はじめてのてんじょう
ここより本編になります。
僕が目覚めた時、最初に目に入ったのは見知らぬ天井だった。
「初めての天井だ」
微妙にパクりきれないセリフを吐きながら、起き上がろうとするがからだが上手く動かない。
「進士さん、目が冷めましたか? 無理に動かないでくださいね」
そう言って声をかけたのは、昔で言うところの看護婦さんだ。
「……ここは?」
「ここは病院ですよ。あなたは大怪我をしてこの病院に運び込まれたんです。分かりますか?」
見れば傍らには点滴やら、よくわからない機器が接続されていた。
「……ああ、あるほど。てっきり死んだかと思いました」
僕は目が覚める前の状況を思い出し、首肯する。
あの状況なら生きていただけめっけ物というところだろう。
「大丈夫。生きていますよ。意識もはっきりしているようですので、今先生をお呼びしますね。そのまま動かないでお待ち下さい」
「はい」
看護師さんはベッドから離れ、インターホンに向けて話し始めた。
「ICUの進士さんが目覚めました。担当の鈴木先生にお伝え下さい」
しばらくして僕の担当医師という人が来て、定番の指が何本見えるか、痛いところ苦しいところはないか、手足を触って感覚があるかなどを確認していった。
「とりあえずバイタルも安定していますし、明日まで問題がなければ一般病棟へ移しても大丈夫でしょう」
ひと通り見終わった医師が出ていく。
「わたしもちょっと席を外しますね。何かありましたらこのボタンを押してください。指は動きますか?」
「はい、大丈夫です」
僕は手渡されたボタンを手の中で転がし、問題ないと伝える。
「よさそうですね。ではちょっと出ます。決して無理にからだを動かそうとしないでくださいね」
看護師も出ていき、室内には機器の出すピッピという音だけが残った。
一人になった僕はこうなった経緯を思い返す。
「これがトラックなら異世界転生か何かと思うところだけどな」
残念ながら、彼を病院送りにしたのはトラックではない。
まあ、トラックみたいにでかい、モンスターではあったが。
「あれは運が悪かったとしか言いようがないけどな」
七年前に突如世界中に出現したダンジョンと言われる不思議な空間。
そこはまるでロールプレイングゲームのような、モンスターのはびこる剣と魔法の世界だった。
まあ、NPCこそいないものの、まさにゲームの世界。
一回そこに一定時間入った人間には職業あるいはジョブと呼ばれるものが与えられ、ステータスが表示できるようになる。
職業やスキルによっては魔法が使えたり、力が強くなったり、特殊な能力が使えるようになったりもする。
魔物をたくさん倒せばレベルも上がるし、それにより複数のスキルも覚えることができた。
魔物を倒すことで得られるアイテムも現代社会においてもかなり重要となるものがいくつもあった。
現在では大学にダンジョン専門の学部がいつくもでき、民間の研究所さえ多数存在する。
僕、進士 和斗はそんな学部のある大学へと進学し、ゼミにも参加していた。
それどころか同士で作るダンジョン研究サークルにも参加しどっぷりとダンジョン漬けの生活を送っていた。
そんなさなかのあの出来事。
僕の授かった職業は特殊で、特定の条件を満たすことで発動する職業らしいということはわかったが、それ以外のことがわからない。
そのためゼミのみんなやサークルのメンバーと協力し合って、様々に条件を変えてダンジョンに挑み、そして悲劇が起きた。
元々無理な試みだったのかもしれない。
なにせ僕の得た職業のせいかレベルはゼロから上がらず、スキルも得られない。
職業による追加効果も見られなかったから、本来なら第三層でさえ厳しいステータスとスキルにもかかわらず、サークルメンバーとともにかき集めた装備でなんとか力を底上げし、そしてついにたどり着いた第十層のボス部屋。
優秀な装備と優秀な仲間。自慢するわけじゃないが僕自身の身体スペックが高かったことも相まって、普通であるなら問題ない挑戦であった。
しかし、ボス部屋に踏み込んだ瞬間、最悪の選択を引いたと皆が悟った。
基本ボス部屋は、六種のモンスターが、六種の強さ、六種の大きさの組み合わせでランダムに生成される。
出現したモンスターは六種のモンスターでも最強と名高いアーマードベア。
しかも最大最強の組み合わせ。
このダンジョンの十層のボス部屋はアーマードベアと最大最強の組み合わせの時、出口が塞がれボスを倒すまで逃げられない、通称デスマッチ部屋と化す。
その確率二一六分の一。決して低くもないが高くもない確率。他のダンジョンに比べればこれでも低いほうだ。
それをスキルもないレベルゼロの僕がいていい空間ではなかった。
ただでさえ困難な状況。
それに僕という足手まといを抱えていては、十分に戦えない。
ボス部屋に一度に入れる人数はレイド部屋を除けば基本的に六人まで。それ以上入ろうとすると不思議なバリアによって阻まれる。
一人が和斗のフォローに入ったため、実質四人で最大最強最悪のボスに挑まなければならなくなったのだ。
それでもあらゆる状況を想定して研究及び訓練をしてきたサークルメンバーは、なんとか勝機を見出しつつあった。
だがそこへ和斗が足を引っ張った。
高速に動き回るモンスターと仲間たち。
一人その動きについていけず、アーマードベアの横殴りの腕を避けられずに、部屋の壁まですっ飛んだ。
もともとほとんどない保護バリアの維持ポイントであるHPはあっさりゼロに。
職業を得れば得られる保護バリアは、HPがある限りは、攻撃されてもHPの減り方に応じたノックバックや多少の痛みを伴うくらいで、かすり傷さえ負うことはない。
しかしHPがゼロになり保護バリアが消えれば、敵の攻撃力分のエネルギーをまともに食らうことになる。
保護バリアが消え、トラックほどもあるアーマードベアの丸太のような太い腕で殴り飛ばされれば、どうなるかは明白だ。
僕は壁に叩きつけられ気を失う直前、左腕はちぎれかけ、全身から血が吹き出していたのをかすむ目で確認した。
そこから先はどうなったかわからない。
おそらく誰かがポーションをかけてくれたのであろう。
今回の試みにおいては危険も多分に予想されていたので、手に入る最上のポーションを各自が常備していたはずだ。
その後無事に倒せたのか、それともけが人が再び出たのか。
気にはなるが、この有様では確認することもできない。
「看護師さんが戻ってきたら訊いてみるか」
まさか別々の病院に運ばれているってことはあるまい。
程なくして戻ってきた看護師に一緒に運び込まれた患者はいないとのことでとりあえずホッとしたのであった。
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