感染者の侵攻
「龍太郎君、頼んだよ」
「いっちょ暴れてやるか!」
工藤さんが龍太郎の背中を叩き、それを後押しにして龍太郎が階段を降りて行った。
「五十嵐三佐と佐々木君は少し後から来るように。遠藤君は僕と一緒に行こう」
手短に指示を飛ばし直ぐに工藤さんも階段を降りていき、俺も駆け足で背中を追いかける。
階段を下り始めて感じたのは想像以上の寒さだ。ガタガタと震える程じゃないのだが、今正に七月の暑さを味わっている俺としたら暖房が欲しくなってくる。
隊服が長袖で良かったなと両腕を擦りながら階段を降りていると、ようやくと言ったタイミングで終わりがやってきた。
どうやら階段の先には通路が続いているようだが、目の前を進む龍太郎がデカすぎるせいで先の情報がまるで分からない。そのサイズと言ったら、殆ど通路を埋め尽くしている程だった。
「なあ、先はどうなってんだ?」
「あ? 何かデケえ扉が見えるな。あの先がシェルターなのかよ?」
「そうだね。その扉を開けたら本格的に作戦開始だよ」
工藤さんの話を聞いた後、龍太郎の肩に飛び乗って少しの空間から顔を《のぞ》覗かせると、通路の先には確かに重厚な扉が見えた。
一見すれば簡単に開けられそうにない扉。それこそ、さっき龍太郎がこじ開けた鉄扉にも匹敵するようにも感じられる。
「扉の前まで進んでいいよ。だけど、開けるのは全員が揃うまで待ってね」
「なんだよ。さっさと終わらようぜ」
「全員揃って突入する。事前にそう説明したじゃないか」
「チッ! 面倒くせえな」
舌打ちしながら苛立ちを隠そうともしない龍太郎だったが、指示には素直に従って歩き始める。
俺はと言うと、目前までに迫ってきた激突の瞬間に備えてナイフを右手に握りしめ、ホルスターから抜き取った拳銃を掴み、心を落ち着けるように何度も深呼吸を繰り返した。
後ろを振り返ると、五十嵐さんの部隊が見え、その後ろにはナオが階段を降りきった所が丁度良く確認できた。
「これより一分後、扉を破り突入を開始します。突入後は足を止める余裕はありません。各員、最後の確認を行ってください」
隣に立つ工藤さんが無線で全員に指示を飛ばす。
それを受けて。俺は目の前の龍太郎の背中を思いっきり引っ叩いた。
「頼むぞ龍太郎。お前が死んだら俺も死ぬんだからな!」
「痛えなッ!! 情けねえ事を言ってんじゃねえよ!」
「仕方がねえだろ! お前と違って俺は撃たられたら死んじゃうんだよ!!」
「分かってるっつーの。せいぜい気張って隠れてろや。間違っても顔出すんじゃねえぞ」
「言われるまでもねえ!!」
我ながら何とも情けないと思うけれど、死にたくないのだから仕方がない。生き残るという結果を求める事に対し、今の俺は誰よりも必死なんだ。
「……一分。総員、突入準備!!」
無線ではなく、通路内に工藤さんの号令が激しく木霊する。
「ぶち破っていいよ」
「――ッシャアッ!!」
気合の入った龍太郎の声。それが聞こえた瞬間、強烈と言う言葉では生温い轟音が通路内に響き渡り、思わず体が跳ね上がる。
その音の正体は、龍太郎の拳が扉に叩きつけられた音だった。
「聞こえてっかあッ!! 今から行くからなあッ!! 念仏でも唱えとけやあッ!!」
扉に向かって吠えまくり、何度も殴打を繰り返す。
突然の出来事に俺は慌てて静止を訴える声を上げた。
「オイ馬鹿やめろ!! 相手を刺激するんじゃねえ!!」
「馬鹿は先輩だろうが! 喧嘩ってのはビビった方が負けんだよ!」
「これは喧嘩じゃなくて殺し合いなんだよ!?」
本当にこの変態は何を考えているんだ。
睨まれてイラッと来たとか、肩がぶつかってイラッと来たからする喧嘩ではないんだ。これからヨーイドンで殺し合いを始めるんだぞ? 相手を挑発してどうする。
「工藤さんも止めてくださいよ! こんなの滅茶苦茶だ!」
「え? 別に良いんじゃないかな?」
「良くはないでしょ!? これじゃ相手が本気で殺しにきますよ!!」
こちとら龍太郎と違って鉛玉一発も受けられない肉体なんだ。工藤さんだって同じはずなのに、どうして平然と受け入れていられるんだ。
この二人は人間を殺しすぎて頭がイカれてしまっているんじゃないか?
「考えてみてご覧、彼らにはもう逃げ道がない。それに加え、地上の仲間が全滅しているんだ。決死の覚悟で来るに決まっている」
「それは、まあ……そうでしょうけど……」
「だったら脅さないと。恐怖を与える事こそ、相手の手を緩める唯一の策ってね」
自信を持ってそう言われてしまうと何も言い返せなかった。
俺が間違っているのだろうか? どちらにしろ、反論できなかった時点で見守るしか無い。
「開けええぇぇ……ゴマあああぁぁッ!!」
龍太郎が渾身の力を込めて扉を押し込んでいく。
それは一瞬だった。アリババも腰を抜かすような魔法の言葉いらずの力技の前に、異音を放ちながら分厚い扉が開いていく。
「ヨッシャアッ!! どうだ! 見たか――」
扉が開け放たれ、嬉々とした龍太郎の言葉が聞こえた瞬間、鼓膜が破壊されそうな大音量の銃声が前方から上がった。
「だあああっ!?」
脳で処理できない程の銃声が地下通路に反響し続ける。
十秒過ぎても銃声が鳴り止まる気配はない。両耳に手を当てながら、完全に釘付けにされたと言う不安感が心の底から顔を覗かせ始めた。
そんな時、扉を開け放ったままの姿で硬直していた固まっていた龍太郎の右足が、一歩だけ前へと踏み込んだ。
「もっと来い、もっとだッ!! じゃねえと殺されちまうぞッ!!」
一歩、二歩、三歩と前進していく。窮屈だった通路から扉を潜り抜け、開けた空間へ到達した瞬間、開放感に任せて自由になった全身を大きく広げながら高らかに笑い声を上げた。
「ハハッ!! ガハハハッ!! 皆殺しにしてやんよッ!!」
浴びせられる銃弾に陰りは見えない。しかし、それだけでは止まらないと示すように龍太郎の右腕が持ち上がり、右側の通路を狙って何発ものパチンコ玉を弾き始めた。
数秒後には反対の左側へと狙いを変えて好き勝手に凶弾を湯水のように放っていく。
「両脇の処理は済んだぞ!」
「そのまま押し込んで! 全隊行動開始!! 迅速に左右の通路を制圧するんだ!!」
指示を受けて龍太郎が尚も前進を続けると、空いたスペースから工藤さんが左の通路へ駆け抜けていき、右側へは五十嵐さんとナオの部隊が規則正しい隊列を組みながら流れていく。
ついに地下シェルター攻略戦が始まったんだ。
「先輩! しっかり着いてこいよ!」
「分かった! どんどん進んでけ!」
左右の動きを見送った後、俺は龍太郎のはち切れそうな海水パンツへしがみつく。
「待てコラァ! どこ掴んでんだ!」
「他に隠れる場所が無いんだから仕方がねえだろ! いいから前の敵を倒せよ!」
事前に聞いてはいたけれど、シェルター内は想像以上に広い。下手に距離をとって着いて行ったら何処から跳弾が襲いかかってくるか分からないんだ。
空いた片手で懐を弄り、シェルターの見取り図を取り出して視線を落とす。
「連絡通路はまだ先だぞ!」
周囲の形状と照らし合わせて声を張り上げる。一向に銃声が止まないせいで喉が枯れてしまいそうだ。
「当たり前だろうが! 焦りすぎだ! まだ最初のお客さんに手も届いてねえよ!」
「やる事がねえんだから仕方がねえだろ!」
「だったら手を貸せ――グッ……クッソが!! 弾が口に入ったじゃねえか!!」
喋りすぎたせいで口内を撃ち抜かれたらしく、龍太郎が床へ銃弾を吐き出している。
こいつは口の中も硬いのか。そこが唯一の弱点なのかと思っていたけど、いよいよもって対処仕様のない怪物だ。
「しゃらくせえ!!」
怒りに任せて振るった豪腕に合わせて俺の体が揺れ動く。まるでベルトに付けたキーホルダーになった気分だ。
「今どんな感じだ?」
「聞いてりゃ分かんだろうが。数人を殴り潰したら静まり返った所だ」
「今ほど自分が人間じゃなくて良かったって思った瞬間はねえよ」
銃声がピタリと止み、代わりにざわつく声が聞こえてくる。一つとして悲鳴が上がらないのが、流石は特殊部隊といったところだろうか。
「どうした!」
「え? どうしたって何が?」
「先輩じゃねえよ! 前だ前! もういいから、先輩は黙ってろよ!」
「わ、分かった、分かった。静かにしとくって」
真面目に聞いただけなのに、年下の龍太郎から本気で怒られて悲しくなってしまう。
それから余計な言葉を発さないよう地図に意識を集中しようとするが、前方から聞こえてくる銃声と狼狽する声が思考を掻き乱す。
無機質な通路の光景も前進を続けるにつれ、壁に血と肉片がこびり付いた気色の悪いものへと変わり果てていく。
「そろそろだぜ。直ぐそこに横道が見える」
最初の一団をすり潰し、聞こえてくる抵抗の銃声が明確に減った時、龍太郎が俺へ声をかける。
「分かった。そのまま横道まで進んでくれ」
改めて地図を確認してから急いで無線を飛ばす。
「中央。最初の連絡通路へ到着します」
『右も順調だが、まだ少しかかる。抵抗が激しい』
『アタシは歩くだけで退屈なんだど?』
無線を送って直ぐに五十嵐さんから返事があり、余裕を見せるナオの声も聞こえてきた。
支配者で構成された右側の通路は順調らしい。それはいいのだけれど、左側を攻略している工藤さんからの連絡がない事が気になる。
「あのクソ野郎は大丈夫なのか? 死んだんじゃねえか?」
「工藤さんに限ってそれは無いだろ。直ぐに返事するって」
何があっても生き延びそうな人だけに、連絡が無い事が余計に不安に感じてしまう。
その後も工藤さんからの連絡はなく、俺たちは前進を続けた。
何一つ問題は無い。ひたすらに敵を粉砕しながら突き進んでいく。
「どうすんだ。着いちまったぞ」
「もうか? 取り敢えず無線で聞くから、ここで止まってくれ」
慌てて到着した旨を無線で告げて返事を待つ。
俺の独断で左右どちらの連絡通路へ踏み込んでも問題は無いと思うけれど、その判断は全て上官から、つまりは工藤さんか五十嵐さんの指示が必要だった。
「連絡通路に到着しました。俺はどっちに進めば良いんですか?」
『こちらに……右へ向かって欲しいが、工藤一佐の連絡が無いままでは決められん』
「ずっと連絡ないですよ! もう死んでるんじゃないですか?」
『滅多な事を言うな!』
怒声が聞こえるが、そう考えてしまうのは仕方がない状況だろう。だって、生きているのなら連絡をしているはずだ。それが無いって事はつまり、もう工藤さんが死んでいるって意味じゃないか。
一瞬の静寂。依然として銃弾の雨が降り注いでいるのだから騒がしい事には変わりないのだが、俺たち感染者側が間違いなく静止した瞬間だった。
『左だ!!』
たった一言、なのに今まで聞いた事の無い切羽詰った工藤さんの声。それに加え、無線越しでも明確に伝わる銃声の連続は明らかな窮地を訴えていた。
『左へ向かえ! 遠藤!!』
「分かりました! 龍太郎、脇を通るぞ!」
「おおよ! 前と右を塞ぐから、そっから突っ込め!」
龍太郎が一気に前に踏み込んだタイミングで海パンから手を離し、空中で拳銃の安全装置を外して着地する。
そのままの勢いで全力で地面を蹴り、ナイフを抜き放った後、射線を遮るように置いてくれた龍太郎の左腕を壁にして連絡通路へと突入した。




