大変な変態
デパートの屋上へ着地した後、抱えていたナオを降ろしてから空を仰いで右手を挙げる。
上空で待機していた輸送機が俺の合図を受けて飛び去って行った。
「まずは中に入ってカラコンつけるか」
「その後は外に出て……どうやって探すわけ?」
「虱潰しに探すっきゃないよなあ……」
遠ざかって行く機影とプロペラ音を二人で見送りながら、今後について話し合う。
屋上から見える町並みは田舎とは思えない程に栄えている。高層マンションに高層ビルといった背の高い建物が幾つも建ち並んでいるし、隙間が見えない程に詰め込まれた家屋が、地平線の先まで乱立しているのが確認できた。
この中を虱潰しに探すのは、骨が折れるどころじゃないだろうな。
「と言っても、工藤さんたちが先に見つけるだろ」
「そうね。それじゃ、アタシたちも行きましょうか」
行動開始だ。屋上の非常扉を開けてデパートの中へと足を踏み入れる。
階段を降りた先の八階には、イベントでも行う為にあるのか広々としたホールと、レストラン等の飲食店が並んでいる。
開店している店は一軒も無く、無人のフロアを進みながら、トイレに入って手洗い場の鏡の前でカラコンの箱を開ける。
「ナオってコンタクトレンズ着けたことあるか?」
「二年の時にやった演劇で着けたわね」
「着け方を教えてくれ。目玉に貼り付けるとか失敗したくねえ」
元々視力がよかったからコンタクトレンズとは無縁だった。だからこそ、こんな物を目玉に着けるなんて怖くて仕方がない。
あっさり装着したナオの動きを真似してつけようとするが、やっぱり着ける瞬間が怖くてためらってしまう。
そんな恐怖との格闘を繰り返した結果、八分ほどかけてようやく着けられた。
「へえ、本当に色変わってんな」
「変わらなかったらカラコンの意味ないじゃないの」
「なのに視界は茶色じゃねえんだな。普通に見える」
何だか懐かしさを感じる瞳の色を鏡越しに眺めながら、カラコンの不思議さに驚く。
「そりゃ真ん中は色ついてないしね。ズレたりすると変に見えたりするらしいけど」
「ズレって……目玉の裏とかに入ったりしねえよな……?」
「しないわよ」
着ける時の恐怖を克服したら、今度は違う恐怖が襲ってくる。
大丈夫だと言うナオの言葉を信じたいのだが、それでもやっぱり怖いのだった。
とは言え、外して行動するわけにもいかないので諦めて行動を再開する。エレベーターに乗って一階まで降りてデパートを出るまで、やはり誰とも出会うことはなかった。
「何で開いてるのかしら? 今って外出が禁止されてるんでしょ?」
「それでも来る客がいるんじゃねえか? つっても、店側も何を売るんだって感じすっけど」
要塞の一件から、この町には外出禁止令が出されている。だと言うのに店を開けているというのは、何と言うか日本人らしいと感じる。
こういうのを社畜とか表現するのだろうか? こんな日本情勢の中でどうやって仕入れて、何を販売しているのか心底謎だ。
大通りに出た後も路上駐車されている車はあれど、感染者の姿も声も一切しない。普段ならうるさいくらいに賑わっていそうなのに、聞こえる音は野鳥のさえずり程度なものだけ。
「何処に向かえばいいのかしらねえ」
「う~ん、とりあえず町の中心に向かってみるか?」
スマートフォンで地図を確認しながら進む。
本当にスマートフォンが使えて良かった。これがなかったら、初めて来た町とか満足に進むことすら叶わなかっただろう。
様々な店が続く大通りを抜けると、住宅街と思しき建築群と遭遇する。
今の所は要塞の気配は一切感じない。もし仮に近くにいた場合、意識を失った感染者が歩いているだろうから判断は容易いはずだ。
それから十五分ほど歩き続けたが、只々無人の道が続くだけで何も無い。
「思ったんだけど」
「何だ?」
「普通に考えて、人の多い町の中心は避けない?」
「……確かに」
生存者と一緒にいるのに、感染者まみれの場所に近付く理由なんてない。俺は感染者に襲われる危険が一切ないから忘れていた。
「じゃあ……あ! こことかいいんじゃね? 建物少ねえけど、何件か店がある」
スマートフォンの地図を見せながら町外れの一角を指差す。この辺りなら比較的安全に物資を集められるのではないだろうか。
「そうね~……アタシならコッチに行くわ」
ナオが俺の示した場所から少し離れたエリアを指し示す。
意見が割れたが、俺はナオの意見に賛成する。何故なら、ナオの直感は馬鹿にならない確率で当たる事が多いんだ。
「ナオの勘は当たるからな。そっちに行ってみるか」
幼馴染特有の信頼関係で即座に進路を決定し、目的地へ向かって方向を切り替える。
もう上空からは輸送機の姿も音も確認できない。これで本当に正解だったらと思うと、恐怖心が胃袋辺りから上ってくる。
万が一最悪の展開になっても、ナオだけなら俺の能力で救い出せるだろう。とりあえず、今は出会ったら即座に逃げようという覚悟だけをして歩き続けた。
そして方向を変えて歩き始めてから二十分近く経ち、ようやく目的地周辺に辿り着いたのだが、ここでも特に異変が有る様子もない。
「ここにもいないか。次は何処に行けば――」
「タクトあれ!」
次の目的地を探そうとスマートフォンに目を落とした瞬間、ナオが何かを見つけて叫んだ。
直ぐに顔を上げてナオが指差す場所を見るけど、そこには何も無い。十字路があるだけの無人の通りが何処までも続いているだけだ。
だというのに、ナオが弾けたように走り出す。
「おい待て!! 俺の側から離れるな!!」
今この場にナオを守れるのは俺しかいない。
慌てて後を追いかけようと駆け出した時、左耳にガラスの割れる音が飛び込んだ。視線を向ければ垣根の向こうに平屋の民家が建っている。
嫌でも六日前の出来事がフラッシュバックする。まるであの日の出来事をなぞっているようだ。
今直ぐ追いかけないとナオが危ない。だけど、音の正体を調べないと最悪の結果が待っている可能性もある。
どうする? 考える余裕なんて無い、今直ぐ決断して行動しないと状況は悪くなる一方だ。
「クソッ……タレがッ!!」
俺は音の正体へ向かって垣根を飛び越える。
一瞬だけだ。一瞬だけ調べて直ぐにナオを追いかけるんだ。
飛び越えた先には人が――いや、感染者が窓を破って倒れ込んでいた。
「大丈夫ですか!!」
急いで駆け寄って様子を伺った瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。
「アアァー……アー……アァー……」
「意識が……――ああクソッ! クソクソクソッ!! クソがッ!!」
身体の前面にガラスの破片が刺さり夥しい出血をしている感染者。だというのに、痛みに嘆くわけでもなく、俺の声にも反応する素振りすら見せず、呻き声をあげながら這いつくばって進んでいく。
近くに生存者がいる。そして、ナオはその存在に気付いて追いかけたんだ。
自分の間抜けっぷりに殺意すら湧いてくる。この一瞬の判断ミスでナオの命が危険にさらされているんだ。
『イヤアアァァァ!?』
慌てて元の通りへ戻ると、ナオが走り去った十字路の向こうから悲鳴が上がった。
脳がナオの元へ向かえと身体に命令するより速く、本人が十字路から飛び出してくる。
「ナオ!!」
「大変大変! ヘンタイタイヘン大変!! 変態! 大変変態!! ――走って!!」
「お、おい!?」
猛スピードで意味不明な事を叫びながら、何かを脇に抱えたナオが俺の前を通り過ぎた。
走れという声に合わせてナオと並んで走り出し、その抱えた者へ視線を向ける。
そこには、艷やかな黒髪をなびかせる少女が目を丸くして収まっていた。
「なんだこ……なんだこれ!? どっから拾ってきた!?」
「ウシロ! 後ろ後ろ!!」
「後ろって――」
言われた通りに顔を背後へ向ける。
ナオが飛び出してきた十字路を数秒眺めていると、何かが飛び出した。
「うっ……そだろっ!?」
その正体を見て目を丸くする。
全裸の男……いや、違う。意味がまるで分からないが、水中ゴーグルと海水パンツ一丁だけ身につけたリーゼントヘアの男が、とてつもない勢いで追いかけて来るのだ。
『待てやコラアアァァ!!』
顔面を真っ赤に染めながら、ほぼ全裸の男が怒声を張り上げて猛追してくる。
異世界に迷い込んだのかと錯覚したくなる程の衝撃だ。
間違いない。あれはナオの言った通り――
「大変な変態だああぁ!?」
言葉通り、そいつは大変な変態に他ならなかった。




