第3章「黒い犬と白い猫」2節:女神のチョーカー
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
20年…、いや、それ以上になる…久しぶりに見る親友の顔と妹の顔…。8月1日の暑い夏の日…遠目で、2人の新しい門出を見ていた時とは違い、2人は私の直ぐ傍に存在していて…。でも、私は2人に、どうしても流れ止まらない涙の中、ただ「ごめんなさい」という言葉しか伝えられなかった…。
私が背負った罪の代償…"認識阻害"…。それも普通の"認識阻害"ではない。"オオガミ"様と呼ばれる最高峰の神だけ許される奇跡の力…。"神々が同じ神々に罰を与える為の戒めの鎖"なのだ。
過去の私を知る全てのものが、私を私と分からなくさせる一種の呪いの様な物…。それが、どんな親友であろうと実の妹であろうと変わらない…。それは”神様”でも同じ…私を救ってくれた1番大事な存在…。既に最強の"オオガミ"の域までに到達しているとも言われている"紅"さん…。その方ですら私の存在を知ることは出来ない…。
今の私の名前は"大神 叶恵"…。何て皮肉な名前だろう…。この新しい名前も私が背負った罰の代償だ…。"願居"…それが私の本当の名前…。そして今の名前は"叶恵"…。本当の名前と今の名前を繋げると"願い叶え"となる。
そして、よりによって姓は"大神"…。そう、"オオガミ"…。余りにも出来すぎた名前…。深く考えても何も変わらない…。よく分からないうちに、私には神気を失い普通の人間となり、今まで会ったこともない"姉"と"妹"が突然、出来た…。歳の離れた姉と妹…。"偽りの姉妹"…。だが、"姉"は私を"本当の妹"として扱い、妹は私を"本当の姉"だと慕う…。
周りの人間もそう…。つい、この間まで人間世界で「Gale & thunder」というロックバンドのボーカルとして私は歌っていた…。それなりに人気はあったと思う…。TVに出たり雑誌で取り上げられたり…。「Gale & thunder」というロックバンドの存在自体が消されたりはしていないけど…突然の無期限の活動休止宣言…。ボーカルの"願威"の病気療養につきの休止宣言らしい…。だが、当のボーカルの"願威"である私はここに存在していて、雑誌やネットには私の写真がちゃんと写されているけど…。誰も私が、その"願威"だと気づくものはいない…。"大神 叶恵"なる1人の人間として、私を見ている…。みんなが"大神 叶恵"をどうみているのか見当もつかない…。分かるのは、"願威"="大神 叶恵"ではない事だけだ…。
今日は、"大神 叶恵"として、突然、私の姉となった人物…"緒妻 憂"が経営するお店に、同じく突然、私の妹となった少女"大神 珠花"と共に、そのお店で店長を務める専務に、伝言と溜まった書類を渡す為に足を運ぶことになった…。ほんの2か月前まで、私は"願居"として、そのお店に近い場所…厳密にいうと神社の境内内にいたのだ…。稲荷神社の参道内にある門前商店街…その商店街内にある"前線カフェ"と呼ばれるお店…。かつての私の親友と、実の妹が働いているのも知っている…。お店についてからは兎も角、親友と実の妹と出会えて話せた嬉しい気落ちと、2人が私を"願居"ではなく、"大神 叶恵"として接している悲しさと、真実も伝えることができない私の中の憤りや、沢山の色んな感情が入れ混じって、泣くことと謝ることしかできなかった…。
"社長"である"姉"から頼まれていた伝言と書類を"専務"こと"蒼羽店長"へ渡したが、久方振りに再会した親友と実の妹に対する気持ちが一杯で自分自身、その時、どのような会話をしたのかさえも覚えていない…。その後は、再び、妹である"珠花"と車に乗り、"前線カフェ"がある鹿島市から、今の家がある武雄市への方向へ…。その途中にある塩田町にある大きな公園で、休憩を兼ねて、一緒に連れて来た飼い犬の黒いチワワ"てちち"と飼い猫である白い猫"末美"を窮屈なケージから解放して遊ばせてあげることにした。
「"叶恵"お姉ちゃん、クレープが食べたい♪」
公園に着いたあと、しばらく芝生の上に直に座り、飼い犬である"てちち"と飼い猫である"末美"を、新しい妹"珠花"がケージから解放する…。その様子を見ながらも、私の中では先程の鹿島市の"前線カフェ"での出来事だけが頭から離れないでいた…。そんな私に突如、クレープのおねだりをしてきた"珠花"…。少しでも気を紛らわせようと、"珠花"のお願いを聞くことにして、芝生から少し離れた駐車場の脇に並ぶ様々な露店へと足を進めた…。
「すいません。イチゴクレープとチョコバナナクレープを1つずつください。」
「まいど!ちょっと待ってね!」
結局、"珠花"にクレープのフレーバーを聞くことを忘れていたが、「イチゴ」か「チョコバナナ」の定番を買っておけば、"珠花"は、どちらか好きな方を選ぶだろう…。そんな事を考えながら、手際よくクレープを焼いて、トッピングして奇麗に巻いていく露店商のお兄さんの一連の流れをみていた、その時だった!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオン…という乾いた爆発音の様な音が公園の1番奥の方から聞こえた…。そして、一瞬にして広大な公園内を覆いつくす程の大量の砂ぼこり…。
「な、なにがあったんだ!」
露店商のお兄さんと私と同じく露店で各々商品を注文していた人々が口を揃えて同じような事を言い始めた…。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアア…」
爆発音に続いて、まるで地の底から響き渡るような奇怪な叫び声と同時に聞こえる沢山のの悲鳴…。
「誰か、誰か助けてえええ…」
砂ぼこりの中からも見える巨大な生き物の影…。私は直ぐに、その生き物の正体が何であるか分かった。あの姿は決して忘れはしない…。私を闇に引き入れようとした"NAI"と名乗っていたアイツの眷属!!
「グギャアアアアアアアアアアアアアアア…」
「グギャアアアアアアアアアアアアアアア…」
"珠花"が危ない!真っ先に頭よりも身体が動く…。妹である"珠花"の元へ…。今まさに足を妹がいる筈の芝生が見えていた場所に駆け出そうとしていたその瞬間、急に私の背中の上にズンと何かが乗りよじ登ってくる。
「"叶恵"!いや…"願居"よ!聞こえるか?わらわの声が!」
突然、よじ登った何か…。いや、私が良く知る白い猫が女性の声で話しかけてきた…。高貴な…妖艶な…そして、一種の覇気さえも感じる声…。私は肩の上に乗る白猫の姿と話しかけた声とのギャップよりも、まず、"叶恵"になってから私に対して今まで誰も口にすることもない"本当の名前"を"末美"が言ったことに驚きを隠せない…。
「"末美"…。あなたは…。も、もしかして…。それに…私の名前を…!?」
「ふふふふふふふっ…笑いが止まらん。"願居"…。その名が、そなたの本当の名前なのは知っておるよ。そして、何故、今、"大神 叶恵"なる名前で人間として生きている事も…。わらわは全てを知っている。では、そなたに問おう。今、目の前で何が起きているのか…分かるな!」
「突然、"あいつ"らが現れて、この場所…人間達を襲っている…。」
私の言葉に、肩の上の白い猫…"末美"は一瞬、ニヤリと笑った様に見えた。そして、まるで今から狩り始めるライオンの様な表情に変わり、再び、私に語り掛けてくる…。
「では、もう1つ、そなたに問おう。"蕃神"…その名に聞き覚えは…。」
「………………。」
"末美"の問いに言葉が出なかった。答えは知っている…。でも答えられなかったのは、その名前を口にした途端、何かが変わるような嫌な予感がしたからだ…。そんな私の無言の抵抗を、まるで、あざ笑うかのように、"末美"は、捕食者の鋭い視線のまま、私の瞳を見つめかえした…。
「とっくに分かってるようじゃな。それにしても、今のそなたの面妖な驚きの顔…。してやったりという感じよ。ふふふふふふふっ…本当に笑いが止まらん。」
「………………。」
こんな状況の中、本当に楽しそうに笑う"末美"と、返す言葉が見つからない私…。今の私には、あいつらと戦う力はない。今の私はただの人間…。"大神 叶恵"…。
「そなたにコレを渡す時が来たようだ。思ったより早かったな…。さあ、受け取るが良い…」
"末美"の声と同時に、私の眼前に突如、"複雑な幾何学模様が描かれた小さな環"の様なものが現れた。環の中央には全ての光さえも吸収してしまいそうな"漆黒の雫型の宝石"…。その小さな環が私の前に光り輝きフワリと宙に浮かんでいる…。
「こ、これは…。一体…。」
「それは"女神のチョーカー"。そなたの宿命をほどくもの…。」
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




