はじめてのれべるあっぷ
さて、お次のスライムは。
「おっ、ウィンドだな。千紗、このメイスで最初のときのように叩いてみてくれ」
「わかった。あの時はまったくダメージが入らなかったんだよね」
「比較実験だな。人間知識ではわかっていても実際にやってみないとわからないこともある。さっきの水スラでの失敗なんかもそうだな。とりあえず十分な安全を確保したら、色々試してみるといい。ただしピンクのやつはだめだ。あれだけはガチでね」
「よし、おにいちゃん、メイス貸して」
「はいよ」
僕は千紗にメイスを手渡す。
「核は小さいからよく狙えよ。棘のところでピンポイントに核を狙うのは無理だから、この丸いところと地面とで挟み込むように潰すんだ。できれば地面が硬そうなところに移動してから潰すと間違いがないんだが、思いっきり地面を叩くと手がしびれるからまあ、どっちがいいとは言い切れないんだけど」
僕は千紗に注意すべき点を説明していく。
「わかった。ちょっとやってみる!」
「リザは千紗が失敗したときの後詰めだな。必ず失敗したときのことを考え、フォローする体勢をとっておくように」
「命令受諾」
リザにもフォローするように促し、それに従って準備を始める。
さっきの反省からポンチョの裾を膝で押さえ、メイスを構える。
リザもそれに習って、自分のガード状況を確認し、ペンチを左手に構える。
「いくよ! リザちゃん!!」
「作戦開始します」
「いっけー!」
千紗がメイスを振り落とす。
べちゃん!!
「ほえー」
「きゃっ!」
ウィンドスライムは見事にぺしゃんこ。
それどころか飛沫が飛び散り、二人はちょっとグリーンがかった粘液まみれになった。
ぬるぬるJSとかなんかエロいぞ。
「失敗した! リザ、核を潰せ!!」
「命令受諾」
すかさずリザが潰れたスライムの中から核をえぐり出し、ペンチで握りつぶした。
旋風がおきる前に討伐完了だ。
二人が浴びた粘液が光になって消えていく。
今度は全身が謎の光に覆われ、まるで全裸演出だ。
謎の光で画面の半分以上覆うのはやめてくれませんかね?
「うう、また騙されたー。おにいちゃんひどいよう」
「導師の意地悪」
「ごめんごめん。思いっきりスライムを潰すとどうなるか教えるためなんだ。ウィンドは溶解力も弱いしね。たとえ服についても手早く倒せば服が溶ける前に対処ができるし」
だいたい魔法持ちとか特殊能力があるやつは溶解力が弱めだ。
水スラなんかはほぼなくなっちゃってるからね。
その点ピンクは溶解力にステータス全振りしたやつと言えるだろう。
「まあこんな感じで、この小さい核を鈍器で潰すのは大変だし、粘液も飛び散る。なのでこのゴム手袋で掴み出しペンチで潰す技が一般的になったんだ」
「身に沁みてわかったよ」
「同意」
「これも君たちの先輩冒険者が様々な失敗を繰り返してここまで効率化したんだ。ただネットで情報を集めて効率的に狩りをすればいいというわけじゃない。今の方法だってベターであってベストじゃないかもしれない。ネットには偽情報とかもあるし、練習が必要な技もある。なぜそうしているのか、こうすればどうなるのかよく考えて、討伐に挑むように。今回のことだって、水袋を思いっきり叩けばどうなるか容易に想像ができたはずだ」
「うみゅう、むずかしい」
「がんばる」
「ダンジョンは生き物だ。昨日は有効だった手段が今日は通じないかもしれない。今日見つけた方法よりもっといい方法が、明日見つかるかもしれない。それを肝に銘じ決して思考停止することなく、常に想定外のことが起きうるのだということを踏まえ、心の準備をしておくのが肝心なんだ」
「おにいちゃんの言うことも疑ってかかれってことね?」
「まあ、そういうことだな。失敗も経験のうちだからな。危険がない時はあえて失敗させるときもある。実は失敗も経験値として計上されているようで、うっかりすると失敗したほうがもらえる経験値が多かったりするらしい。逆にネットで仕入れた情報で何も考えず効率的にモンスターを倒すともらえる経験値が少ないとか検証されている。ようは何事も実際の経験が大事だってことだ」
モンスターを倒せば経験値が入るわけじゃない。
なにかを体験したり経験するから経験値が入るのだ。
それを忘れてはいけない。
階層ごとに到達するレベルに限界があるのは、飽きて新たな経験をすることがなくなるからとも言われている。
「そしてなにより、失敗できるのはこのダンジョン一、二層のアミューズメント層だけと言っても過言ではない。より下層に行けば一度の失敗が致命的になりかねない。僕のこの左手のようにね」
僕は自嘲する。
反面教師の見本だね。
「おにいちゃん……」
「油断、慢心、傲慢、無知、怠惰、強欲、嫉妬、悪意などなど、人間には誘惑が多い。七つの大罪などその代表的な一部にすぎないんだ。ダンジョンは人間の心の隙を狙ってくる。一度の失敗が生死を分けることだってある。この動かない左腕も、その隙を突かれたためだし、そうなったのも本気とはいえないアーマードベアの一撃がかすっただけでこのザマだ。だから二人とも、この階層で大いに失敗してほしい。いろんな工夫、新たな試みを試してみてほしい。それはきっと将来の君たち二人の糧になるのだから」
僕の言葉に真剣にうなずく少女二人。
何も考えていない能天気っぽかった千紗。
何を考えているかよくわからないエリザベート。
だが、今はっきりと僕の言葉が二人に届いたのがわかった。
「「「あっ!」」」
三人が同時に声を上げる。
目の前に突然表示されるステータスボード。
通常開こうと意識しないと開かないそれには、もうひとつ開く条件があった。
「やったー! レベルが上がった!!」
「妾もです! 一緒ですね!!」
「……」
何が起こってる?
「おにいちゃん、どうしたの?」
一人浮かない顔をしている僕に気づいた千紗が声をかけてくる。
「……レベルが上った」
「? うん、千紗もリザちゃんもレベルが上ったよ! まだそんなにスライム倒していないのにすごいよね!」
「……いや、そうじゃない。僕のレベルも上ったんだ」
「! ……それって」
「導師……」
「僕の、頑として上がるのを拒否していたレベルが上ったんだ」
大怪我するまで頑張っても、一レベルも上がらなかった僕のレベルが、たいしてモンスターを倒していないのにいきなり上がった。
確かにモンスターを倒さなくても経験値は入ると言われている。
だけどそれはモンスターを倒すのに比べたら微々たるものだ。
スライムなら何度も倒してきた。
仙川ダンジョンは経験が浅いから歩いているだけでもある程度経験値ははいるかもしれないが、それなら下見してたときのほうが長く潜っていた。
サークルメンバーと他のダンジョンだって多数回ったが、レベルは上がらなかった。
なにが原因だ?
「おにいちゃん! あの全然上がらないって言ってたレベルが上ったの!?」
「本当に本当? 導師」
「ああ、【れべる:いち】としっかりと。なぜかひらがなだがな!」
これまで職業の欄しかなかったスキルボードにはっきりとステータスが表示されている。
レベルゼロの場合、見えるのは職業くらいで、レベルやDEF、ATKという項目さえ見えない。
もちろん、見えなくてもステータス自体はこれまで存在していた。
DEFやATKがなければ攻撃も通じないし、スライムの攻撃でも大怪我をする。
そして各パラメータが変化して初めてその項目が見えるようになるらしい。
ATKに変化があればATKが。DEFに変化があればDEFがその後見えるようになるのだ。
そして僕のステータスは。
「表記はひらがなだが【ぼうぎょりょく】の項目が新たに表示されている」
全部ひらがななので、読みづらいが、その数値はレベル一としたら『破格の低さ』だ。
さすが【天職】と言われる程の唯一スキルだね!
レベルアップ阻害とスキル取得阻害どころか、ステータスアップ阻害までついてました!!
ダンジョンの神様、そんなに僕がお嫌いですか?
「あのね、千紗もステータスが出てるの。それもおにいちゃんと同じ、ひらがなで。じつは職業もそうなんだ」
「千紗もなの? 妾もひらがな表記されている。これは偶然と言うにはいささか偏りがありませんか? 導師」
確かに偏ってるとは言えるが不思議というわけでもない。
「ステータスは基本的にその人が親しんでいる表記で表示するんじゃないかと言われている。日本人だとDEFやATKなどゲーム用語がベースの人が多いし、英語圏であまりゲームをしない人なら普通の英語でattackとか表示されている人が多い。君たちはあまりゲームをしないし、習っている漢字少ないから、ひらがなで表記されても何らおかしなことはない」
まあ僕の場合漢字が苦手だとかはないんで不思議なんだが。
ゲームもモンスターのハンターなゲームくらいしかしてないし、それもダンジョン攻略の参考までに軽くいじったくらいだ。
まあ、ゲームと実際のダンジョンとではだいぶ違うと知っただけだったけどこれも経験だ。
「そっかぁ。でも三人共いっしょにレベルアップしたことは関係あるんじゃないかな?」
「そうだな。僕が御高説を垂れていたときに上がったから、君たちは僕の言葉に何かを感じてそれが経験になったと考えられる。じゃあ僕は? 君たちに何かを教えるという経験が経験値として計上されたのかもしれないな」
これまで一緒にダンジョンに潜ってたのは、ほぼ先輩か同期でしか無い。
しかもダンジョン専門学科のある大学に入学し、専門のゼミに所属しているような連中だ。
一方的に教えるなんて機会はこれまでなかった。
高校時代はこの職業の制限事項のせいでボッチだったし!
「もしかしたら僕は人に教えることでしか経験値が入らないのかもしれない」
僕の職業とどうつながるかは不明だが、おそらく当たらずとも遠からずだろう。
あとはもっと条件を絞り込んでいけばいいだけだ。
「原因は後で考えればいいよ! とりあえずはおにいちゃん、レベルアップおめでとう!!」
「師匠、おめでとうございます!」
「ありがとう。君たちもおめでとう。そうだな。検証はゆっくりやればいい。今日は予定通り君たちのレベルを二に上げるぞ」
「「おー!」」
二人共腕を振り上げ、気合い充分だ。
僕たちは時間いっぱい一層で狩りをし、三人共レベル二になった。
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