辺のエリアはほとんどが三十層まで開放されているが、世界だと四十層が当たり前で、五十層まで開放されているエリアがちらほら。
田舎の方だと二十層程度でやっと。
流石に十階層で止まっているエリアはないようだけど。
紛争地帯なんかで、階層を開放するとその分接触する階層が増えるからといって、それ以上開放をすることを禁止しているところを除けば、世界的に見ても攻略深度は低いほうだろう。
日本人の冒険者はもともと少ないし、海外からトップ冒険者を招待して攻略を進めるなんてこともしていないからね。
そもそも一般に開放したのも他国に遅れること二年後のため、現在の冒険者は初期に入り始めた自衛隊員に比べてレベルが低く、自衛隊を出し抜いて攻略できるほどの一般冒険者などいようはずもない。
何しろ財力も組織力も違うからね!
装備の質も訓練の質も段違いだ。
しかし、国は攻略を進める気はないようだった。
階層が増えると管理すべき層が増えるからと、最下層の攻略はできるだけ進めないよう通達が出てたりするが、自衛隊以外に最下層に挑める者などいるはずもなく、自衛隊は政府の計画のもとに攻略を進めているので、勝手に攻略階を増やすなんてことはありえない。
進めるにしろ他国の様子を見てというところだろう。
これじゃ、いつになったらダンジョンをクリアできるかわからない。
そもそもクリアできるかも、クリアできたら皆が開放されるかもわからないんだから、階層を進めることになにか意味があるかさえわからないんだけど。
とはいえ、進めてみないとわからないことはある。
ダンジョンはどこまで深くもぐれるのか。
限界はあるのか。
限界があるとしたら何層なのかなどなど。
これまで人類が到達した階にクリアに関するヒントはなかった。
だからといってこれからもないとは限らないのだから。
創作にあるようにダンジョンマスターがいたりダンジョンコアが有ってそれを破壊すればダンジョンが消え、囚われた人が戻ってこないとはいえないのだ。
僕はそれを信じて、行動するだけだ。
「じゃあ、ここも初めては純華ちゃんね。ここのランプが赤の時はドアが閉まって入れなくなるからね。今は青だから大丈夫」
「はい、……やってみます」
再びパスケースを取り出して自動改札へ。
止められることなく、不思議な膜の前に到着。
「本当は二階層の入り口でトランポリン遊びをしたかったんだけど、今度にお預けね」
「トランポリン遊び?」
「うん。下の階層にも同じような膜があるんだけど、階層ボスを倒したことのない人は通れないんだ。ぽよぽよしてて面白かったんだけど、今日は連休中日で人が多いからおにいちゃんがだめだって」
「ロビーとかにも人が多かったろ? さっさといくぞ」
ロリブルマ少女三人も引き連れていた僕は注目の的だった。
女の子も同じくらい見られていたけど。
受付のおねーさんが注意するのもうなずけるってもんだ。
僕はさっさとパスケースを出して改札を通り抜ける。
「まってよー」
千紗とリザもその後を追ってきた。
「じゃあ、ダンジョンに入る前に最終確認するぞ。ポンチョに長靴手袋ゴーグルに異常はないかお互いに確認しとこう」
四人で装備の確認をしていく。
「みんな問題ないよー」
「問題ありません」
「だ、だいじょうぶ……だと思います」
「そうだね。あ、千紗とリザはもうゴーグルはいらないかな。レベルが五だし、DEFを突き抜けてくることはないだろう。それより今日は監視をしっかりお願いね。純華ちゃんはせめてレベル一になるまではゴーグルと手袋は外さないように。ちょっと蒸れるかもしれないけど、外すのは拠点を作ってからだ」
「はーい」
「命令受諾」
「わかりました」
ゴーグルはちょっとスモークが入っているから、クリアとかウィンドは見つけづらいんだよね。
二人がゴーグルを外したのを確認した後、みんなに声をかける。
「とりあえず純華ちゃんは真ん中。千紗が右。リザは左ね。僕は後ろからついていくから」
一番危険な状態の純華を真ん中にして守るように千紗達を配置するように指示。
「らじゃー」
「作戦開始します」
二人は僕の指示に従い三人並んで『鋼鉄の処女(事後)』に並ぶ。
「せーの!」
ぴょん!
三人が一斉に跳ねて膜の中に。
僕もその後を追った。
「右翼問題なし、クリア!」
「左翼問題ありません、クリア!」
「えっと、……正面問題ありません、……く、くりあ?」
純華ちゃんが二人の期待する視線に耐えきれず、恥ずかしがりながらまねっこする。
「後方問題なし、クリア」
ロリ王呼ばわりされるのに比べたらこの程度大したことはないので、恥ずかしげもなくお付き合いする。
僕も大人になったな。
なんか違う気がするがまあいいか。
「おにいちゃん、全方位クリア確認しました!」
「うん、ご苦労さま。せっつかれない内にここを離れるぞ」
「はーい」
「命令受諾」
「わかりました」
僕は三人をうながしその後ろをついていく。
「純華ちゃん。君はまだ職業がないから、むやみにスライムには近づかないように。なにか気になることがあっても急に走ったりしてもだめだ。いいね?」
「はい、大丈夫です」
「何度も言ってしつこいと思うかもしれないけど、こういうのはなにかに夢中になるとぽろりと頭の中から抜け落ちるから。この層にはいないけどもふもふを見かけても、いきなり走り寄ったりしたらだめだよ?」
「……うっ、がんばります」
彼女にとってミッション・インポッシブルだったかもしれない。
「だいじょぶだよ! 千紗が止めるから!! リザちゃんや純華ちゃんほどもふもふ好きとかじゃないし。でも猫ちゃんには弱いから、その時は止めてね!」
「う、うん。できるかわからないけど」
「パーティーで潜ってる時は互いの助け合いが大事だね。純華ちゃんはまだ経験が少ないけど、もっと経験すればできることも増えていくからね」
JSにもっと経験しろなんてなんかちょっとイケナイ感じがするね。
「わかりました。がんばります」
「まあ、あんまり意気込んでも仕方ないから。とりあえずは冒険を楽しんでよ」
「冒険を楽しむですか? これって今後何が起こるかわからない世界でできるだけ安全に暮らすためにやってることですよね?」
「まあそうなんだけど、好きこそものの上手なれっていうでしょ? 嫌々やっても物事なんて身につかないものさ。いつでも興味をもって楽しくやらないとね。これは勉強も同じ。好きな勉強なら身も入るけど、嫌いだったり苦手意識があると身が入らないだろ? ここを突破すれば次はもふもふ層だ」
「それは楽しみですけど、スライムはあんまり?」
「スライムだって結構遊べるぞ?」
「うん、水遊びしたり、光になれーとか、変なスライム作ったりとか。純華ちゃんにも教えてあげるね!」
「同意」
「……うん、ありがとう」
美少女たちが友情を育む姿って、ほんとうにてぇてぇなぁ。
ほのぼのと見守っていたが、そんな時に邪魔するやつが。
「うわさをしたらスライムが出たぞ」
「嘘、どこ!」
「妾の邪眼よ目覚めよ!」
まだ目を覚してなかったのかよ、エリザベートや。
「……本当にいるんですか?」
まだ三人共見つけられていないようだ。
うん、スライムハンターの面目躍如だね、って。
これとかロリ王とか、僕の称号ってろくなものないよね!
「いるぞ。まだ距離があるから探してご覧」
普通の人なら見逃すような距離。
だが僕にかかってはこんなの朝飯前だ。
なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
「これだけ見回しても見えないってことはクリアかウィンドに違いないね! でもほぼ無風だからよくわからないよう」
「同意、導師、どうやったら見つけられますか?」
「全然わかりません」
この間教えた方法じゃ風のない時は難しいよね。
「今度は逆を探せばいいのさ。風がないってことは草は動かない。でもスライムは動いてるからそこだけ草が揺れる」
「そっかぁ!」
「それは盲点」
「そんな方法があったんですね」
三人は再び草原に目を凝らす。
「……あそこでしょうか?」
純華ちゃんがおずおずと指をさすそこには。
「正解だね。君にはスライムハンター二号の称号を捧げよう」
「……ごめんなさい」
拒否られた。
「すごいよ純華ちゃん。初めてで千紗たちより早く見つけるなんて!」
「同意。さすがスライムハンター二号です」
「そんなことないですけど、スライムハンターじゃないです」
そんなに嫌ですか、スライムハンター。
僕も嫌だけどさ!
「さて、みんなも見つけられたようだね。純華ちゃんはあれが何のスライムかわかるかな?」
「……ここからだと……ちょっと分かりづらいです。えっと、くりあ? でしょうか?」
「またまたせいかーい」
再び称号を贈りたかったけど、本気で嫌がっていたので自重。
「すごいよ純華ちゃん。千紗もどっちかちょっと悩んだのに!」
「ちょっと距離があると分かりづらいよね。ウィンドのほうが全体的に緑が濃くなるけど、クリアはほとんど変わらない。ノングレア処理されているためどちらかといえばくすんで見える。草原で見分けるのはけっこう難しい。近づけばまあ見分けるのは簡単なんだけど、近づくと危険なやつもいるからできるだけ離れていても見分けられるようにすることが大事なんだ。アミューズメント層なら危険なのはぴんくのやつくらいだけど、下層に行けばクリアの溶解力も高くなっていくし、溶解液を飛ばしてきたりするからね。しょせんスライムだから下層に行けるくらいなら怪我するようなことはないだろうけど、服や荷物装備なんかを損傷することもあるからね。下層で荷物や装備を失ったら非常に危険だ。アミューズメント層でもそれを意識して行動するように。アミューズメント層で大丈夫だったからと、つい気を抜くと大変なことになる。どんなに弱いモンスターでも危険な生物であると考え十分注意するように」
「はい」
純華ちゃんは真剣な顔でうなずく。
実際のところその階層では新種のモンスターがメインで出てくるため、上層のモンスターが出てくる確率は低い。
しかし低いからこそ、その存在がスポッと抜けてしまうことがあるのだ。
で、繰り返される悲劇というか、喜劇。
最下層あたりをうろついている冒険者なら、裸装備でもそうそう死ぬことはないから喜劇で済むのだが、純華のような女の子じゃ、洒落にならんからな。
男どもにはラッキーだろうが、女の子にとっては死ぬほどの辱めだ。
そんなこと紳士たる僕が絶対に許しはしない。
「さて、どうする。千紗とリザで討伐の見本を見せるか?」
「わかった! クリアだから、お絵描きしよう!」
「お絵かき?」
「同意。なにを書きましょうか?」
「うーん。リザちゃんに任せた! 千紗あんまりお絵描き得意でないし」
「命令受諾。ではダンジョンに相応しき魔法陣でも描きましょう」
「うん、お願い。じゃあ千紗が核をとるから、リザちゃんはお絵描きね」
「作戦開始します」
千紗とリザは手袋をはめてクリアスライムに近づいていく。
「よく見ておくように。今の君は職業がないから、あれを討伐できないし、ちぎったりもできない。柔らかそうに見えてもステータスがない人は傷ひとつ付けられないんだ」
「不思議です」
「まさにファンタジーだね。誰がなにを考えてこんなもの作ったのかわからないけど、ある一定の法則はある。その法則を利用すれば効率的に狩りもできるしこうして遊ぶ事もできる。ただしいつもその法則が正しいと思ってはいけない。また、他にも変な法則があるかもしれない。それを疑って常に用心を怠らないこと。クリアスライムは比較的溶解度が低いし、千紗たちの今のDEFならまず溶かされるようなことはない。だけどちゃんと手袋しているだろ? 同じモンスターでも階層によって行動や性質が変わってくるから、ここは大丈夫、ここはだめと区別して覚えるより常に万全の備えをしておけば間違いないからね」
「わかりました。十分注意します」
「大丈夫だろうはすでに危ない。それを常に意識してね」
「はい、先生」
純華ちゃんが真剣な顔でうなずく。
うん、真面目さんだね。
でもそれは悪いことじゃない。
モンスター溢れがあれば下層のスライムが沸く可能性も有るから、注意するに越したことはないのだ。
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