ないしょのじぶん
わたしは自分が嫌いだ。
みんなは私のこといい子って言ってくれるけど、全然いい子なんかじゃない。
ただ昔、かみさまに誓ったことを守っているだけ。
あれはまだ私が五歳のとき。
わたしの妹である優華は心臓に持病があり、両親ともに妹にかかりっきりで、わたしのことなんかほとんどかまってくれなかった。
妹が生まれる前は、お気に入りのかみさまの絵本をよく読んでもらっていたものだが、妹が生まれてからというもの、それはなくなった。
当時はなんで妹のことばかり構うのかわたしはよく理解できていなかった。
「えほんをよんで」とお願いしても「いまゆうかちゃんがお熱出してるから後でね」とか、「これから病院だから後でね」とか言われるが後はなかった。
「ゆうかちゃんはごびょうきなの。だから優しくしてあげて」
「いまゆうかはたいへんなんだ。すみかはおねえちゃんなんだから、ちょっと我慢してほしい」
そういってわたしはいつも我慢させられた。
ある日、わたしのおきい入りの絵本をママが優華に読んであげているのを見て、その不満が一気に爆発した。
「あたしのえほんかえして!」
ベッドに座ったママの膝の上で絵本を広げていた妹から、わたしは絵本を無理やり取り上げる。
「あっ! すみか!」
「うぇえ~~~~ん」
ママがわたしを叱る前に優華が泣き出したと思った瞬間。
「ごほごほっ! あっ! ああああああ!!」
突如として苦しみ始めたのだ。
それはわたしが初めて見る優華の激しい発作だ。
「ゆうかゆうか! しっかりして!!」
ママはゆうかをベッドに寝かせると、棚においてあったスマホを手にしてなにか操作を始めた。
わたしは怖くなって、手にした絵本を取り落とし、苦しそうにする妹の手を握った。
「つめたい!」
まるで冬にプラスチック製のお人形をつかんだような冷たさで、とても生きた人間のものとは思えなかった。
優華が生まれた当初はわたしにとっても初めての妹で、とても可愛がっていた。
わたしだけのママやパパではなくなったけど、妹と一緒にいるときは、パパやママが一緒にいたから。
優華の近くにいるときだけが両親がわたしも見てくれてたから。
ぷにぷにほっぺをつんつんしたこともあるし、もみじのようなちっちゃな手を握ったこともあれば、わたしの指をぎょっとされたこともある。
その時はとても暖かかった手が今はこれほど冷たい。
顔も青ざめ、ぜーぜーいって呼吸も苦しそうだ。
しばらくしてピーポーと音がしたと思ったら、知らないおじさんたちが部屋に入ってきて、優華を連れて行った。
わたしも一緒に乗せられて病院に行ったが、待合室でママに抱きしめられながら何故かママに謝られていた。
「ごめんね、ごめんね。いつもかまってあげられなくてごめんね」
お医者さんが来て、もう大丈夫と言うまで、ずっとママは謝り続けていた。
絵本を取り上げ、妹の発作を誘発したことを怒るどころか、なぜわたしがあんなことをしたのか悟ったのだろう。
そんなふうに悟れたのはだいぶ経ってからだけど、その当時はただ久しぶりにママに抱っこされて嬉しかった。
これまで両親にかまってもらえる妹のことがとても羨ましかった。
妹に成り代わりたいとすら思っていた。
だけど、もうそんな風には思えなかった。
当時はまだ死ぬってことがよくわからなかったけど、わたしはあんなに苦しそうで冷たい手になるほど苦しみたくはなかった。
かみさまからもらった、健康な体があれば、もう何もいりませんと、えほんの中の神様に誓ったのだ。
それからのわたしはわがままも言わず、主張もせず。
ただ生きていた。
苦しむこともなく生きているだけで、わたしは幸せだった。
妹に嫉妬することもない。
ただかわいそうと思うだけ。
かみさまから両親の愛をもらえた代わりに健康な体はもらえなかったのだ。
だがら妹がわがままを言っても、両親の愛を独り占めにしても、わたしは気にならなかった。
わたしの妹はその幸せの代わりに病気をもらったのだと、そう思っていたから。
ならわたしはそんな幸せなんかいらない。
そうとすら思っていた。
それが変わり始めたのが小学四年生で飼育委員に選ばれたとき。
いえ、押し付けられたと言った方がいいだろう。
めんどくさそうな委員をみんなはおとなしいわたしに押し付けたのだ。
だけどわたしはそれを拒否はしなかった。
家でも学校でもいい子でいることになれすぎていたから。
今にして思えば幼いながらの馬鹿な願いだったと思っても、染み付いてしまったいい子というイメージはもう変えられない。
ただかみさまに嫌われないようにいい子を演じていただけなのに、もうそれは自分の一部となっていて切り離すことはできなかったのだ。
だけど初めて飼育小屋に行って、飼っていたうさぎを抱かせてもらったとき、すごくもふもふで温かくて、わたしの冷めた心に衝撃が走ったのだ。
妹の冷たい手とは比べ物にならない熱いほどの体温。
小さくても手のひらにしっかり感じられる鼓動。
これが生きているってことなんだと、その時わたしは悟ったのだ。
死の一歩手前まで行った妹とはぜんぜん違う、生きている証拠。
そのうえもふもふで可愛いとなれば、わたしがのめり込むのは仕方がないと思う。
同じ飼育委員の人たちが一人二人と来なくなっても、わたしは飼育小屋に通い続けた。
最後まで残ってくれた佐藤さんや、時々一緒に来る冴木さんとも仲良くなった。
これまでいい子でいたわたしは友達と深く関わることもなく、いい子を演じていた。
だれにでもいい顔をするので、時には嫌われることもあったけど、それでいいとさえ思っていた。
ただ波風たてず、いい子でいれば、かみさまはわたしから健康な体を取り上げることはない。
それだけで幸せなのだと。
佐藤さんはウサギさんに向かって「おぬし、みどころがある。妾の眷属となれ」とか「使い魔としてやろう」とか、変なことを言う人だなぁとか思ってたけど、そのお顔はすごく優しかった。
餌やりだけでなくお掃除も嫌がらずにやるし、お友達の冴木さんが飼育委員でもないのについてきて一緒に餌やりや掃除を手伝ってくれるようになった。
ある日、わたしがいつものように佐藤さんと呼んでいたら、
「妾はエリザベート・ド・ベルナールである。リザと呼ぶがよい」
何故かそっぽを向きながらわたしにそう言ってきたのだ。
なんだかその頬が赤くなっているのにわたしは気が付かないふりをした。
「じゃあ、千紗は千紗ね! 純華ちゃんって呼んでいい?」
佐藤さんも便乗してわたしに詰め寄ってくる。
「う、うん」
その迫力にいい子パワーを発揮したわたしはついうなずいてしまった。
「えっと、リザちゃんに千紗ちゃん……でいい?」
「うん、純華ちゃん!」
「純華よ、妾もそう呼ぼう」
「は、はい」
それがわたしにとって初めての友達だった。
その時からただ生きていたわたしは少しずつ変わっていったのだと思う。
三人でもふもふの話に盛り上がり、ネットに上がっていたかわいい動物の写真や動画の話をして、そしてある日ふと気がついた。
わたしはこれまでちゃんと生きていなかったと。
ただ呼吸するだけの人形。
それがわたしだった。
生きていくだけでも命がけの妹。
彼女は彼女なりに必死に生きていた。
一応席はあるが一度も通ったことのない学校。
教科書と体調の良いときだけ行われるオンライン授業、画面越しにしか見たこともないクラスメイトから届くメールや千羽鶴。
それだけが彼女と学校の関わりだ。
クラスが変わればそれも途絶え、なのに妹はいつか学校に通うべく、体調を見ながら勉強を続け、だけど病状はますます悪化するばかり。
移植手術なるものが必要らしいけど、日本じゃ子供の臓器移植はほぼ絶望的。
海外で手術を受けるには大変なお金がかかるらしい。
もう何年生きられるかわからないというのに、妹は絶望していなかった。
パパもママも一生懸命介護したり働いたり、寄付を募ったりして諦めてはいなかった。
なんのことはない。
絶望し、諦めていたのはわたしだけだったのだ。
冷たくなっていく妹を見たくなくて目を閉じ心を閉ざし、そしていつか来るその時をただ生きて待つ。
そうしてわたしは生きてきた。
そんなときにできたわたしのお友達が、何故か五年生になってダンジョンに入るとか言い出したのだ。
はじめは遊ぶ時間が少なくなるのかな、と思った程度で、ダンジョンには全く興味を惹かれなかった。
いっしょにゴスロリ写真撮ろうと言われたときも、妹のことを言い訳にして断ってしまった。
だってわたしはただ生きていただけだから。
ただ生きて行くのにダンジョンもゴスロリも必要なかった。
だけど、ある日見せてもらっらダンジョンの写真と動画。
おっきなもふもふと遊ぶ二人がとても羨ましくて、ネットでダンジョンのことを調べまくった。
出てくる可愛らしい動画。
そしてそこで得られるポーションやスキルのこと。
これまで不治の病と言われていた病気や、瀕死の重傷者をもまたたくまに治してしまうポーションやスキルの存在はわたしにとって衝撃だった。
臓器移植以外に妹が助かる可能性がある。
ただ生きてきた自分にもできるかもしれないと思った瞬間、パパとママのところに突撃していた。
わたしの頑なな態度に困惑していたパパとママだが、最後には許してくれた。
これまで演じていたいい子がいい方に働いたらしい。
わたしはこれまで生きてきてほんとうの意味では生きてはいなかった。
妹を死の一歩手前まで追い込んだ自分に罪悪感を感じていたのかもしれない。
だから彼女がちゃんと生きていけるようになるまで、自分もちゃんと生きていてはいけない気がしていた。
いや、今でもそう思う。
妹がちゃんと生きていけないと自分もちゃんと生きられない。
何かがカチリとはまる気がした。
いつかポーションかスキルを手に入れ、妹と一緒に生きる。
そんなこと誰にも言えないけど、嫌いだった自分が少しだけ好きになれそうだった。
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