はじめてのじこしょうかい
その後何度か岩崎先生と打ち合わせをしながら授業で使う資料の作成やカリキュラムの検討を繰り返し、本日初の必修クラブ活動日となった。
「ダンジョン探索クラブの活動は当面この小教室を使います。一応部室として専有許可が出ています。中には備品をいれるロッカーや棚も設置してありますから、必要に応じて使用してください」
岩崎先生は一つの教室を指し示す。
入ダンには様々な装備が必要だと言ったらこの部屋を用意してくれた。
準備室を作ってそこから一般教室に毎回持ち込むのは大変だからね。
準備と講義が一緒にできる部屋を用意してくれたわけだ。
「必修のクラブ活動は四年生以上が一斉に行いますから、移動が間に合わない生徒がたまにいます。特に前の時間が体育だったり、所属するのが運動系のクラブだったりした場合、まだ着替えている子がいる可能性がありますから、教室に入るときや教室の前を通るときは気をつけてくださいね」
「どう気をつければ?」
「基本的に中で着替えをしているときは、カーテンが閉められているはずです。廊下側にもありますからまずこれを確認してください」
「はい」
「女子しかいないため、たまに閉め忘れているクラスもありますから、その時はじっと凝視などせずに、自然体で通り過ぎるようにしてくださいね。特にこの必修クラブの時間は体育の時のように全員が着替えるわけではありませんので、運動系のクラブに行く生徒が少ないクラスだと面倒くさがって閉めないクラスも多いんです。凝視しない自信がなければ、チャイムが鳴ってから移動したほうがいいでしょう。女の子は視線に敏感ですから、ちょっとでも見つめると気が付かれます」
「はい、気をつけます」
「中に入る時も着替えている子がいないか確認してから入ってください。着替えている子がいる場合は、ノックして知らせて着替えが終わったのを知らせるように促してくださいね」
「了解です」
「さて、第一回のクラブ活動に行きますか。このクラブ活動では和斗先生が主担任になりますから、お先にどうぞ」
僕はさっきの注意通り、中で着替えている子がないのをチラ見で確認した後、小教室のドアを開けた。
とたん。
「おにいちゃん!」
そう声を上げで飛びついてくる一人の少女。
「おっと!」
僕はそれをなんとか受け止め、飛びついてきた少女を確認した。
元気いっぱいの笑顔。
僕はその顔を知っていた。
「千紗じゃないか。そうかここに通ってたんだな」
「えっへっへっ、そうだよ!」
それは従妹の千紗。
僕がダンジョン災害のときに託された当時三歳の従妹だ。
小さなときも可愛かったが、今では更に花開いたような可愛さだ。
互いの母親が災害に巻き込まれたため、その後はほとんど没交渉だった。
母親同士が姉妹だったから男親とは関係が薄いし、死亡扱いもしていないので法事もない。
ただダンジョン災害にあった日に献花台に献花するだけだ。
その時にかち合うことが何度か有ったが、まあ会釈するくらいで、特に会話はない。
当時は妹たちを見捨てて逃げたという罪悪感もあったからね。
向こうとしては千紗を助けてくれたという恩を感じてくれているようだが、僕にとっては罪の証のような気がして、積極的に関わろうとはしなかったし、向こうもそれを察したのか、関係性はほとんどなくなった。
「こらこら、冴木さん。ちゃんと席について。いきなり先生に抱きついたりしちゃだめでしょう?」
「なら、いきなりじゃなければいいんだよね!」
「そういう意味ではりません」
岩崎先生はだめだこりゃのポーズをして僕と千紗を引き離す。
「これは裏教育委員会に通報すべき案件でしょうか」
「ゴ、ゴスロリ少女!」
しかもすごく可愛い。というか美しい? 小学校には場違いな銀髪ゴスロリ少女がこっちにスマホを掲げていた。
確かにこの小学校は制服がないから何を着ようと自由なのだが、華美じゃないこととか露出がどうとか一応校則で規定があるはずだ。あるよね?
後で聞いたらなかったよ。
確かに登校時に見る女の子はみんなおしゃれさんだった。
それにしても銀髪?
外人なのか?
「佐藤さん、裏教育委員会なんかありませんよ?」
問題はそこか? そこなのか? 思いっきり日本人の名前だけど、脱色なのか? それともウィッグか? これも許されるのか小学校。
いやいや問題はそこじゃない。
スマホで写真だか動画を撮られているところじゃないのか?
小学校で少女に抱きつかれているところとか、ネットに流出したら社会的に死ぬ。僕が。
「ふっ、流石に秘密組織。一般人には知られていようはずもないか。あと妾の真の名前はエリザベート・ド・ベルナール。岩崎教諭、間違えてもらっては困ります」
「はいはい、佐藤さん。偽名はだめですよー」
この子厨二病だ。
まだ小学生だけどな!
おませにも程があるだろう。
厨二病は中学二年生になってからと法律で決まっています!
というかもうわけわかめ。
これが記念すべき第一回ダンジョン探索クラブの活動になろうとは、僕は知る由もなかったのである、まる。
「なにこれこのカオス空間……」
「和斗先生、この程度のおふざけなど日常茶飯事ですよ? うちなんかまだましな方です。他の公立校なんかだと完全に学級崩壊しているところもたくさんありますからね。この程度軽くあしらってください」
マジか。
教育者なめてたよ。
学級崩壊って話には聞いたことがあるけど、子供がいるわけでもないし、まず気にしたことがない。
このカオス空間を遥かに超えるカオスの中で授業進めるとか、教育者半端ねぇ。
たった二人でこの有様だ。
ひとクラスまるごとだと四〇人近いはず。
実習のときは二クラス合同とか言ってたから、八〇人に迫る。
うわー、なんか自信がなくなってきたよ。
「千紗。とりあえず、席についてくれ。このままじゃ落ち着いて話もできん」
「えー、千紗はおちついてるもん!」
「いや、僕が落ち着かないからな」
「むぅ、しょーがないなー。今日のところはこのくらいでかんべんしてあげる」
「たすかるよ」
なぜ僕が感謝しなければならないかわからないが、ようやく千紗が離れ適当な席に座る。
なにせ小教室とは言え通常の教室の半分くらいはある。そこに二人しかいないからな!
ダンジョン女子はまだ流行になっていないらしい。
僕は気を取り直して、岩崎先生と詰めたカリキュラム通りに事を進めていく。
「初回のクラブ活動ということで、自己紹介をしていこう。顔見知りもいるが久しぶりだしな」
「はーい、じゃあ千紗からいくね。みなさま御存知の冴木千紗です! 五年A組所属。おにいちゃんとは従妹同士だね! おにいちゃんはダンジョン災害のときに千紗を助けてくれた命の恩人。千紗の英雄さんなんだよ! おにいちゃん、今まで言う機会がなかったから今言うね! 千紗を助けてくれてありがとう!!」
うっ、そう天真爛漫に告げられると、自分が逃げる口実にしたかっただけとはとても言えない。
英雄などと讃えられると更に罪悪感が増すが、その行為だけ見れば確かに間違っていないし、少女の幻想を壊して僕が楽になって何になる。
これは僕だけが受けるべき罰なのだから。
「おー、和斗先生がそんなことを。ひとは見かけによらないものなんですねー」
「岩崎先生、それはどういう意味ですか?」
僕は岩崎先生をジト目で見つめる。
「そのままの意味ですよ? なんというか自分のことで精一杯で、余裕がない感じ?」
どきりとした。
新米でもやはり教職者。
人のことをよく見ている。
ダンジョン災害のときも自分のことばかり。
ダンジョンにのめり込んだのも結局は自分のため。
「まあ、こういうのは慣用句ですからねー。わかるー、とかいうより意外ね~というほうが話題が膨らむので」
なんかちょっと尊敬して損した。
「では次は妾の番ね。妾はエリザベート・ド・ベルナール。同じく五年A組に所属していますが、真の所属はある特務機関になる。特務機関ゆえ名前は言えぬ。先生のことは導師と呼ばせてもらいましょう」
導師って、よりによって先輩の職業じゃないか。
確かにそう呼ばれると恥ずかしいかもしれない。まあいいけど。
厨二病患者に何を言っても無駄だ。一種の精神病だからね(偏見!)。
「彼女は佐藤良子さんです。特務機関といっていますが本当の所属は飼育委員ですね。お昼休みには必ず餌をあげに行って、掃除もサボらない、優しい女の子です」
「岩崎教諭、正体をバラしてしまうとは、情報統制がなっていませんね。……恥ずかしいです」
ゴスロリ少女が顔を赤らめてもじもじしちゃってるよ。
ただでさえかわいいのに、なんか一周回って可愛さ倍増だ。
「リザちゃんはね~とっても優しいんだよ! 千紗が、ダンジョン探索クラブに入るって言ったら心配だからってついてきてくれたの!」
「そなたは世にはびこる数多の組織から狙われる身。妾はそなたを守るという使命を帯びているのです。当然でしょう」
「いつもありがとうね! リザちゃん!」
ちゃんと真の名前の愛称を呼んでて偉いぞ千紗。
こんなに心配してくれる友達なんてそうそういないからな。
「次はおにいちゃんの番だね! 千紗は昔から知ってるけどよく知らないから」
まあ、当時三歳だったし、その後も会うというほどではなかったから、千紗についても自己紹介は必要であろう。
「今度ここの非常勤講師として採用された進士和斗だ。ダンジョンで負った怪我のため大学を一年間休学して、その間ここでダンジョン探索について教えることになった。しばらくは必修クラブと課外活動だけの参加となるが、君たちとの活動は今後他のクラスへの授業に反映されていくから協力してくれると嬉しい」
「おにいちゃん! 怪我したの!?」
千紗が椅子から飛び上がって僕の全身をチェックする。
「ああ、ダンジョンでちょっとね。今はまだ左手が上手く動かないけど、リハビリすればある程度は動くようになるはずだ」
「そんなぁ。……わかった! 千紗、おにいちゃんのために頑張るね!!」
ふんすと拳を握りしめる千紗。
「……程々に頼む」
「千紗がそういうのであれば妾も協力しましょう。ただしこの妾の邪眼はすべてを見通します。邪な考えで接すれば必ずや見破る。そう心得なさい」
よく見たら両方の瞳の色が違う。
カラコン片目ずつ別の入れているのか。芸が細かい。
というか親ももしかして厨二病か? 親が厨二病で感染したのかもしれないな。
普通の親は子供にゴスロリもカラコンも銀髪ウィッグも買わないよね?
「大丈夫。子供には興味ないから」
「むぅ! 千紗は、おにいちゃんに興味を持ってほしいな!」
「和斗先生? 誘いに乗ってはダメですからね? 時々わざと誘ってわいせつ行為に及ぶところを写真にとって男性教師を破滅に追いやるとか、過激なことをする女生徒もいると聞きますから」
「マジか!」
「千紗はそんなことしないもん! でも写真を取って脅かしていけないことをしてもらうのはあり?」
「なしです。和斗先生も隙を見せてはダメですよ?」
「肝に銘じます」
そうやって第一回ダンジョン探索クラブの活動をスタートしたのだった。
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