ホームビデオに写った怪物
向かった先は、基地に来て最初に案内された会議室。指定された時間より早くきたのに、既に工藤さんと五十嵐さんが待っていた。
席につくと会議室の照明が切られ、遮光性のカーテンが閉められている。そんな薄暗くなった室内で、天井に備え付けられたプロジェクターがパソコンの画面を写し出した。
「作戦の決行が明日の朝七時に決まったよ。どんな内容なのか説明するんだけど……この地図を見てくれるかな」
工藤さんが部屋の隅で話しながらパソコンを操作すると、転写されていた画面が切り替わって地図が表示される。
「小さな赤丸が五日前に要塞と遭遇した場所。その後は西にある森へ向かったと推測される。予測としては、森を抜けた先にある鉄橋を渡っただろうね」
要所要所をレーザーポインタで示しながら説明してくれるお陰で分かりやすい。
「なんで鉄橋を渡ったって分かるんですか?」
「生存者と一緒なら物資が必要だ。まず間違いなく鉄橋を渡り、町へ入ったはずだよ」
「もう町へ?」
「五日経ってるからね。それに、ここら辺は悪天候が続いているんだ」
「……確かにそれなら急いで向かいますね」
感染者と違い、生存者は腹も減るし病気にもなる。町なら問題の全てを解決できるのだから、そりゃ急いで向かうだろう。
だとすれば、今頃町は大混乱に陥っているかもしれない。
「そこで、僕たちは鉄橋付近に絞って要塞を捜索する」
「もっと遠くへ行ってる可能性は?」
「子供を連れているんだ、そんなに遠くへは行けないだろう」
「車を使えば平気だと思いますけど」
「近くの警察署や基地にも連絡はしてあるよ。そこから報告が入ってないから、今も町に残っている可能性は高い。まあ、今まさに移動しようとしているかもしれないけどね」
包囲網はきっちり張られているってわけか。
工藤さんの言う通りなら、女の子を休ませながら物資を集めているか、身を隠せる場所を見つけて暮らしているかのどちらかってとこだろうな。
「さて、君たちの役目はというと、今言った範囲を地上から捜索してもらうよ。発見次第、要塞に説得を試み、仲間に引き入れてほしい」
「はいぃ!? 説得って無茶だ! 殺されちゃいますよ!」
「大丈夫大丈夫、人間のフリするし。それに、きっと良い人だって」
「そういう問題じゃないでしょ!」
出会っただけで危険な相手を説得するとか無理だ。
何人もの感染者を殺している怪物なんだぞ。いくら女の子と一緒にいるからって、人間のフリした俺たちが安全だって保証はない。バレたら殺されそうだし、バレなくても殺される可能性がある。
「工藤さんたちは何してるんですか!」
「僕と五十嵐三佐は上空から捜索するよ」
「一緒に探しましょうよ!?」
「いやほら、僕たちは武装してるから。それだと警戒させちゃうよね」
それって、俺たちは丸腰で突っ込めって言ってるのと同じだぞ。
「無理無理! そんな全裸でライオンの前に飛び出す真似できねえ!」
「あははっ、上手いこと言うねえ」
「笑い事じゃねえよ!?」
何を呑気に笑っているんだこの人は。いくら普段からヘラヘラしてるといっても時と場合ってものがあるだろ。
「残念だけどこれは決定したことなんだ。嫌でもやってもらわなきゃならない」
「そんな事言われても……おいナオ! お前も黙ってないで何か言ってやれ!」
「え? 別に良くない?」
「おまっ……お前、マジで言ってんのか?」
普通に肯定してしまっている。
ここは文句を言う場面だろ。工藤さんたちは安全な上空から捜索して、俺たちだけが危険な目に遭う作戦なんだぞ。
「あの子を保護するついでに説得するだけでしょ? 問題ないじゃないの」
「その通り! いやあ、佐々木君は話が早くて助かるよ」
「だから、説得する相手が――」
「アタシは行くわよ」
「マジかよ……」
ナオの一言で全て理解してしまった。
付き合いが長いから分かる。コイツは何を言っても考えを変えない。自分の中で答えを確定させてしまっている。
「……分かった。俺も行くよ」
こうなったらもう一緒に行くしか無い。もう俺に出来る事はナオが暴走した時に、体を張ってでも止めることくらいだ。
「話は決まったね。それじゃ次は要塞について説明しよう」
「能力についてって事ですか?」
「まあそうだね。実際の要塞がどれほどに危険なのか知っておかないとさ」
再び工藤さんがパソコンを操作すると、プロジェクターの写す画面が黒一色に塗り潰されたものに変わった。
画面の下側にチラリと映った再生ボタンから察するに、動画ファイルを表示させていることが分かる。
「今から見せるのは何というか……グロい。キツイだろうけど頑張ってね」
そんな不穏な言葉と共に、マウスのクリック音が室内に響いた。
最初に映ったのは青空。それから直ぐに視点が下がって道路が映り、撮影者から道路を挟んだ向こう側、レンガ造りのアパートらしき建物に視点が移動した。
そこには窓際に立つ白人の女性が、画面に向かって笑顔で手を振っている。
どうやらデジタルカメラで撮影した映像らしい。カメラ操作や時折聞こえる英語から判断するに、海外の生存者が撮影しているようだ。
撮影者は男性のようだが、手を振る女性とは友人なのか恋人なのか。どちらにせよ、今の所は至って普通のホームビデオと言った感じ。
そんな平和な映像が、唐突に上がったけたたましい轟音と金切り声によって一瞬で終りを迎えた。
画面に映っていた女性が身を乗り出して階下を見下ろし、カメラもそれを追って移動する。
その先にいたのは言葉に表せない化け物だった。体長四メートルはあろうかという巨大な人間が、ゴリラを連想する動きで道路を駆けてくる。
上半身が異常なまでに隆起していて、ドラム缶みたいな太さの両腕が建造物の外壁をたった一振りの拳で粉砕し、路上に止まっている車は拉げて宙を舞う。
そして当然、その渦中には逃げ惑う人間の姿もあった。
「酷え……」
画面内で展開されていたのは、殺戮という言葉すら生温い行為。殴られた人たちが原型すら留められずに弾け飛んでいく。
一分前までは賑わいを見せていた大通りが、瞬く間に赤いペンキを撒き散らした無人地帯へと変わり果てた。
「ここまでで十分かな」
映像を停止させた工藤さんが部屋の明かりをつける。
画面が光を浴びて薄れたところで、我に返ったように大きく息をついた。
「聞いた限りじゃ、この要塞は町一つを破壊しつくしたらしいよ」
「その後にどうなったんですか……?」
「殺されたよ。町ごと要塞を爆撃してようやく殺せたみたい」
爆撃ってスケールが既におかしい。要塞一人で怪獣映画みたいな光景が出来上がってしまうのか。
「バラバラになった遺体を調べたらね、隣町に住む八歳の少年だったらしいよ」
「小学二年くらいの子供がこれをやったのか……」
「何故こんな真似をしたかは分からない。分かったことは、要塞が子供でもこれだけの破壊を行えるって事実だけさ」
最も危険と評されるだけあって規格外の能力だ。
しかもこれが小学生だって言うんだろ? 海外の平均身長が何センチか知らないけど、流石に二メートル以上は無いはず。
なのに、少年の全長が四メートル近くあるとか、質量保存の法則を無視しすぎだ。
「能力の特徴は圧倒的な腕力もそうだけど、要塞と名付けられるだけあって、皮膚の硬さが尋常じゃない。銃器程度の威力じゃ、かすり傷すら負わないんだよ」
「それ反則すぎません?」
「戦車か戦闘機を持ってこないと殺せないね」
「一気に行きたくなくなってきたぞ……」
あんな化け物と対峙するとか考えたくもない。触らぬ神に祟りなしと言うし、そっとしておけないものか。
被害が出ている以上は無理だと分かっていても、俺は何度でも考えてしまうのだった。




