はじめてのおでむかえ
四月下旬から五月が最速の試験日と予想していたが、大きくハズレ今はまだ四月中旬。
この間の勉強会から一週間と経っていない。
お役所仕事早すぎるだろう!
すぐやる課かよ。
二人に聞いたら予習はバッチリだというので、急いで申し込み。
晴れて第一回の冒険者二種免許試験日となりました。
ちょっと慌ただしかったけど、二人は真面目に講義を受け、僕の作った模擬テストでも問題が見つからないほど優秀だった。
子供ってすごいね。
集中したときの記憶力って、大人じゃかなわないよ。
よく駅名だとか恐竜の名前だとか、完璧に間違えずに言える子供とかよくいるけど、あんな感じだ。
僕だって前に試験したときの内容なんておぼろげにしかおぼえていないってのに。
非常勤講師の話がなかったら、思い返しもしなかっただろう。
今日の免許取得試験は新宿で行われるため、僕が送り迎えすることになった。
左腕が動かないから車の運転はできず電車での移動だけどね。
ついでにご両親にも挨拶。
まあ、千紗に母親はいないけど。
まずはご近所の千紗の家に迎えに行った。
呼び鈴を押すと待っていたかのように飛び出してくる千紗。
「おにいちゃん! おはようございます!」
「うん、おはよー」
朝から元気だねー、って。
「ゴスロリ少女!」
まるでエリザベートのような白と黒のツートンカラーで構成されたゴスロリ服。
ただこっちはかなりリボンやレースが盛ってあり、どちらかといえば甘ロリに近いか。
髪も黒髪ストレートにしていて、いつもとだいぶ雰囲気が違う。
「うん、今日の勝負服なんだよ! このあいだ作ってもらったばかりの新作だよ!!」
勝負服かー。
それじゃしかたないね。
この間の寄り道で、ロリ服もらってもあまり負担になっていないと知って吹っ切れたのか、早くも新作をもらってきたらしい。
けっこう出来上がるの早いな!
手間かかってそうなのに。
まあ、何度も撮影協力しているんならサイズもわかっているだろうし、デザインとか布とかは予め千紗のイメージで用意してたのかもしれないな。
「おはよう和斗くん。久しぶりだね」
千紗の父親が出てきた。
「ご無沙汰しています、俊介おじさん。おはようございます」
これまで避けてきただけにちょっと顔を出すのは気まずかったが、向こうはまるで気にしていないふうだった。
まあこれが大人と子供の違いというやつか。
一応僕も成人はしているんだけどね。去年だけど。
「千紗が冒険者になりたいと言ってきたときにはどうかと思ったけど、このご時世だし、自分を守れるだけの力があったほうがいいのは確かだ。それに君はまだ妻たちを助け出すのを諦めてはいないのだろう?」
「どうしてそれを?」
「君とはあまり話すことはなかったが、君の父親である裕和さんとはそれなりに話す機会はあったからね。息子が無茶をして困るとか、愚痴めいたことは何度も聞かされたよ」
なんと。
没交渉だと思ってたのは僕だけで、父親たちは密かに交流していたのか。
「娘を助けてくれただけで十分だ。あまり無茶なことはしないでほしい」
「……大丈夫ですよ。もうこれでこりました」
僕は左腕をブラブラさせて苦笑いする。
「大変だったみたいだね」
「ええ、後五分運び込まれるのが遅かったら助からなかったとか聞きました。僕も生きてるのがほとんど奇跡だと思っていますし。それも有って今はまあ後進を育てるとか、そっちにいこうかなと考えているところです。非常勤講師になったのもなにかの縁ですし」
千紗たちとクラブ活動を通じて、何となく僕の行くべき道が見えてきた気がする。
どのみち僕一人が頑張ったところで、どうにもならないのだ。
サークルから追い出されただけで、ろくにダンジョンにも潜れないのだから。
この左腕が無事だったとしてもだ。
次に潜るとしても仲間が必要だし、ダンジョンの謎を解き明かすにも大勢の人間の力が必要になるだろう。
そのための人材を育てる仕事が僕のやるべきことなんじゃないかと最近思うようになってきた。
「そうか。君の顔を見ればそれがわかるよ。前とは違ってだいぶ穏やかになったね。前はもう険しいというか何か必死な顔つきだったからね」
どきりとした。
自分はいつもそんな顔つきだったか。
まあ常に追い詰められた気持ちでいたからかもしれない。
「穏やかになったのだとしたら千紗たちのおかげですね。あのカオスな空間にささくれだった心じゃ一時だっていられはしませんよ」
こうして改めて見ると千紗の笑顔に救われてきたような気がする。
親不孝して父への負い目から始めた非常勤講師だが、僕にとってはいい方向に転がり始めたのだろう。
「僕の助けた千紗をこんなにいい子に育てくれてありがとうございます」
妹たちを見捨てて逃げたという罪悪感より、千紗を助けられてよかったという気持ちが上回ってきたのが自分でもがわかる。
「いやいや、礼を言うのはこちらだよ。千紗を助けてくれて本当にありがとう」
「おにいちゃん、ありがとうございます。だから今度は千紗がおにいちゃんを助けるね!」
「ありがとう千紗。もう十分助けられているよ」
「そっかぁ! えっへっへっへ」
はにかむ千紗が服装も相まって余計に可愛く見える。
ざわり。
「!」
自分の中で何かが動き出す感じがした。
この感じ前にも……
「さて、ここで長話していたら試験に遅刻するからな。これから佐藤さんのところにも迎えに行くのだろう」
「そうです。じゃあ、千紗。行こうか」
「うん! ぱぱ、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい。和斗君、くれぐれも頼むぞ、くれぐれも」
うわ。
これまで穏やかだったおじさんの顔がオーガに見える。
すわ、モンスター溢れか!
「わ、わかっています。お任せください」
慌てて姿勢を正してそう答える。
「……?」
千紗はわかっていないようだ。
君は振り返っちゃいけません。
君にとって優しい父親像を壊したくないなら。
おじさんもまた必死なのだろうな。
千紗のお母さんが残したたった一人の愛娘だ。
それを危険なダンジョンに入らせるのは、身を切られるように辛いはずだ。
しかしモンスター溢れはいつ起こるかもしれず、それを考えればダンジョンに入るなとも言えない。
その葛藤があの顔なのだろうな。
僕は千紗に後ろを振り向かせないようにしながらその場を立ち去る。
エリザベートこと佐藤良子さんのお家はちょっと離れているので、少し急ぎ足だ
「えっとここ?」
千紗が知っているとのことで任せてついていったそこは、立派な洋館? というかファンシーなお家?
結構でかい。いかにもゴスロリにふさわしいお屋敷だった。
写真じゃ一部しか見えなかったから、まさかこんな立派なお家とは思わなかったけど。
よくテレビのセットなんかで見る、表だけ立派なハリボテかと思ってたよ。
お嬢様なのか?
僕が唖然としているうちに、千紗がインターホンを鳴らす。
「千紗です! リザちゃんをお迎えに来ました!」
『はーい。ちょっと待ってね。リザちゃん、お迎えきたわよ。急いで~』
『ちょっと、まって、目が入らないの~』
朝はどこも大変なようだ。
「ここが、リザちゃんのお家兼工房兼スタジオなんだよ」
ずいぶん兼がつくな、おい。
家と撮影場所だけじゃなく工房もこの中にあったのか。
聞けば工房と商品サンプル撮影のためにこの屋敷? を建てたらしい。
これなら撮影場所に困らないし、移動も最小限で済む。
商品イメージを固めるにもいいんだとか。
確かに創作意欲の湧きそうなお庭とお屋敷だ。
伝統的な日本家屋とかじゃゴスロリのイメージぶち壊しだもんね。
「ほら、ここに千紗とリザちゃんの新作が載っているよ!」
千紗が自分のスマホでページを開き見せてくれる。
「おう、たしかに今の千紗とおんなじかっこうだ!」
「でしょでしょ。かわいく撮れてるでしょ!」
「うん、そうだな。でも千紗はいつもかわいいぞ」
「えへへへへ」
お世辞抜きに可愛い。
今日着ている服と同じではあるが撮影者の腕がいいのか背景の雰囲気も相まって、ものすごく幻想的に見える。
地上に降りた妖精みたいな?
おう、一部動画もあるんだな。
うん、これもかわいい。
「この間言ってたことリザママに訊いたらね、プロのモデルさん頼むよりずっと安いし、撮影に使った服も着られることなく捨てられちゃうのは悲しいからもらってくれると嬉しいって。その時着ていた服をくれるのは一度他人が着た服を売りたくないのと、基本的にオーダーメードだから、他の子にはサイズや雰囲気が合わないし千紗が着ないと捨てるしか無いんだって。千紗がねモデルさんした時の服も製品によって違うけど大体売値の三割とかの値段で作れるし、商品じゃなくてサンプル品だから、宣伝広告費? という予算から出ていて、千紗がやったほうがずっと安いんだって言ってた」
原価も予想した程度だし、それを考えれば高くても三万程度のコスト。
宣伝広告費としたらすごい安いんじゃないか?
テレビCMとかって東京キー局で一五秒程度を一回流すだけでも数十万とかかかるって訊いたことがある。
撮影とかのCM制作込みだと数百万単位で金がかかるとか。
それを考えると激安と言える。
撮影場所も撮影スタッフも自前で揃えることで、節約しているってことだろう。
撮影に使ったら捨てるだけの服でモデルが雇えるのなら安いわな。
モデル本人が嫌がっているならともかく、値段で気が引けるっていって以外は否定的な言葉は聞かれなかったし。
本人も楽しんでいるならウィンウィンでいいんじゃないか?
服もなるほど。オーダーメイドだけあって、今の千紗にぴったりサイズだ。
子供はすぐ大きくなるから、子供服だと結構ダブダブだったり、ピタピタだったりするのが普通だからね。
やはりぴったりな服というのは本人の魅力を十二分に引き出してくれる。
まあ、だぶだぶワイシャツとかきらいじゃないけどな!
「でもそれだとすぐに着れなくならないか?」
「それも大丈夫だって。子供用のはぬいしろを多めにとってるから、ここで買った服ならサイズ調整もしてくれるんだ。千紗のも何着か無料で直してもらったし」
なるほど。そういや仕立て直しもやってるんだっけ。千紗にはモデル料としては破格に安い値段でやってもらってるからそのへんはサービスなんだろうな。
まあ、子供服のオーダーメイドだと、仕立て直しができないとすぐに着れなくなるだろうからな。
この子供が少ないご時世。お下がりなんて貰う機会も少なくなったし。
これだけのでかい屋敷を建てられるんだからそれなりに需要はあるのか、ゴスロリ子供服。
いや、普通に大人用も作ってるな。
サイトを見ていくとロリータのためのロリータの館と。アダルトロリータの館があった。
アダルトロリータってなんだよという感じだが。
「お庭やおうちの中がスタジオにもなってるからどこもかしこも素敵だよ。アンティークな家具がいっぱい有って。ここで買った服ならこのお家で写真撮影もできるんだ。いつも綺麗な人でいっぱいなんだよ」
なるほど。
囲い込み戦略か。
これだけの素敵な屋敷だ。ロリータ好きの人にはたまらない撮影スポットだろう。
日本じゃロリータを着て見映えするスポットなんてそうないだろうし。
見える範囲だけでも庭まで素敵に整えられている。
ここで買えばこの素敵な場所で撮影できるとなれば、ロリータ好きだけじゃなくレイヤーなんかも殺到するかもね。
コスプレ服は作っていないみたいだけど。ある意味コスプレだけどね、ゴスロリ。
「妾のためにお出迎えご苦労さま。大儀であった」
とか話しているうちに、エリザベートが出てきた。
「おはよー」
「うん、おはよう。その服千紗とペアなんだな」
商品サンプルでも見て取れるが、こうして並べば一目瞭然だ。服の形そのものはほぼ同じだし。
ただ、服のベース色である白黒部分は逆転していて、千紗のほうは白が多い。
また、付いているリボンも千紗はちょうちょタイプで可愛らしく仕上げているが、リザのは十字架をイメージしたリボンでより退廃的だ。
そのリザは銀髪に黒のブラウス白のスカートの順だが、千紗は黒髪に白のブラウス黒のスカートというように配色を変えてあった。
白黒白と黒白黒対比させてみると、まるでファンダジー世界の不思議な鏡を見ているかのような演出になっている。
この二人が洋館の前に立てば、もうそこは別世界。
ファンタジーがそのまま抜け出てきたかのようにさえ思える。
「二人ともかわいいぞ」
「ありがと、おにいちゃん! えへへへ」
本当に花が開いたかのように満面の笑みを浮かべる千紗。
「め、面と向かって言われるとはずかしいです……ありがとう」
リザはもじもじしながら最後は消え入らんばかりの小声で礼を言う。
うわぁ、何この可愛い生物達!
人間じゃなく妖精だったら間違いなくお持ち帰りしていたね!
「ありがとうと、私も言っておこうかしら」
いつの間にやら玄関から出てきた女性。これまたリザとおそろいのゴスロリアダルト風。
デザインのベースは同じなのだがこっちは可愛らしさを抑え、大人の女性を演出している。
しかしその人は電動車いすに乗っていた。
見れば踏み板には一本しか足が乗っていない。
どうやら左足がないようだ。
「ああ、これね。昔事故で切断したのよ。幸い右足は無事だったから昔取った杵柄でロリータ服を作ったら大当たりでね」
「す、すみません」
僕の不躾な視線に気を悪くもせず説明してくれる。
「いいのよ。もうだいぶ前の話だし。それのおかげもあってこうして小さな工房を構えることもできたし可愛い娘もできた。今はとっても幸せよ」
可愛い娘はともかく、これで小さいとは如何に?
まあ、一流のファンションブランドのオーナーならでっかい工場とか持ってて当たり前だろうしね。この程度の工房は小さいってことなのか。
ファッション業界半端ねぇ。
「うむ、マザーのもとに生まれてこられて妾はとても幸せだわ」
「……うれしいけどちょっと厨二入っちゃったのが、ねぇ。どうしてこうなっちゃったのかしら?」
厨二病は両親の英才教育ではなかったらしい。
「まあ、原因は分からないでもないけど。ここに撮影しに来る子達がみんななりきりでねぇ。この子を可愛がってくれるのはいいんだけど、自分の【設定】をこの子に語るものだから気が付いたらこんなことに」
「?」
こんなことが訝しげに首を傾げている。
心の病気ってやつは本人だけが気が付かないものらしい。
「逆に中二になれば治るかしら? 一周回って?」
「いや、僕に聞かれてもなんとも」
「まあそうよね。ここに来る子達も悪い子じゃないから、まあ、このままでもいいのだけど、お友達が少ないのがねぇ。千紗ちゃんがお友達になってくれて本当に良かったと思っているのよ? 撮影にも喜んで協力してくれるし。こんなにいい子のご親戚なのだから、娘のこと任せても大丈夫ですよね?」
「ぐっ、だ、大丈夫です。万が一すら起こらないように誠意努力します!」
僕は直立不動になる。
何この威圧!? 最初はのほほのんって感じのぽわぽわさんだったのに、急に来たよ。
スキル? スキルなの?
いや、片足でダンジョンに潜れるとは思えない。っていうかモンスター溢れでもなきゃ地上でスキル使えないよね!?
素でこれなのか?
親って子供のためには般若にもなるのか?
実は親も厨二病じゃないのか? 隠れ厨二病のなりきりか?
「そう、ならくれぐれもよろしくお願いね。今日はお父さんいないけど、会いたかったと言っていたからまた顔を出してくれると嬉しいわ」
「はい、またあらためてご挨拶に伺わせていただきます!」
「おにいちゃんどうしたの大声上げて? そろそろいかないと遅刻しちゃうよ?」
大人たちが話し始めたので子供同士でお話ししていたようだが、僕の大声に驚いて振り返る二人。
うん、君たちには大人の世界はまだ早い。
「よし、じゃあいくか」
「うん!」
「マイ・マザー。この任務、無事に果たしてみせましょう」
「はい、いってらっしゃい。気をつけてね!」
僕は逃げるようにして佐藤邸を後にした。
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