第1章「記憶の断片」1節:天女の魂
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「我らの愛する有明海を守るんだ!あいつらの手で決して汚してはいけない。この母なる海より与えられたこの誇り…そして、魂…。この母なる海で生まれ育つもの全てを守るため、我らは戦おう!」
私の中にある朧げな1つの記憶…。
凄まじい羽音をたてる空を暗雲に覆う数えきれない何かの群れ。深き海の底より一糸乱れぬ編隊で行軍する得体のしれない異形なる姿をした者達…。
「誰1人として敗北を認めるな!我らはの敗北は、この海にいる全ての生けるものたちと、それに連なる未来へと繋がるのだから…」
私の中にある複雑に絡み合う幾つもの記憶…。
しかし、私の記憶にある誰もが恐れることはなかった。私はただ、”この海を護る。”その1つの使命に駆り立てれながら、迫りくる羽音と海の底から行軍する異形なる姿を持つ者達に背を向かることなく、必死に抵抗した…。
「誰もまだ、生きているな!あと一息だ…あいつらは…もう…残り少ない…」
私の中にある複数の”私”の記憶…。
眩い光線と共に突き刺さり僅かに焦げる匂い…。一瞬で辺りの空気さえも響き渡らせるソニックブーム。ドオオオオオオオオンという巨大な爆炎と爆音が続く…。いつまで続くのか…。いつまで戦わなければならないのか…。どれだけの時間が過ぎたのだろう…。私の中の誰かがそう言った。そして、その場に静寂が訪れた…。
「ごめんなさい。私達が気が付くのが遅くなって、こんな事に…」
全ての私が、その慈愛に満ちた声を聞き、そして、全ての私が安堵した…。
静寂な空間の中で、僅かに虫の息となった私達の呼吸音だけが途絶え途絶えに聞こえる…。
みんな、大丈夫なんだろうか…。それさえも誰1人として分からない…。知るのは自分自身の命の灯が直に、それが次第に消えていく事…その時だけを待つ私達の身体に、穏やかな風と光が包みこんだ…。
「頑張ったわね。蕃神達は皆、あなた達が退けたわ。」
全ての私が、その慈愛に満ちた声で、私達の戦いが全て終わった事を知った…。
ただ、暖かかった…優しい風だった…先程までの壮絶な戦いがまるで幻想だったのような錯覚を感じる程に…それ以外の何物でもなく…それ以外の感情さえも消え去ろうとしていた…。
「本当にごめんなさい。あなた達を助けられなかった…。」
全ての私が、その慈愛に満ちた声で、それぞれの命の灯が残り僅かなことを悟った…。
寂しいのか…悲しいのか…喜怒哀楽のどの感情さえとも言い難い。ただ、聞こえるのは私達の呼吸音…。そこにあるのは、まだ、誰1人として、諦めていないという強い意志の顕れのみだった。
「皆さん、聞いて下さい!純粋で高潔な魂を持つ”有明海の天女”達よ!今、私は、そのあなた達の僅かに燻る魂を1つに束ねます。その存在は、あなた達の意志を受け継いだあなた達1人1人であり、あなた達の子であり、あなた達が愛してやまない、この”有明海”を守護する新しい天女として生まれ変わります……。そう、あなた達の新しい名前はシュカ…。“有明海の天女シュカ”。そして、あなた達を助けることが出来なかった私のせめてものお詫びとして、私の魂の1欠片を、その子に分け与えましょう…。もう2度とこのような惨事が見舞われないように…。神へと至る力を」
全ての私が、その慈愛に満ちた声の主に自分自身の未来を委ねた…。
燃え尽きようとしていた私達…。”有明海の天女”と呼ばれる戦乙女達の魂全てが次第に混ざり合う…。そして、その魂は1つとなり、それはやがて大きく光輝く塊となった。私達の…いや…”私”の新しい魂…。塊となった”私”の魂は徐々に、慈愛に満ちた声の主の手によって1本の輝く糸となる…。紡がれていく輝く糸…。その糸によって形作られる人の形…。
「シュカ…。ほんの少しの間だけど、お眠りなさい。そう遠くない未来…あなたが再び、目覚めるまで…」
そして、全ての私達の記憶は、そこで1度途絶えた…。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




