もう三回言ってくれ
「龍太郎……これは、なんだ……?」
目の前に広がる恐ろしい光景に堪らず問いかける。
「あ? ゾンビの死体だろ。ああ、校内のゾンビは全て殺してあっから安心しろよ」
「全てって……」
正気なのか。龍太郎は本気でそんな事を言っているのか。
違う、そんな事を考えている場合じゃない。全員を殺したって、ここの高校は休校してるわけじゃなかったのか?
何人殺したんだ。俺が母校に行った時は少なくとも百人以上は登校していた。なら、龍太郎はそれに近い人数を殺したっていうのか。
頭が回らない。自分が何を考えていたのか、これから何を考えるべきなのか、そういった事が何一つとして明確にならない。
「全部つっても、生きてるゾンビがいるかもしれねえ。気をつけろって言いに来たわけよ」
「そ、そうか。助かったよ」
「……どうした? 顔色が悪いじゃねえか」
身を案じるような言葉だったが、声色的には俺を心配しているというより、怪しんでいるという感じが伝わってきた。
この惨状を見て平静を保っていられるわけがないだろ。感染者だって生きているんだ、殺されていい理由なんて無い。
それとも龍太郎は特殊感染者ではないのか? 本当にただのゾンビとしか思っていないから殺したのか?
その可能性は十分にある。俺は能力を使っているところを見ていないし、並べられた遺体たちは全て頭を潰されているだけだ。要塞の能力を使ったなら体なんて原型も残さずに吹き飛んでいるはずだろう。
しかし、一般人が校内にいる全ての感染者を殺しきれるか? 普通に考えたら無理だ。襲われないという状況なら可能だろうけど、それなら能力を使ったほうが遥かに楽なはずだ。
「ここは、お前の高校なん……だよな?」
「さっきもそうだって言ったじゃねえか。何が言いてえんだ?」
「いや、だって……友人とか、知り合いもいたんじゃねえかって……」
「はあ?」
ダメだ。さっきから感染者側の立場でしか考えられていない。龍太郎が特殊感染者だとか、要塞だとか決めつけているわけじゃないんだ。
ただ単純に龍太郎が同級生を皆殺しにしたっていう現実を受け入れられないんだ。
少しだけど会話を重ねたお陰で異常者では無いと思った。なのに、実は血も涙もない快楽殺人鬼だったというのか。
俺はそれが堪らなく受け入れ難かった。
「ああ、はいはい。そういう事か、理解したぜ。俺様がダチ共を殺しまくって平気な顔してるって事を気にしてるわけかよ」
「…………」
「なるほどねえ。……なあセンパイ、アンタ本当に人間なのかよ?」
その言葉に心臓が跳ね上がった。唐突に先輩と呼ばれたことに対してではない、あまりにも急に正体を疑われた事に驚いた。
「急になんだよ……?」
「普通に殺すだろ。何か変なのか? ゾンビは襲ってくるんだぞ?」
「それはそうだけど……」
「そうか、センパイにはあの女がいたっけな。動きを止められるってならまあ、そう考えるか?」
龍太郎が一人で納得して、そして一人で疑問に首を傾げている。その様子からは罪悪感という要素は欠片も感じられない。
あの女ってのはナオの事か。この惨状とナオに一体どんな関係があるというのだろう。
「もしかして、ゾンビを殺した事がねえのか?」
「そんなの有るに決まってるだろ」
俺は今まで大勢の命を奪ってきた、口が裂けても無いなんて言えるわけがない。
「なら分かるだろうが。仕方がねえんだよ、俺様たちが生きるには殺すしかねえんだからよ」
「……そう、だな……」
何一つ反論なんて出来ない。
そうだった、それが当たり前の考え方だった。
感染者の身で生存者の救助なんてしていたから感覚がおかしくなっていた。元々、感染者と人間は感染させるか殺すかという関係でしかなかったんだ。そこに人間らしい情なんてものは存在すらしていない。
「まあ、悪いとは思ってるぜ。気の合うダチもいたし、惚れた女もいたしよ」
「お前は……それで平気なのか?」
「平気なわけがねえ。ゾンビにも意識があるみてえだし、余計にな」
龍太郎が何処か遠くを見つめるように顔を上げて深く息を吐く。
感染者に意識があることは知っていたのか。知っていながら友人や想い人を殺したというのか。
「でもまあ、やっぱ仕方がねえんだよな。俺様は若葉だけは守ると誓ってんだからよ」
そこまで言うと、龍太郎は背を向けて体育館へ戻っていく。
「そろそろ戻らねえと若葉が心配だぜ。センパイもゾンビにゃ注意しとけよ」
背中越しに右手を振る姿からも後悔の念というものは感じなかった。
何も知らずに殺していた俺たちとは違って、龍太郎は全てを受け入れた上で殺している。
あの頃の俺は世界が地獄にしか見えなかったけど、今の世界を生きる龍太郎には世界がどう見えているのだろうか。
考えてみても分かるわけもなく、不思議な情けなさを感じながらトイレに入った。
個室に閉じこもり、スマートフォンを操作して工藤さんへメールを送る。生存者と接触した事、特殊感染者と思しき龍太郎の情報、わざわざ校内の感染者を撲殺している事から一般人の可能性もあることまで、現在地も合わせて全ての情報を送信する。
返事は一瞬で来た。直ぐに向かうという簡潔な一文だけが表示された画面を閉じ、体育館へと引き返す。
これで作戦は完了だ。生存者の救助が目的の俺たちと、生存者のいる場所を探している龍太郎とは利害が一致している。
問題があるとすれば、龍太郎が普通の人間だった場合くらいか。作戦が降り出しに戻り、再び人探しから始めなくちゃならない。
体育館に入ると、何やらナオと龍太郎が口論していた。
「二人とも落ち着け! 今度は何なんだ」
「アタシが若葉ちゃんの髪を整えてたら急にキレだしたの!」
「何が整えるだ! 若葉で遊ぶんじゃねえ! クソッ、目を離したのが間違いだったぜ」
二人の話を聞いて、龍太郎の巨体に隠れていた若葉ちゃんを覗き込む。
そこには予想以上に酷い髪型をした少女の姿があった。クリスマスツリーを連想しそうな、はたまたマキグソのような形に整形された髪が頭の上に乗っている。
「おま……ナオ、これは酷いぞ」
「何でよ! この昇天ペガサスミックス盛りの何処が酷いってのよ!」
「しょ、昇天ペガサス何だって?」
何語か分からない言葉が幼馴染の口から飛び出した。
「若葉ちゃんの毛髪量だからこそ出来る芸術だってのに! この良さが分からないわけ!」
「まるで分からねえよ。あんなの人様に施していい髪型じゃねえぞ」
納得いかないと喚くナオを壁まで引きずって押さえつける。龍太郎の言葉を借りるわけじゃないが、俺もナオから目を離すべきじゃなかったかもしれない。
「何度も言うけど悪気は無いんだ。多分、無いはずなんだ……いや、やっぱあるかも」
「ないわよ! あるわけないでしょ!」
無いと言われても今日一日で信用が急降下しているし、極めつけにあの髪型を見せられたら悪意しか感じられない。
「もういい。別に悪気うんぬんを言ってるわけじゃねえ。若葉で遊ぶなってだけだ」
「そう言ってくれると助かる……」
龍太郎がすんなり許してくれた事は言葉通りに助かるが、どういった心境の変化だろうか。俺がトイレに行っている間にナオと和解するような事があったのか?
「こう言うのも何だけど、怒るべきとこじゃないのか?」
「お前らは悪いヤツじゃねえ。俺様は不良だからな、それくらい分かる」
「そりゃ嬉しいけども……」
尋ねて返ってきた答えは何一つとして理解できるものじゃなかった。
不良って人を見る目があるのか。と言うか、前から思っていたけど不良って何なんだ?
海水パンツ一丁に水中ゴーグルという格好で、股間からパチンコを取り出して戦うという、バケツから個性が溢れきっている状態。そのくせ、ここに来て不良という新しい個性を出してくるとか欲張り過ぎだろう。
こいつが仲間になるのかと考えると気分が重くなる。絶対に日常生活が拷問のようなものに変わり果てるぞ。
そんな今までの人生の中で最も下らない考え事をしていると、遠くからプロペラ音が聞こえてきた。
横目でナオと視線を重ねて小さく頷き合う。
工藤さんたちが到着したんだ。後は輸送機チームに全てを任せておけば問題ない。
「……チッ! アイツら何処から嗅ぎつけやがった」
役目が終わったと胸を撫で下ろそうとした矢先、唐突な龍太郎の舌打ちに堪らずむせかけた。
アイツ、嗅ぎつける、それってつまり龍太郎は輸送機の存在を知っているのか。
知っていること自体は不思議じゃない。龍太郎が六日前に見た要塞なら覚えていて当然だからだ。
だけど嗅ぎつけるという言葉はマズい。嗅ぎつけると口にするってことは、追われていると考えているってことだ。
「何か知っているのか?」
「あの音か? ああ、知ってるぜ。ヤベエぞ、アイツらは若葉を撃ち殺そうとしやがったからな」
「なんだって……」
自分の座っている床が崩れるような感覚に襲われる。
今の言葉で確信した、龍太郎は六日前に遭遇した要塞だ。
ヤバい、マズい、そんな言葉じゃ表せないくらい最悪な状況だった。
あの時の工藤さんは若葉ちゃんを狙って発砲したわけじゃない。けれど、龍太郎は妹が狙われたと思っている。つまり、俺たちに明確な敵意を抱いているんだ。
このまま工藤さんたちが来れば確実に衝突してしまう。止めようにも、スマートフォンを出したら間違いなく怪しまれる。いや、既に怪しまれているかもしれない。
どうにか状況を好転させようと考えを巡らせるが、それより先に軍靴の音が近付いてくる。
「全員両手を頭の後ろで組め! そのまま床に伏せろ!」
声が聞こえた瞬間、俺とナオは指示通りに床に伏せる。
別に人間のフリとかそんなんじゃない。声の主が指示通りにしないと本当に発砲しかねないから従ったんだ。
体育館に踏み込んだ完全武装の自衛隊員の後から五十嵐さんが姿を見せる。
本当に最悪だ。どうしてあんな強引な突入をしてしまった。あれでは龍太郎の感情をイタズラに煽るだけだ。
「貴様、聞こえなかったのか?」
声の送り先へ視線を向けると、龍太郎が若葉ちゃんを庇うように立っている。
「端から聞く気が無かった。悪いんだがよ、もう三回言ってくれや」
十丁以上の銃器を向けられながらも、龍太郎はふてぶてしい笑みを浮かべたまま、五十嵐さんへ力強く反抗の意を示し続けていた。




