正義の悪役
「僕が対処しますので、五十嵐三佐は部下を連れて撤退を」
「危険すぎます!」
「貴方では手に負えませんからね。それに、万が一があっては僕の仕事が増えますので」
撤退の命令を告げる工藤さんに五十嵐さんが間髪入れず反対の声を上げたが、それを現実的な言葉で突き放した。
龍太郎が要塞と確定した以上、支配者では太刀打ちできない事は誰の目にも明らかだ。
「オイオイ、殺すって宣言して見逃すわけねえだろ」
五十嵐さんが受け入れるよりも先に龍太郎が二人の会話に割って入った。
物騒すぎる言葉に顔を向ければ、握りしめた右腕を工藤さんたちへ突き出している。そして、その姿勢を維持したまま親指で何かを弾いた。
ドンという重い破裂音の後、視界の端に映っていた隊員の一人が左膝をつ突いて倒れ込む。
何が起きたと考えるより早く、二度目の破裂音が起こり、今度は別の隊員が体をくの字に折りながらうつ伏せに倒れた。
それからも破裂音がするたびに隊員が一人また一人と床へ転がっていく。
龍太郎は何をしているんだ。弾く瞬間に何かの影を視認できたが、あまりに速すぎて正体を確認できない。
「――おっとっ!」
六度目の破裂音の後に聞こえたのは、今までと違ってゴム風船が割れたような音だった。
工藤さんの右拳が五十嵐さんの顔面の前に置かれている。そして、その拳の中に握っていた物を摘み取ると感嘆の声をあげた。
「パチンコ玉を弾いたのか。それで銃器並の威力を出すとは末恐ろしいね」
考察を終えて興味を失ったのか、弾き捨てられたパチンコ玉が床に落ちて力なく転がる。
ただのパチンコ玉が銃と同じ威力だって? 冗談じゃない、何処までヤバい能力なんだ。と言うか、龍太郎がパチンコを持っていたのは、ギャグじゃなくて純粋に要塞の能力と相性が良かったからだったのか。
「狙いがまだ上手く行かねえがよ。頭を狙ったっつーのに、当たりゃしねえ」
「最後は良かったじゃないか」
「つーか、なに平気で受け止めてんだって話だがな」
二人は数秒前までの出来事なんて無かったかのような呑気さで言葉を交わしている。
「俺様を見てもビビらねえし、やっぱりテメエも同類かよ」
「まあね」
五十嵐さんへの射線を塞ぐように移動した工藤さんは、腰のポーチから一本のナイフを取り出し、お手玉感覚で放り始めた。
「提案なんだけどさ、僕とサシで勝負しないかい? 彼女を傷つけられると困るんだよね」
「オメエの女か。格好良いじゃねえのよ」
「だろう? 魔王からお姫様を守るのは勇者の役目ってね」
勇者とは胡散臭すぎる言葉が工藤さんの口から飛び出したものだ。
絶対に『輸送機を操縦できる人がいなくなるから困る』ってくらいにしか考えていないぞ。そこに丁度いい言葉のトスが上がったから打ち込んだだけに決まってる。
「負傷者の手当てを頼みます。それと、直ぐに片がつきますので離陸の準備もお願いしますね」
「……了解しました」
今度は素直に命令を受け入れると、五十嵐さんは隊員たちを連れて体育館を出ていく。
俺たちはと言うと、この場において蚊帳の外すぎてどう動くべきなのかが分からず固まっていた。
慌ただしく駆ける五十嵐さんたちの背中を見送って視線を戻すと、思いがけず龍太郎と視線が重なった。
呼吸音すら聞こえてくるような静寂の中で見つめ合う形になるが、それも数秒で龍太郎が工藤さんへ視線を向き直したことで終わりを告げる。
俺に何かを伝えようとしていたのか、それとも別の目的があったのかは分からない。
「さてさて、続きを始めようか?」
「ああ……」
工藤さんが龍太郎を中心にして弧を描くように静かな足取りで歩いていく。
丁度ステージと自身の間に龍太郎を挟む形で立ち止まり、遊ぶように放っていたナイフを握りしめて構えをとった。
人質と成り得る若葉ちゃんからは最も遠く、龍太郎は存分に力を発揮できるという、一見して工藤さんが一方的に不利な立ち位置だ。
「そこでいいのかよ? お前が逃した女を殺しに行けるぜ?」
「それなら僕はあの子を保護するだけさ」
龍太郎が五十嵐さんを狙うなら工藤さんは若葉ちゃんを狙う。成功するかどうかは別にして、互いが牽制できるような、上手いこと後出しジャンケンのような形になっているようだ。
「まあ、どうだっていい。そんじゃ、喧嘩の始まりと行こうぜぇ!!」
守りの心配が無くなった龍太郎が両腕を天高く掲げる。
何をするのかと固唾を飲んで見守っていた瞬間、まるでスキーの加速を思わせるような動作でその腕を地面へ叩きつけた途端、床へめり込んだ両腕を起点にして全身を前方へと射出した。
この世に現存するどの生物にも不可能な挙動で低空を飛ぶ龍太郎は、直様体勢を起こし直し、工藤さんの立つ場所を目掛けて豪腕を振り下ろす。
腕が容易く床を貫き、勢いが収まらないままに床を削り続けるのを左手で床を抉ってブレーキを掛ける。
即座に目の前にいる標的へ腕を薙ぎ払うように振るうが、工藤さんは初撃だけでなく、続く攻撃も寸前のところで地面を蹴って躱していた。
想像を絶する攻防に呼吸すら忘れてしまいそうになる。
どちらが有利なのかと問われたら間違いなく龍太郎なのだとは思うが、理解し難いことに工藤さんは能力を使っていない。
初撃、二撃、それに今見える三度目の攻撃すらも全て能力を使わず、ギリギリのところで回避している。
「あはは、本気で殺しに来てるじゃないか!」
「殺そうとしてんだから、さっさと死ねや!!」
まるで殺し合いをしている最中とは思えないような余裕で話す工藤さんに理解が追いつかない。
常人が同じ動きをしたら文句なく神業と言えるだろうが、狩人の能力を持つ者と考えると、あれは明らかに手を抜いている。
龍太郎の拳は間違いなく一発一発が即死級。けれど、俺や工藤さんからすればあまりにも遅すぎる動きなんだ。バカにしているわけじゃない、軽く避けられる速さなのに、あえてギリギリで躱し続ける工藤さんの考えが理解できない。
それからも激しい攻防は続くが、寸前のところで躱され続けて決定打はなく、互いに開始地点へと立ち返って向かい合う。
「逃げてるだけじゃ勝てねえぞ!」
「君が無抵抗なら喜んで攻めるさ。でも、許してくれないだろう?」
「バカにしやがる……!!」
まるで巨人でも歩いた後のように穴だらけになった体育館で向かい合う二人。
お互いに傷一つ負っていない拮抗した状況だが、余裕を感じさせる工藤さんに対し、龍太郎が露骨な苛立ちを積もらせている。
「何で力を使わねえ! テメエも俺様と同じなんだろうが!」
「同じじゃないよ。君と違って僕は弱いからね。まったく、それくらい分からないのかな?」
呆れ声で工藤さんが自分の弱さを語っている。何故そこで相手をバカにするような態度を取っているのか分からないけど、言っていること自体は何一つ間違ってはいない。
工藤さんが圧倒的不利なことは事実だし、こうまで床が破壊されてしまうと能力を使って走り回ることすら難しい。
なのに、まだ龍太郎を煽るだけの余裕が残っている事が不思議だ。
「それにしても、つくづく損な役回りだよ。どうして君のような頭の悪い者を部下にしなきゃならないんだろうね」
「部下になるなんて一言も言ってねえぞ」
「僕は社会人だから、上司の命令は絶対なのさ。あ~あ、本当に人食い熊なら殺して終わりだったのになあ……」
工藤さんは大仰な動きでため息をつく。その姿はあまりにもわざとらしかった。
そして直ぐに明るい表情を浮かべながら両手を合わせると、龍太郎を指差し言葉を続ける。
「そうだ! 人食い熊だったって事にして殺すのもアリだね!」
「…………」
「君も僕に従わなくていいし、僕だって面倒な部下を持たなくていい。まさにウィン・ウィンの関係だと思わないかい?」
「薄々思ってたが、イカれてんな」
龍太郎の発言に思わず頷きたくなる。それほどまでに、工藤さんの言動は常軌を逸していた。
まさか本気で言っているわけじゃないと思うが、それにしたって酷すぎる。一体全体、あの人は何処に向かおうとしているのか。
「そうそう、君たちを処分する時はあの少女からにしよう。その方が色々と面白そうだ」
会話をする気が無いのか、龍太郎の言葉を受けても一方的に話を続けている。
だが、それは決して口にしてはいけない言葉だった。龍太郎に対して若葉ちゃんの身を脅かすような発言は冗談じゃ済まされない。
「そうかい。俺様のせいで勘違いさせちまったみてえだ」
「勘違い? 僕は何一つ勘違いなんてしていないよ?」
「無駄に生き延びたせいで夢を見たんだな。分かった分かった、もう終いだ」
冷静な口調で話す龍太郎だが、その全身は溢れ出る激情を抑え込むように激しく震えている。呼吸が秒刻みで荒くなり、体中が熱を帯びて赤に染まっていくのが見て取れた。
怒りに飲まれているのは間違いない。殺される、このままでは間違いなく工藤さんが死んでしまう。
「原型残さず潰してやらあ!!」
咆哮のような叫びと同時に龍太郎が駆け出す。
その瞬間だった。俺の視界を埋め尽くしていた龍太郎の眼前に、突如としてナイフを構えた工藤さんが飛び込んできた。
その光景を見てようやく今までの奇行に全て合点がいった。
最初から最後まで演技だったんだ。わざとギリギリで避け続けて能力を隠し、わざと相手を煽って感情的な行動を取らせる。
そして、勢い任せに飛び込んでくる瞬間に全力で能力を使って接近して攻撃したんだ。
龍太郎は狩人の能力を知らない。初めて見る能力に加え、自分の勢いまで利用されたら、言葉通り一瞬で相手が目の前に現れたと感じるだろう。
今まで見てきた笑顔の中でも最も酷く歪んだ笑みを浮かべながら、工藤さんは握っていたナイフを龍太郎の右目へと突き刺した。




