憂鬱な内緒話
「退治すれば良いなら楽なんだけどね。要塞は今後の作戦に必要だからどうしても仲間に引き入れないとなんだよ」
「それって天皇陛下と総理大臣を奪還するって作戦ですか?」
「その通り」
どう必要なのかは分からない。だけど、要塞の能力を必要とするってことは、あの強大な破壊力を利用するってことなのだろう。
「地下シェルダーの入口は重機じゃないと開けられないと言ったよね。それを要塞の力でこじ開けようって作戦なのさ」
なるほどそういう事だったのか。つまり、要塞が一般人で、仮に小学生だったとしても作戦には強制的に参加させられるんだな。
名前も何も知らない相手に同情するのも変だけど、仲間に加わったとしても待っているのが下手すりゃ殺し合いなんて悲しい話だ。
「今日の話はこれでお終い。質問とかあるかな?」
「特に。隣の馬鹿が行くってなら行くしかないですから」
「馬鹿って何よ馬鹿って!」
「まあまあ、僕たちも精一杯サポートするから大丈夫だよ」
「五体満足で帰ってこれるよう頑張りますよ……」
「ははっ、それじゃ今日はこれで解散としよう」
終始俺と工藤さんだけが話すばかりの作戦会議は一時間程度で終了した。
最後まで俺たちの後ろで置物のように口を閉ざしていた五十嵐さんも、工藤さんの後に続いて部屋を出ていく。
特にすることも無い俺とナオも一緒に官舎へ戻った。
「ねえ、軽く遊ばない? どうせ暇でしょ」
自室に入ろうとした時にナオに声をかけられ、嫌な予感を覚えながら招かれるままに部屋へと向かう。
中に入ると多種多様な娯楽商品が出迎えてくれた。トランプや将棋、チェスのようなアナログなテーブルゲームに、最新の携帯ゲーム機や据置機まで揃っている。
ナオが工藤さんに頼んで集めてもらった物だけど、よくもまあこれだけ揃えたもんだ。
まあでも、これくらいないと外出を制限されている俺たちは退屈で死んでしまう。
「昨日の決着をつけましょうか」
「俺が一方的にボコられたじゃねえか……」
「当然じゃないの。格闘ゲームって心を圧し折るのを楽しむゲームなのよ」
「歪みすぎだろ!?」
「勝てばいいじゃないの。ほら早く座って」
血も涙もないナオに着座を強制され、渋々昨日の続きを再開する。
そこから四時間に渡って強者による理不尽な試合が延々と続き、ナオが夕飯を取るために席を立った時には、ボロ雑巾のように床に突っ伏していた。
気分をリセットさせようと、本日二度目となるシャワーを求めてナオの部屋を出る。
その後、心機一転で再びの格闘ゲームに臨んだ俺を待っていたのは、悪魔のように見える無邪気な幼馴染の笑顔と、グチャグチャに踏み潰されて感情を失った自分の心だった。
◆
「憂鬱だ……」
翌日、離陸準備の整った輸送機の前でため息をつく。
久しぶりに晴天に恵まれたというのに気分は最悪だ。昨日の惨劇が尾を引いているわけじゃない、覚悟を決めたつもりだったのに、いざ作戦が開始されると思うと胃がキリキリと痛むんだ。
「遠藤君。ちょっといいかな」
「何です……?」
「あっちで話そう。あ、佐々木君はもう乗ってていいよ」
今日も温和な空気をまとった工藤さんがニコニコ笑いながら手招きしている。
作戦の事前確認でもするのか? だけど、それなら俺だけ呼ぶってのも変な話だ。
疑問を抱きながらも、呼ばれて無視するわけにもいかず、駆け足で工藤さんの元へ向かう。
「なんですか?」
「伝えておくことがあってね」
駆け寄ると、工藤さんはさっきまでと違って真面目な表情で話している。
まあ、真面目な表情でも平気で脳天気な発言をする人だから、別段構える必要も無い。
「今回の作戦は遠藤君にかかっているんだ」
「はあ? 俺にですか?」
「そうだよ」
行き成り何を言うかと思えば、何とも抽象的というか、ふんわりとした事を口にされた。俺にかかっているなんて、何一つとして明確さを感じさせない話だ。
「今回の作戦は少女の救助と要塞を仲間にするのが目的って話したね」
「ですね」
「あの少女は要塞と親密な関係であるのは間違いない」
そりゃそうだ。一緒に行動しているってことは、無関係の人間よりも親しい人間を守っていると考えたほうが妥当だ。
だからと言って、俺が重要視される理由にはならないだろう。
「例えば親子って可能性があるね。姉妹や兄妹かもしれない」
「そう、かもしれないですね」
「何が言いたいかというと、僕たちの説得を聞き入れないかもしれないってことなんだ」
「どういうことですか?」
説得を聞かないとはどういうことだろうか。
俺たちは生存者の救助が目的なんだ。安全な場所へ連れて行くのだから、相手に断る理由はないはずだ。
「相手は感染者を殺している。特殊感染者なのにね」
「あっ……」
その一言だけで最悪な答えへ行き着いた。
俺が両親と会話できるように、特殊感染者なら感染者と会話ができる。相手が意識を失っていない限り、呻き声が日本語に聞こえるんだ。
常に少女の側にいて、意識を失った感染者とだけ接触していたとしても、テレビでは感染者が番組に映り、ネットにも感染者の動画がアップされている。
それら全ての情報を遮断しない限り、感染者に意思があると分かるはず。それでも感染者を殺しているということは、全てを理解した上で殺しているってことだ。
「相手は進んで感染者を殺しているかもしれない」
「ヤバいヤツってことか……」
少女を守る使命感か、単に殺したいだけか、はたまた仕方がなくかは分からない。
分からないけど、受け入れた上で殺しているのは間違いないだろう。
「そんな相手を説得するのは難しいと思うんだ。そこで、遠藤君に頼み事があるんだよ」
「何をすればいいんですか?」
「簡単なことさ。僕が合図したら少女の身柄を押さえてほしい」
「……? どういうことですか?」
過程をすっ飛ばして答えを言われても分からない。工藤さんは何を言いたいのだろうか。
「本当の本当に最悪な場合なんだけどね。こちらの説得に応じなかった場合、少女の身柄を確保することで、脅迫に近い説得を行いたいんだ」
「脅迫って……流石にそれは……」
相手の素性もしらないけど、脅迫はやりすぎだろ。悪党を御するために巨悪を持って事を成すのが果たして正解なのか? 俺は正しいとは到底思えない。
「誤解しないでほしいんだけど、別に危害を加えるってわけじゃないよ。あくまで説得を有利に進めるために、そういった状況を作りたいってだけ」
説得するのだから流石に人質にどうこうするって事はないだろうけど、相手は要塞って化け物なんだ。
「本当に大丈夫なんですかね? 相手が怒ったら大変なことになりません?」
「それも想定してるよ。とにかく、僕の合図で要救助者を確保してほしいんだ」
「う~ん……」
工藤さんは失敗しない。普段はいい加減で、信用できないし、リーダーとしての資質が欠如しているけど、失敗しているところだけは見たことがない。出来ると本人が言うのなら間違いなく成功するのだろう。
俺が悩む理由はたった二つだ。ナオの身の安全と、自身の身の安全。これが確約されない以上は素直に頷けない。
「俺たち……特に俺の身が危なすぎません?」
「それも大丈夫。僕がちゃんと考えているよ」
「どうするんですか?」
即答した工藤さんに念を入れて尋ねる。
あんな化け物相手に大丈夫も何もないと思うのだが、一体この人はどんな解決方法を携えているのだろうか?
「それは内緒だよ」
「何で!? 教えて下さいよ!!」
「あれだよあれ、サプライズってやつさ」
「待て待てっ!! 人命がかかってんだぞ!! 主に俺の!!」
そんなプレゼント感覚で俺の命を左右しないでくれ。
工藤さんの胸ぐらをつかんで揺さぶるが、相手は壊れた玩具のように笑うだけだった。




